セレブを夢見て。
3


店に集まっていたのは男女5人ずつで、莉緒(りお)以外は綺麗どころと言われる秘書課の女性達だったけど、全てに於いて完璧な綺羅(きら)には敵わない。
もちろん、イケメン軍団の目が一斉に綺羅(きら)に注がれたことは言うまでもないが、彼らはというと経営企画部に所属する精鋭揃いで莉緒(りお)が言っていたように正しく出世頭。
それに目の保養になるわと思うくらい、素敵な人達だった。
お金を取るか、顔を取るか…。
う~ん。
今だけは後者を取りたいところだったが、しかし、中村さんのことが気になって綺羅(きら)はそれどころじゃない。
目の前にいる彼は、綺羅(きら)より3歳年上の28歳。
バッチリ決めたスーツ姿は、今までやった合コン相手の中でもズバ抜けてカッコいい。
どうして、気付かなかったのかしら?それは、自社の社員には目もくれなかったからだったが…。
―――でもねぇ、な~んか気のせいか、この人。さっきから、私のことを見てるのよね。
初めは気があるの?とか、思ったけど、あの目はそうとも違う。
受付で色々な人と接していたからか、はたまた、ありとあらゆる男性と合コンをしたせいか、綺羅(きら)はそういうところは敏感に察知する能力を兼ね備えていたから。

「ところで、高碕(たかさき)さんは、どこに住んでるの?」

―――ギクっ。
何で、住んでるところなんか聞くのよっ。
動揺した綺羅(きら)は、飲んでいたビールを危うく噴出す(セレブには、あるまじき行為です)ところだった。
この人は名前を聞いたり、今度は住んでるところ?
バイトしてるレンタルビデオショップの近所に住んでるんだけど、まぁ、ここで言ってもバレないわよね?

「私ですか?○○山駅に住んでますけど」
「へぇ、○○山駅?俺さぁ、ちょっと家からは遠いんだけど、そこにあるレンタルビデオショップにたまに行くんだよね。他の店にない物が置いてあってさ。知ってる?YAJIMAって」

―――げっ、どうして今、ここでその話をするのっ!
ワザと?とか思ったけど、彼にしてみれば普通にしてることを話してるだけなのよね?
思い聞かせて、私が知らないフリをしていれば、どうってことないわよ。

「さぁ、私はあまりビデオとか、借りて見ないので」
「そうだよな。セレブな高碕(たかさき)さんが、ビデオなんか借りて見ないよな」

中村さんはどこで耳にしたのか、綺羅(きら)がセレブと呼ばれていることを知っていたようだ。
実際、そんなことは噂だけで、まさか安アパートに住んで食事は切り詰め、身に着ける物以外にはお金を掛けないなんて思いもしないだろうけど。

「そういう中村さんは、どちらに住んでるんですか?」

ちょっと遠いって言ってたけど、一体どこに住んでいるのかしら?

「俺?俺は、○○川駅」
「えっ、○○川駅?そんなに遠くか―――」

―――しまった…私ったら、何言ってるの。
危うく、そんなに遠くからビデオを借りに来ていたんですか?と聞きそうになったのを寸でのところで口を押さえて言葉にせずに済んだ。
彼は不思議そうな顔で見ていたけど、それにしても同じ沿線とはいえ、3駅先よ?
なのに、随分とまぁ遠いところから借りに来てたのねぇ。

「ん?遠くからって」
「えっ、いえ…何でもありません、こっちの話です」

―――ホっ…。
なんていう地獄耳?細かいところは突っ込まないでと綺羅(きら)は思ったが、既にバレバレだったとは…。

今夜の合コンは思ったよりもしゃれた店だったし、料理もとっても美味しかった。
もちろんイケメン軍団の奢りだったから、綺羅(きら)は一円たりとも支払ってはいない。
―――莉緒(りお)に誘ってもらったおかげ、お腹もいっぱいになったし、目の保養にもなったわ。
あぁ~これで玉の輿だったら文句なしなんだけど、世の中そう上手くはいかないってことね。

「綺羅(きら)さん、2次会行きますよね?ホテルの最上階にあるバーですって」

店を出ると、そう莉緒(りお)に誘われたものの、綺羅(きら)はこれからバイトに出なければならない。
全員バーに行く気満々の様子だったし、イケメン軍団とだったらもう少し夜を楽しみたいけど…。

「ごめんね。私、ちょっと用事があって」
「えっ、帰っちゃうんですか?」

残念そうな莉緒(りお)にもう一度、「ごめんね」と謝る綺羅(きら)。
やっぱり、お金を稼がないことには今のセレブを維持できないから。

「高碕(たかさき)さん、帰るの?だったら、俺が送って行くよ」
「え…いえ、けっ結構です。中村さんは、みんなと楽しんで来て下さい」
「いや、急にビデオが見たくなってね。近くなんだろ?ついでと言っちゃなんだけど、送って行くから」

―――げっ…。
中村さんは、今からビデオショップに来るって言うの?
バイトは一度帰ってからと思ったけど、この時間だとその余裕がない。
矢島さんに電話して、今夜は時間をずらしてもらうしかないかしら…。

一人で帰るからと何度も言ってみたのだが、中村さんは送って行くときかなかった。
また、みんなも彼と綺羅(きら)がいい感じになっているものと勘違いしていたものだから、それ以上無理に誘わなかったし。
―――あぁ~ぁ、選りに選って中村さんと一緒に帰るとはねぇ。
とほほ…と思いながらも、矢島さんには1時間遅く入ると電話を掛けて、仕方なく彼と共に電車に乗った。
電車の中では他愛のない会話を交わし、なんだか二人っきりで男の人といること自体が久し振りなんだなと今更ながら思ったりもして。
最近は合コンばかり集団で男の人と会うことが多く、それもイマイチな相手だったから、その場限りで終わってしまう。
家まで送ってもらうことすら、なかったなんて…。
セレブセレブって、本気で恋することを忘れていたのかも…。

「どうした?酔ったのか?顔が赤いみたいだけど」

店でもそうだったが、彼にかなり顔を近付けた状態で呼ばれていたことに驚いて、綺羅(きら)は慌ててメガネのフレームに…。
おっと、今はメガネを掛けていないのに…。

「いっいえ、何でも―――」

髪を触れる仕草で誤魔化したが、いきなり腕を取られ、「いいから」と中村さんの肩に寄り掛かる形になった。
彼を近くに感じて、わけもなくハートがドッキンドッキン暴れだす。
中村さんは綺羅(きら)の顔が赤いのを酔ったと思ったようだけど、それも多少はあったかもしれないが、本当は見惚れていたから。

そんな、ほんの少しの間だけど、彼に甘えてひと時を過ごしたのもつかの間…。
駅に降り立ち、改札を出るとシンデレラは現実に引き戻される。

「ここで、結構ですから。今夜はごちそうさまでした。とても楽しかったです」
「ちゃんと家の前まで送るよ。何かあったら、大変だからね」

―――ほえぇぇぇ?!
いいわよ、家の前までなんて送ってくれなくてっ。
あんな、安ボロアパートを見られたら、私のセレブなイメージがガラガラ崩れちゃう。
それに徒歩で15分くらいかかるのよ、家まで。
だから、駅までは毎日自転車だし…って、セレブが自転車とも言えないわよねぇ。
それも、親戚にもらったお古なのに…。

「いえ、ほんと大丈夫ですから。ここから、遠いんです家。これからビデオを借りるんでしたら、中村さんこそ遅くなっちゃいますよ」
「俺は、別に遅くなってもいいから。遠いなら、尚更送って行くし」

―――いやぁ、あなたは遅くなってもいいかもしれないけど、私は困るのよ。
これじゃあ、いつぞのドラマじゃないねぇ。
お嬢様を装うばかりに彼氏と豪邸の前で別れて、裏にある自分の家にコソコソ帰るみたいな。
だけど、それをやらなきゃこの場は逃れられないわよね。

綺羅(きら)は急いで頭の中で、一番近くにある豪邸を思い浮かべた。


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