「うっそ…結婚!?」
「会っていきなり、プロポーズ?電撃って言葉を使うのは芸能人だけかと思ってた」菜摘は鳩が豆鉄砲をくらうとはこういうことを言うんだという典型的な反応を見せたが、当の遥だって思いは同じかそれ以上。
まさか、あそこでイエスと言ってしまうとは自分でも理解できないのだから。
「そんなに魅力的な人だったんだぁ。確かにいい男だし、出世頭だし、言葉なんか無意味に思えるくらい一瞬で恋に墜ちる気持ちもわからないんでもないんだけど」
残念ながら恋に墜ちたという認識は本人にも全く自覚はなく、彼に今ここで冗談だったんだと言われれば、それはそれで、はいそうでしたと素直に受け入れてしまうに違いない。
「まぁ、お互いに結婚を望んでいたわけだから利害関係が一致したってことで、そういうのもありなんじゃない?ダラダラ付き合って、悪いとこばっかり目に付くようになるよりは。で、式はいつ?早めに言ってね、何かと物入りなのよ」
「別に入籍だけでも、いいかなって」
「え?ダメよぉ、ちゃんとやらないと。一生に一度キリなんだし、後悔しても遅いんだから」
既に半分は後悔しているというのに式なんて挙げてみんなの前で、いや神の前で宣言してしまったら、余計取り返しがつかないことになるかもしれない。
それに一生添い遂げるかどうかも、将来のことなんて誰にもわからないんだし。
「取り敢えず、まだみんなにはナイショにしててね」
「はいはい。あーでも、高山さんと遥が結婚なんて聞いたら驚きと共にショックで倒れる人続出ね、きっと」
◇
『結婚するのか、しないのか』
彼に問われた時に正直どう答えていいかわからなかった。
本来ならば、こんな無謀な申し出に対してまともに答える方がおかしいのだ。
それなのに遥はプラスとマイナスの磁石が当然のように吸い寄せられるのと同じ、薔薇の花束を受け取ると彼の腕の中に飛び込んでいた。
男らしい匂いに力強い腕、そのどれもが遥が胸の奥底で望んでいたもの。
ただ一つ、愛情という思いを除いては。
「こら」
「痛っ~い。叩かなくたっていいでしょ?」
「これ以上、頭が悪くなったらどうするのよ」遥は蒼大に叩かれた後頭部を一生懸命両手で摩る。
「君はいつもブツブツ言っているか、ボーっとしているか、どっちかだから」
「いつもって、まだ1回しか会ってないじゃない」
「今日が2回目なんだから」デートというより、遥の両親に挨拶に行く日取りを決めるための打ち合わせ。
それでも彼が連れて来てくれたのは女性なら誰もが夢に思い描くような白い洋館、よく手入れされた色とりどりの花が咲き誇るガーデンが暗闇の中、ライトアップされたフレンチレストランだった。
この前のゴージャスなホテルでの振る舞いといい、やっぱりモテ男は違うのか。
二人が案内されたガラス張りのテラス席からは、幻想的な庭が気分を盛り上げる。
「別に親の挨拶なんて堅苦しく考えなくても、電話で高山さんの予定だけ教えてくれればこっちで適当に日にちを決めるのに」
「すぐ近くに住んでるんだもん」蒼大は耳だけを傾けて、ワインリストを見ながらソムリエに薦められた中でも彼女が好みそうな赤を選ぶ。
「ほら、決めたのか?何、食べるんだよ」
「そういう言い方しなくても」
遥はメニューを開くと、載っていた中の一番高い15,000円のコースを迷わず指差した。
───こうなったら、高いの食べてやるんだからっ。
割り勘なんて言われたら、即行で結婚破棄してやる。
「いい主婦になるな」
「だったら、こんな高級なお店に連れて来なきゃいいでしょ?せっかく来たのに食べたいものも食べられないなんて」
「だから、電話でもいいって言ってるのに」口を尖らせて言う彼女を見つめながら、満足げに微笑む蒼大。
非常に美人であるが、こういうふうにムキになるところは別の意味で可愛い。
確かに彼女の言うように電話で済む話かもしれないが、ワインで頬を染める彼女が見たかったし、絶品料理に毀れる笑顔が見たかったから。
蒼大は同じコース料理を二人分頼むと、両手をテーブルの上で組んで顎を載せながらじっと遥を見つめる。
「何よ」じっと見つめたりして。
「遥」
「は?」
なっ、なによ!!急に真顔で名前なんか呼んじゃって。
ミルミルうちにピンク色から赤に染まって行く頬に気付かれないよう、あっちこっちに視線を流す。
そんな彼女をおもしろがって見ている蒼大。
「名前で呼び合わないとおかしいだろ」
「そっ、そうだけど、急に言わないでよ」
「何、照れてんだ」
「照れてなんかっ」
ソムリエが、持ってきたワインのコルクを手際よく抜き取ると彼の方にあったグラスに少しだけ注いで味をみる。
そのビミョウな間が遥には耐え切れず、ずっと下を向いていることしかできなかった。
「いつまで照れてるんだ?」
「だからっ」
もういい。
何も言わないわよ。
綺麗なルビーレッドのグラスを見つめていると蒼大が目で合図する。
仕方なくそれを持つが、今度は何ていうのだろう?
前回が出会いだったから、未来に?くらいのことを言う気かしら。
「やだ、一人で飲まないでよ」
「あ?」
「何か言ってよ。クっサイ台詞」
「あのなぁ」
ガックリ肩を落とす蒼大。
あの時、こっ恥ずかしいのを我慢してやったのは、一応即席でもプロポーズだったからで。
「楽しみにしてたのにぃ」なんて言われても困るんだよ。
「やってやって」
「何が、やってやってだ」はぁ、何で俺は結婚するって言っちゃったんだろう…。
「わかったよ。じゃあ、二人の未来に乾杯」
「ぶっ」
「笑うな」
「だってぇ、そう言うと思ったんだもん」さっきまでは顔を真っ赤にして照れていたと思ったら、涙目で笑いを堪えている遥。
どーせ、そんな単純な言葉しか浮かばなくて悪かったな。
「乾杯」
カチンとグラスを合わせる、何とも言えない酸味と爽やかな喉越しが二人の間に流れる空気が心地良かった。
「名前、呼んでみろって」
「えっとぉ。蒼大、蒼大さん、蒼、蒼ちゃん、蒼君。どれがいい?」
「何でもいいから。あっ、蒼ちゃんだけはやめてくれ。子供の頃に近所に住んでた2歳上の女の子に散々、蒼ちゃん、蒼ちゃんって連れ回されたのを思い出すから」
「じゃあ、蒼君がいいかな」
「子供っぽくないか?」
「何でもいいって言ったじゃない」何でもいいと言っておきながら、いちいち文句ばかり。
でも、こんな俺様タイプなのに年上の女の子には弱かった子供時代があったのね。
「そんなことないわよ。蒼君」
「おもしろがってんな」
順に出される自慢の料理はやっぱり彼女の心をガッシリと掴んだようで、思惑通りワインのように紅色に頬を染め、毀れんばかりの笑顔を蒼大に向けた。
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