―――こうして歩いていたら、恋人同士に見えるかしら?
ついつい、望はそんなことばかり考えてしまう。
美味しいと評判のフレンチレストランは、部屋のインテリアと同様シックで落ち着いていて、望の好みにぴったりだった。
「このホテル、携帯で探したんだけど、すっごい素敵ね」
「結構、雑誌なんかでも紹介されているみたいだからな。週末は予約でいっぱいらしいよ」
―――そうなんだ。へぇ、なんかラッキーかも。
行き当たりばったりも、なかなかいいものなのね。
「望って、ほんと見てて飽きないな」
「何よ、それ」
「いや、深い意味はないよ。一応、これでも褒め言葉だから」
「なんか、納得できないわね」
マサトの言うように望の表情はよく変わる。
それはとても魅力的で、目が離せなくなってしまうということを彼女はわかっていないのだろう。
そんな時にタイミングよく、ワインが運ばれて来た。
意外にも赤ではなくて白。
理由はわからないけど、マサトが選んだもの。
―――でも、よく見ると彼ってホストみたい?
だから、こういうのも詳しいのかしら。
「何に乾杯?」
「そうねぇ、ふたりの夏に」
「夏か…」
グラスをカチンと合わせると、それをゆっくり口に含む。
望にはその辺のウンチクはわからないけど、素直に美味しいと思う。
「美味しい」
「そう?よかった」
その後、出てきた新鮮な海の幸を使った料理はどれも絶品だった。
「こんなに美味しいのに、私だったら一人ででも来るけど」
「あはは、望ならできるよ。まぁ、俺には無理だけどな」
「よく言うわよ。ちゃんと服だって、持ってきてるのに」
「これ?望みたいな素敵な女性に誘われるかもしれないから」
どこまでが本当で、どこまでが冗談なのか…さっぱりわからない。
でも望は、それ以上深く聞こうとは思わなかった。
どっちにしてもここにいる間だけの関係だと、どこかで割り切っていたからかもしれない。
◇
しっかりデザートまでいただいて店を出ると、ガラス越しに見える海は暗闇の中に包まれていた。
二人は酔いを醒ます意味で外に出てみる。
昼間の暑さは嘘のように涼しかった。
「あ〜気持ちいい」
「ほんとだな」
無言のままでブラブラと歩いていたが、マリーナが途切れた場所に着くとマサトが砂に何かを書き始めた。
1006
―――数字?
「これ、何かわかる?」
「4ケタの数字でしょ、誕生日とか?」
違っていたようで、首を横に振るマサト。
「わからない、何?」
「俺が泊まってる、部屋のナンバー」
―――部屋のナンバーって、どういう意味?
もしかして…。
「ヤダ、何言ってるのよ」
「やっぱ、ダメ?」
「ダメって、言われても…」
―――私は、そんな軽い女じゃないのよ。
ついさっき会ったばかりの男の人となんて…。
無理に決まってる。
「じゃあさ、ちょっと考える時間をあげるから」
そう言ってマサトは望の手を取ると、ホテルに向かって歩き出した。
行き着いた先は彼の部屋ではなくて、併設のバーだった。
なんだか、ちょっとホッとしたりして…。
「部屋に連れて行かれると思った?」
「えっ、うん」
思っていることを言い当てられて、つい返事がどもってしまう。
―――だって、いきなり手を取られてホテルに戻ったりしたら、そう思うじゃない。
「考える時間をあげるって言った手前、それはできないかな」
「何か飲む?」と聞かれて、望はキールと答える。
―――さっきの誘いは、本当なのかしら?
ワインも飲んでいたし、きっと酔った勢いであんなことを言ったのよね。
『考える時間をあげる』とは言われても、望はどうしてもそれが本気だとは思えなかった。
飲み物が運ばれてきてもボーっと考え込んでいると、マサトが自分のウィスキーのグラスを勝手に望のグラスに合わせて乾杯する。
ふとマサトの方に視線を向けると、グラスを口にする彼が視界に入る。
―――なんて、サマになっているのかしら?
仕事で男性とこうやって飲みに来ることも少なくはないが、こんなにこの場の雰囲気にマッチする人に会ったことはなかった。
それにこんなふうに誘われることも…。
どこかで線を引かれるというか、自分ではそんなつもりはなくても周りが勝手にそう決めてしまう。
この人に抱かれたら、自分はどうなってしまうのだろう…。
袖口のボタンを外して見える腕は、とてもがっしりしていてつい見惚れてしまう。
望は体の奥底が熱くなるのを感じて、それを隠すようにキールのグラスを頬にあてた。
「ねぇ」
「うん?」
「さっき…言ったこと、本気?」
ちらっとマサトの方へ顔を向けて、冗談でしょ?という意味を込めて微笑む。
どう見ても、それは誘っているようにしか思えないのだが…。
「もちろん、俺はそんな軽い男じゃない。つもり」
はにかむように微笑む彼を見ていれば、短い時間でも嘘をつけない人だということは望にもわかる。
でも…。
「わかったわ。でも、ここにいる間だけ。これ以上、名前もどこに住んでいるかも、あなたが写真家だということは知ってしまったけど、私が何をしているかは聞かない。それでも、いい?」
「いいよ、望がそうしたいなら」
マサトは、再び望の手を取ると今度こそ彼の部屋である1006号室へと足を向けた。
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