好き…が遠くて
4


「ねぇ、ほんとにごろうの家に行くの?」

しっかり手を繋がれて駅を降りると真っ直ぐ、ごろうの家のある方角へ向かっている。
それは、しょうこの家とは逆方向。
―――家には誰もいないって、言ってたし…。
ただでさえ、こんな展開になるとは思ってもみなかったしょうこの不安は隠せない。
繋がれた手からは熱と共に彼の想いが伝わってきて、ドキドキが止まらないというのに…。

「何だよ。そんな顔されると、ものすご〜く俺が悪いことをしているように思えるんだけど」
「えっ、違うの?」
「あ?しょうこは、そういうこと言うんだぁ」

グィーっと顔を近付けられて、益々心臓がバックンバックン。
もうちょっとで破裂しそう。
―――あぁん、もうっ!そういうこと、しないでって。
学校一かっこいい彼に見つめられたら、一瞬にして全身が溶けちゃう。
わかってて、やってるの?

「だってぇ…」
「しょうこのことスッゲェ好きだって、想ってること全部伝えたいんだ。だから…」

今までずっと言えなかったこと、全部しょうこに伝えたい。
少しでも一緒にいたい、今だけは…。

「ちゃんと、家まで送るから」って言われて、しょうこは「うん」って答えるしかなかった。
ほんとは、すっごく嬉しくて…。
二人っきりになるのは恥ずかしかったけど、今は同じ気持ちだったから。


ごろうの家は、駅の表通りを真っ直ぐに10分ほど歩いたところにある閑静な住宅街の一軒家。
真っ白な壁に庭に植えてある色とりどり花が良く栄える
―――いいなぁ、一軒家。
2階に自分の部屋があるって憧れなのよね、それに犬も飼いたかったな。
だけど、うちはマンションだもん。
しょうこの家は、駅のすぐ裏手にある高層マンション。
便利さと眺望がいいということで、マンションになってしまった。
確かに夜は、夜景が綺麗だけどね。

「ご両親は、お出かけ?」
「母さんはカルチャースクールで知り合った仲良しおばさま連中と、どっかの温泉に一泊で旅行。父さんは、いつも帰りが遅いから」

「どうぞ」ってごろうに玄関のドアを開けてもらい、「おじゃましま〜す」と声を上げてしょうこは中に入る。
長い廊下が広がる、とても大きな家。
―――そう言えばごろうって、聞いてなかったけど兄弟とかいないのかしら?

「ごろうって、兄弟は?」
「俺?兄貴がいるんだけど、今は沖縄にいるんだ」
「沖縄?」

何十畳あるんだろう?という広いリビングに案内されて、「何か飲む?」と聞くごろうにしょうこは「適当に」と答えると、彼は冷蔵庫からコーラを出してグラスに注ぐ。
ふと、しょうこが棚に目を向けると家族で撮った写真があった。
―――うわぁ、お兄さん、ごろうにそっくり。
じゃなくて、逆?ごろうがお兄さんにそっくりなのよね。
でも、兄弟していい男って、どうなの?
うちなんて2つ下の妹なんだけど、あたしにそっくりでかわいそう…。

「沖縄の大学に行ってるんだ。寒いところは、俺の体に合わないとか言ってさ」

3つ違いの兄はごろうが高校入学と同時に大学に入学し、寒いのが大の苦手だったからと、日本で一番南の大学に行ってしまった。

「それで、沖縄へ?」

「はい」って渡されたグラスをお礼を言って受け取ると、しょうこは大きなソファーに腰掛ける。
あまりにふかふか過ぎて、危うくグラスを持ったまま後ろにひっくり返るところだった。

「父さんと俺じゃ、母さんもつまんないんだろうな、最近は遊んでばっかだし。しょうこを連れて来たら、大変なことになりそうだ」

『早く彼女を作りなさいよ』が、口癖の母だったから、こんなふうにしょうこを家に連れて来たら、大騒ぎするに違いない。

「えぇ?やだぁ。こんな可愛くない彼女って、思われるもん」

しょうこは、コーラの入ったグラスを手の上でクルクルと回す。
―――息子の彼女がこれじゃぁ、お母さんだってガッカリよね?
いくら、ごろうに好きって言ってもらっても、やっぱり自分のことは自分が一番よく知っている。

「しょうこは、可愛いって言ってるだろ?ううん、可愛いだけじゃないな。明るくて、楽しくて、優しくて、一緒にいると、どんどん好きになってく。そりゃ、もっと可愛い子は世の中探せばいるかもしれないけど、俺にはそんな子目に入らない。だって、目の前にいるしょうこしか、見えないんだから」
「ごろう…」

―――あたし、世界一幸せな女だ。
こんな自分にはもったいないくらいカッコいい彼氏に、ここまで言ってもらえるなんて…。

「なぁ、しょうこは俺のどこが好き?」

―――えっと、そうねぇ。
あたしは、ごろうのどこが好きなんだろう。
顔が好きっていうのはもちろんだけど、それだけじゃない。
誰に対しても分け隔てなく接するところとか、やっぱり優しいところかな。

「えっと。優しいところと、こんなあたしにも普通に接してくれるところとか?あとは、カッコいいところも」
「しょうこは俺のこと、カッコいいとか思ってくれるんだ」
「それは、あたしだけじゃないわよ?女子は、みんなそう思ってるもん」
「俺は、しょうこだけにそう思ってもらえればいいけどな」

ごろうはしょうこが持っていたグラスをそっとローテーブルの上に移動させて、両手をしっかりと握り締める。
絡み合う視線、まるで金縛りにでも遭ったように体が思うように動かなかった。

「しょうこ」

「好きだよ」の言葉と共に唇が重なる。
初めてのキスに、しょうこはぎこちなく返すのが精一杯。

「…っ…ん…」

―――やぁっ、ちょ…。
なっ、何?
キスは段々深くなって、何かが…。

「…やぁっ…ご…ろ…っ…」
「ほら、ちゃんと息吸うんだぞ?」
「…んっぁ…」

ごろうの生温かい舌が、しょうこの中に入って来て…。
『息を吸うんだぞ?』って言われても、苦しくてどうやればいいのかわからない。
話には聞いていたけど、これが大人のキスなんだ…。
力が抜けてふにゃふにゃって後ろに倒れてしまいそうだったけど、ごろうのガッシリとした腕がしょうこを支える。
しょうこはただ、言われるままに…震える手で彼のシャツをギュって握り締めた。

「大丈夫か?」
「大丈夫じゃ…ない。いきなり、こんな…」

ごろうの胸に身を預けるようにして、しょうこは一応抗議してみる。
しかし、その潤んだ目では、ちっとも意味をなしていなかったけど…。

「そんな目で訴えられても俺には誘ってるようにしか、見えないんだけど…。それにしょうこの胸、柔らかい」
「え…」

体を密着させていたせいで、しょうこのふくよかな胸がごろうに触れていた。
慌てて離れようともがいてもしっかりと抱きしめられていて、身動きが取れない。

「やっ、離して。ごろうのえっち!」
「男はみんなえっちなの。好きな子を前にしてはね」

―――そんなの理由にならないっ!
恋人同士なら普通なのかもしれないけど…。

「ごろうも、あたしの胸が目当てなの?」
「あ?」

『スタイルはいいって』みんな言う。
―――何にも取り柄がないよりは、あった方がいいとは思うわよ?
だからって、ごろうまで…。

「あのなぁ、そんなわけないだろ?」

怒ったような呆れたような表情のごろうは、ちょっと早過ぎたかなと内心後悔もしていた。
男だから、女の子の胸に目が行かないわけじゃない。
これは彼女にはナイショだが、男同士の会話の中でも度々そう言う話は出てくるし、しょうこは特に…。
だけど、そんなことで好きになる男だと、しょうこにだけは見て欲しくない。

「ほんと?」
「当たり前だ。胸と付き合うわけじゃあるまいし」
「うん。ごめんね、変なこと言って」

自らごろうの首に腕を回して唇ではなく、鼻の頭にチュッって羽が触れるくらいのキスをおとす。
それだけでも、しょうこにとっては精一杯の行動だったから。

「あぁ、ダメだ。しょうこ、可愛過ぎるぞ」
「えっ、やだっ。ごろうったら、やめっ…っ…」

その場に押し倒されて、ごろうが上に覆いかぶさってきた。
彼の小さな炎を再び燃え上がらせたのは、他でもないしょうこ。
もう、止められない…。

とはいっても、お互いの気持ちを知ったばかりだし、しょうこはまだ心の準備ができないないはず。
急いで先に進むこともないのかな。
…男としては、ビミョーに辛いが。

グッと我慢の男ごろうは、しょうこの体を起こすと自分の膝の上に座らせて抱きしめた。

もう一度、「好きだ」の言葉と共に。


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