ふたりの夏物語T
Story2


マサトの案内で、望は宿泊先のホテルに向かう。
―――彼は仕事だと言っていたが、こんなリゾートホテルに一人で泊まるものなの?
そういう自分も人のことは言えないけど、私は休暇を過ごしに来たんだもの。
でも彼は違う、どうも怪しいわねぇ。
誰か女の人でも一緒なんじゃないかしら?
だとしたら、こんなところを見られたらマズイじゃないねぇ。

「オイ、望」
「―――え…」
「着いたぞっていうか、何一人で百面相してんだよ」

マサトの顔がすぐ目の前にあって、慌てて平静を装う望だったが…。
―――マズイ…。
変なことを考えていたのが、バレちゃうじゃない。

「ううん、なんでもない。そう言えば、マサトはいつからここに泊まってるの?」
「あ?俺は、おとといからここに来てるんだ」
「ふうん〜」
「なんだよ、その奥歯にモノが挟まったような言い方はさぁ」

望の微妙な反応に納得できない様子のマサト。

「あっ、わかった。俺がこんなところに一人で泊まってるのが怪しいとか思ってたんだろう」

―――この人、さっきから私の考えてることがなんでわかっちゃうわけ?

「やっぱりそうか」
「え、やだっ。また、適当に言ったの?」

あははと声を上げて笑っているマサトに望はそれ以上何も言えなかった。
こんなふうに本当に楽しそうに笑う男性を見るのが初めてで、また後で何か言われるかもしれないがつい見惚れてしまう自分がいた。



チェックインを済ませて部屋に入ると、まずセンスのいいインテリアに驚かされる。
都会からそう遠くない距離にありながら、海外の高級リゾートホテルに勝るとも劣らない。

『近くにこんな素敵なところがあるのなら、もっと早く来るんだったわ』

でも、一人じゃねぇ…。
シングル生活が長いせいか、ついついひとり言が多くなってしまう。

『やぁねぇ、またマサトに百面相してるとか言われちゃう』

窓を開けてテラスに出ると、どこまでも続く海原を暫くの間眺めていた。

トゥルルルルル―――
     トゥルルルルル―――

いつの間に眠ってしまったのか、部屋に備え付けてあった電話の音で目が覚めた。

「もしもし―――」
『あっ、望?』
「マ…サト?」

まだ半分寝ぼけている望には、さっき会ったばかりのマサトのことがすぐに浮かんでこなかった。

『なんだ、その声は。どうせ、寝てたんだろうけど』
「いいでしょ、人が寝てようと何しようと」
『まぁ、そう怒るなって。ってことは、まだ外を見てないよな?』
「え、外?」

『いいから、そのまま外を見てみろよ』と、マサトの言われるままに窓の外に視線を向けると…。

「うわぁっ、きれい」

朝から天気がよかったこともあって、海に沈む寸前のものすごく綺麗な夕日だった。

『よかった、間に合って。こんなの滅多に見られるもんじゃないから』
「ありがとう、マサト。あのまま寝てたら、一生後悔するところだったわ」
『あはは、それは大げさな。まぁ、せっかくの休みなんだから見て帰らないと損だからな。つうことで、寝てたとこ起こして悪かったよ。じゃぁ―――』
「まっ、待って」
『うん?』
「あの…夕食は?」
『飯?テキトーにその辺で済ませてるけど』
「だったら、一緒にどう?」
『何、望。俺のこと、誘ってるわけ?』
「あっ、や…べっ別にそういうつもりじゃ…嫌ならいいのよ」

―――私ったら、何男の人を誘ってんのよ。
勝手に口をついて出た言葉に自分の方が動揺してしまう。

『そんなわけないだろう?せっかくの誘いなのにさ』
「え?」
『実を言うと本当は、俺が誘おうって思ってたんだ。でも、なんかナンパしてるみたいで恥ずかしくてさ…』
「何よ。私だけ」
『ごめん、ごめん。あと1時間くらいしたら、部屋まで迎えに行くよ。さすがに俺は一人で食べたことはないけど、ここのフレンチは美味いらしいから予約しとく』
「うん、わかった。楽しみにしてる」
『あ?あっぁぁ』

『楽しみにしてる』などと言われて、誘うことも恥ずかしかったマサトはより一層恥ずかしさを増していたが、電話で顔が見えなかったことが救いだった。

単なる寂しい一人旅になるはずだった望だったが、マサトと出会ってなんだか恋の予感?!
な〜んて、勝手に浮かれたりして…。
軽くシャワーを浴びると持ってきた洋服の中でも一番大人っぽい、背中が大きくV字に開いたブラックのワンピース。
―――何でこんなの持ってきたのか、って聞かれそう。
一人だからこそ誰も見てないし、大胆な格好もできるというもの。
それは、望の持論だったけれど…。
単に食事をするだけなのに、この落ち着かない気持ちはなんなのか…。
そわそわしながら、立ったり座ったりしていると部屋のブザーが鳴った。

「は〜い」
「・・・・・・」

ドアを開けた瞬間、マサトが固まった。
―――ヤダ、何?このリアクション…。
ちょっと頑張りすぎたかしら?と思った望だったが、そんなことは彼を見たらすっかりどこかに行ってしまった。
さっきまでのTシャツにジーパンというラフな姿ではなく、シンプルだけど色合いが珍しい深いグリーンのシャツに細身のブラックパンツ。
スタイルがいいからだろうけど、海や船の写真ばかり撮ってないで、自分を撮ってもらったら?と思ってしまうほどだった。
そして、サラサラなヘアは整髪料をつけて後ろに流してある。
―――ちょっと、カッコいいかも?
マッチョは好みではないはずだったのに…。
目の前にいる彼は、望の心までも惹きつけてしまう。

「ヤダっ。私、変?」
「いや、ちっ違うんだ。なんていうか…その…」

―――見惚れてたなんて、こっぱずかしいこと言えるかっつうのっ。
というのはマサトの心の声である。
マリーナで見かけた時もそうだった。
スタイル抜群で、それ以上にものすごく綺麗な女性。
どうせ相手になんてされるはずがないと、ダメもとで話しかけたら思いのほか普通に返してくれて…。
成り行きでここまでこれたのは奇跡だった。

「なっ、なんでもない。行こうか」

動揺していることを悟られないようにマサトは左腕を前に差し出すと、それを受けるようにして望は彼の腕に自分の腕を絡ませた。


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