心から愛し合っている恋人同士のような食事を終えると二人は何となくそのまま自分の家に帰る気にもなれず…。
「うちに来るか?」
「えぇっ?」
「そんなに驚くことか?俺達、結婚するんだから、お互いの家くらい来るのは普通だろう。まぁ、体の相性はバッチリだってのは立証済みだが」
体の相性などと露骨に言われて、遥は酔いとは別に頬を染めた。
ただでさえ握られている手から伝わる熱で体中が溶けてしまいそうだったが、初めて会ったあの日、ホテルでのプロポーズを受けた後に二人は目出度く結ばれていたのだ。
単なる欲望を満たすためだけのものではなく、自然の流れに逆らわず、そこには確かに自分でも信じられないくらい深い愛情があった。
「でも」
「週末なんだし泊まってけば。それとも、予定でもあるのか?」
「別にないけど…」
「だったら問題ないな」嬉しそうに言われると断りきれなくなる。
もう少し一緒にいたいと思ったのは確かだし、家に来ないかと言われて心がときめいたことも否定しない。
それはきっと、結婚する以上はお互いのことをもっと知らなければならないからで…。
だけど、こんなふうに急接近してしまったら、恋愛なしの結婚という取り決めがどこかでもろく崩れ去ってしまうような気がして怖かった。
何より、彼を好きになってしまっている自分を認めたくない。
「どうした?」
「やっぱり、出直した方が」
「何を今更」
聞き入れてもらえるはずもなく、というか本当は彼はどう思っているのだろう?
◇
次の週末に蒼大は遥の両親に会い、『娘さんと結婚させて下さい』とそれはそれはドラマみたいにはっきりきっぱり。
他人事のように見惚れてしまうほど、彼は男らしかった。
両親は突然の吉報に子供ができたのではと勘違いしていたが、もちろん大喜びで彼を歓迎したのは言うまでもない。
なのに素直に喜べないのはなぜなのか?
決して結婚することについて後悔しているわけではなく、自らが望んで決めたことなのに自分だけがどんどん彼を好きになって嫌われないかという不安が日に日に大きくなっていたから。
だから、決して本心を知られてはいけないと心に誓うしかなかった。
「いやぁ、ドキドキするもんだな」
「自信たっぷりで、そんなふうには全然見えなかったけど」
「大事な娘をさらっていく男なんだからな、簡単にはいかないと覚悟はできていたつもりなんだが」
仕事ではバリバリ自信を持ってやっている蒼大でも、一生に一度のこれだけは想像以上の緊張だった。
実を言うと昨夜など、ほとんど眠れないくらいだったのだから。
「蒼君なら、誰も反対なんてしないわよ。うちにはもったいないくらいの人だもん。それより、私の方が問題だわ」
自分の両親がこの結婚に反対するはずがないとわかっていたが、問題は彼の両親が自分を見てどう思うか。
取り立てて美人でも、他が抜きん出ているわけでもない、せめて持参金でもあればまだ…。
うちにそんなお金なんてないし。
「自慢じゃないけど、そこそこ女性とは付き合ってきたんだ。でも、結婚しようと思ったのは遥だけなんだから、大丈夫だって」
「嫁を連れて来るのを今か今かと楽しみに待ってるんだ」なんて言われたら、勘違いしそうになる。
遥は単に蒼大の希望にあった相手というだけ。
愛してるとは絶対に言ってくれない、その言葉が一番聞きたいのに。
慌しくその次の週には蒼大の両親に会ったが、彼の言った通り、満場一致で遥は高山家の嫁として迎え入れられることとなった。
あとは日取りを決めて式場を探すだけ。
とんとん拍子に進む、自分のこれからの人生に戸惑いを覚えないわけではない。
これで本当に良かったのだろうか。
「披露宴はどこがいいんだろうな。式場かホテルか」
ブライダルフェアに行っても惹かれない。
それよりも、蒼大には心ここにあらずという遥のことがどうにも気になって仕方がなかった。
「私はどっちでもいい。金額もあるけど、蒼君のご両親は?体裁とかあるじゃない」
「結婚するのは俺達であって、特に花嫁のためにあるようなもんじゃないか。遥がどうしたいのかが重要なんだろう?」
自分の結婚式なのだ、夢を描かない女性はほとんどいないに違いない。
遥だって少し前までは憧れていたこともある、純白のウエディングドレスに身を包み、たくさんの人達に祝福されて小さな教会で式を挙げる自分の隣にいるのは燃えるような恋をした相手。
「じゃあ」
もらってきたパンフレットをペラペラ捲っているだけで、どこか身が入っていないのは自分のことであってそうでないように思えてならないからだ。
「俺と結婚することを後悔してる?」
「え?そんなこと」
「だったらどうして、そんなにどうでもいいような態度なんだよ」
蒼大が怒るのも無理はないだろう。
だからといって、ああしたいこうしたいと希望を言えば、二人の関係にも違うものを要求してしまいそうになる。
「蒼君はどうなの?人のことばかり」
『蒼君こそ、私と結婚することに後悔しているんじゃないの?』と言いたいのをグッと堪えたのは、答えを聞くのが怖かったから。
言い争いはしたくない、このまま結婚しても上手くいかないかもしれない。
「披露宴については私も考えるけど、蒼君の方でも考えておいて。お互いの希望を出し合って決めましょう」
遥はそれ以上のことを話す気になれなかった。
+++
「どうしたのよ。マリッジブルーってやつ?」
菜摘は暢気に聞いてくるが、これがそうと言えるのかどうかは遥にもわからない。
ただ、恋愛は面倒だが結婚さえしてしまえばという考えが、実は間違っていたのではないかと今になって思えてならなかった。
「そういうわけでも」
「あのイケメンと結婚できるのよ?もっと嬉しそうにしなさいよ」
「私だけ嬉しそうにしてたら、おかしいでしょ」
そう、私ばっかり。
あの人はちっとも、そんなふうに思ってないなんて。
「高山さんは嬉しそうだったわよ?あたしがおめでとうございますって言ったら、今まで見たことないような笑顔見せたもの」
「えぇ、あの蒼君がぁ?」
うそうそ。あの男がそんなことありえないもん。
あれから何となく顔も合わせにくくて、ありきたりのメールのやり取りしかしてないし、披露宴の会場だって暗礁に乗り上げたまま。
「そりゃあねぇ。綺麗なお嫁さんもらうんだもん、嬉しいでしょ」
「誰が」
誰が綺麗なお嫁さんなのよ。
「割り切った関係もわからないでもないけど、そんなこと言ってると誰かに捕られちゃうんだからね」
そのひと言が、後々尾を引くことになろうとは。
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