続 ヤマンバな彼女
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バイトを終えて麗(うらら)が店を出ると、まるでそれを見ていたかのように携帯が鳴り出した。

「もしもし」
『あっ、麗?ごめん電話して、まだバイト中だった?』

電話の声は中学校の時の同級生で、最近付き合うようになった佐々木 詩音。

「ううん。ちょうどバイトが終わって、お店を出たところ」
『そっか、良かった。じゃあ、飯でも食べに行かない?』
「え?」
『もしかして、都合悪かった?』
「そうじゃないんだけど…」

一応、付き合っているのだから食事に誘われても不思議じゃない。
今日は予定もないし、家に帰るだけなんだから、何も問題はないはずなのだが…。

『麗?』
「ごめん、なんか不思議なんだもん」
『不思議?』
「うん。佐々木くんに食事に誘われるなんて」
『なんだよ、それ。僕達、付き合ってるんだから、食事に行くくらい普通だろう?』
「そうなんだけどね」

―――そうなんだけど…。
でも…やっぱり、不思議。

『あれから会ってないし、顔も見たいから、ちょっとだけ。ダメ?』
「ダメなんて…いいよ。どこに行けばいい?」
『駅前のコンビニで』
「うん、わかった」

『顔も見たいから』かぁ…。
麗は携帯を閉じると頬を緩ませながら、待ち合わせの場所へと急いで足を向けた。

コンビニの前まで来るとガラス越しで雑誌を読んでいる詩音が見える。
中学の時もそこそこカッコいいとは思ったけれど、今はそれ以上に目を引くいい男になっていた。
そんな彼が、どうしてあたしなんかのこと…。
ふと麗は、自分の姿を上から見下ろしてみる。
ファーの付いたニットのカーディガンに膝小僧が出るくらいのダメージデニムのスカート。
ピンヒールのロングブーツ、なんと言っても金髪を通り越したクリーム色の髪にヤマンバメイク。
誰が見ても、好青年の彼には似合わない。

「麗、どうしたんだ?こんなところで」

足がコンビニの駐車場で止まってしまっていた麗を見つけた詩音が、店から出て来たのだ。

「え?あっ、佐々木くん。ごめんね、遅くなって」
「僕も今、来たところだから」

ニッコリ微笑むと詩音は、自然に麗の手を握る。
彼は真面目なタイプだと思っていたが、意外にそうでもないよう。
それが、新しい発見だったりもする。

「麗は、何が食べたい?」
「えっ、うん。なんでも、佐々木くんの好きなものでいいよ」
「僕のことなんていいから。麗の好きなものを聞いているのに」

少し怒ったように言う詩音だったが、麗は中学の時から変わってないなと思う。
外見はかなり派手だけど、いつも相手に合わせてしまう。
それは決して、どうでもいいとか我慢しているというのではないのだが…。
ただ、彼氏としては彼女にもう少し我侭を言って欲しいのだ。

「じゃあ、ラーメンが食べたい」
「ラーメン?」

好きなものとは言ったが、せっかくのデートにラーメンなのか?!

「いっつも行列のできてるラーメン屋さんがあってね。すっごく、美味しいんだって。でも、友達は短気な子ばっかりで、並ぶの嫌だって言うんだもん。あっ、でも佐々木くん並ぶの嫌ならいいからね」

そういうことか…。
行列ができるほど美味しいというのなら食べてみたいと思うかもしれないが、並んでまでとなると話は別。
友達は、なかなかうんと言ってくれないかもしれない。
しかし、ここは好きな彼女が希望することならそれに応えるのが、彼氏の役目?!

「いいよ。じゃあ、頑張って並ぼっか」
「うんっ」

―――あ〜可愛いなぁ。
麗のこんな素直な反応が、本当に可愛いと思う。
詩音は握っていた手に少しだけ力を込めると、店に向かって歩き出した。

「やっぱり、すっごく並んでる」

人気のラーメン店は歩いてそう遠くない場所にあったが、噂通り既に行列の数は20人くらいにはなっていた。
しかし、ここで諦めては美味しいものにはありつけない。

「よしっ!並ぶぞ」
「佐々木くん、すっごい気合」
「一応、声だけでも出しておかないと挫折しそうだから」

そんな詩音を見て、クスクスと笑う麗。
なんだろう、彼と一緒にいるとこんなにも素になれる自分がいるなんて…。

「麗、何がそんなにおかしいのかな?」

「うん?」と言いながら顔をグーッと近付けられて、麗の心臓は急激に鼓動を早めた。
―――ヤダ、そんなに顔を近づけないで…。
恥ずかしさのあまり、麗は目を逸らしてしまう。

「だってぇ…佐々木くんが、こういう人だって思わなかったんだもん」
「僕は、昔から変わってないけど」
「そっかなぁ」
「そうだよ。すぐに恥ずかしがるところなんて、麗も変わってないけどね」

今度は、詩音の方がクスクスと笑っている。
―――佐々木くんはあたしのこといっぱい知ってるのに、あたしは佐々木くんのこと何も知らないんだ。
3年間、ずっと同じクラスだったのに…。

「あたし、佐々木くんのこと何も知らないんだね」
「麗」
「佐々木くんのこと、何も知らないんだなって…」
「僕が知ってるのは、3年前の麗のことであって今の麗じゃない。いいところも悪いところも、これからゆっくり知っていけばいい。違う?」
「佐々木くん…」

――― そうなのかな…。
それで、いいのかな…。

「ほら、前が進んだよ」
「うん…」
「美味しいものを食べるには時間が掛かるように、僕達もお互いのことを知るには時間が掛かってもいいんじゃないかな。好きな人のことがすぐにわかっちゃったらつまらないし、もったいないでしょ」
「そういうもの?」
「そういうことにして」

―――佐々木くんって、やっぱりおもしろいかも。
こうやって、少しずつ彼のことを知っていくのかな。
そうしたら、私ももっと本当の自分を出せるようになるのだろうか…。

『ねぇ。あんな子、まだいるのね』
『え?あぁ、なんだっけほら…えっと…』
『ヤマンバギャル』
『それそれ。だけど、彼氏いいのか?彼女があんなんで。頭、悪そうだし』
『ああいう子が好きな、物好きもいるんじゃないの?』

あははは―――

ふと、どこからかそんな会話が耳に入ってくる。

―――物好き…。

友達といる時はなんとも思わなかったが、詩音と一緒にいるとものすごく気になってしまう。
言いたい人には、言わせておけばいい―――。
そう思っていたはずなのに…。

可愛いって思われる、そういう目で見られるのが嫌だから…。
なのに、今またあんなふうに言われるなんて…。

―――あたしは、どうすればいいの?

「僕は、どんな麗も好きだから」
「えっ」

じっと麗の目を見つめて優しく微笑む詩音に、涙が出そうになった。

「そんな顔しないで、もう僕達の番が来たよ」

背中を軽く押されるようにして店内に入るといい匂いが漂っていたが、今の麗にはそれすら感じられない。
せっかく並んでまで入ったにもかかわらず、食べた後も味さえよく覚えていなかった。

+++

―――行きたくないなぁ…。
友達から誘われて、いつもなら喜んで行くはずなのに今日は足取りが重い。

「麗〜こっちこっち」

―――もうっ、いちいち呼ばなくてもわかるのに…それに声大きいって…。
待ち合わせのファーストフード店に着くと、相変わらず目の引く集団。

「もうっ、お願いだから大きな声で名前を呼ばないで」
「だってぇ、嬉しかったんだもん」

いつもの返答に、麗だって本当は心の中で嬉しいと思っている。
ただそれが、言葉になって出てこないだけ。

「ねぇ、麗。あたし達に何か隠してない?」
「え、なんで?」
「そうよ。あたし見たんだから、麗がこの前ここにいたカッコいい彼氏と手を繋いでいるとこ。行列のできるラーメン屋さんで、並んでたでしょ」
「見てたの?」
「きちんと、話してもらうわよ」

―――みんな、怖い…。
でも、見られてたんだ…。
どうだったのかな?あたし…やっぱり、佐々木くんの隣にいたら変だった?

「うん、あのね。中学の時、3年間同じクラスだった佐々木くん。一応、付き合ってるんだけど」
「そっかぁ、とうとう麗にも彼氏がね。でも、佐々木くんって見る目あるなぁ。麗を選ぶなんて」
「そうそう、麗の可愛さを見抜ける男はなかなかいないもんね」
「いいなぁ、麗はあんな素敵な彼氏ができて」

みんなは、そんなふうに思ってくれるの?
物好き、とは思わないのかな…。

「そうかな」
「何、元気ないわね。彼氏と何かあったの?」

店に入って来た時からなんとなく元気がないと思ったが、彼氏とうまくいっていないのか?はたまた喧嘩でもした?

「ううん」
「じゃあ、何?」
「ねぇ。みんなは、あたしが佐々木くんと付き合ってても変に思わない?」
「どうして?」
「彼は一流大学に通ってて、あたしはこんな格好でフリーターやってるなんて…」
「思うわけないじゃない。彼が、そう言ったの?」
「佐々木くんは、そんなこと言わない」
「だったら、何も悩むことじゃないでしょ?」
「そうだけど…」

―――そうなんだけど…。
でも、これでいいのかなって、思っちゃうんだもん…。

「まぁね、麗の気持ちもわからないでもないのよ。将来決めてしっかり自分の道を進んでる彼と、な〜んにも考えずにその日を楽しめればそれでいいっていうあたし達とじゃ住む世界が違うんじゃないかってね」
「確かにそうだけど、でも急ぐことないし無理に相手に合わせることもないんじゃない?」
「そうそう、焦ってもどうにもならないし」

楽天家の3人は、いつもこんな感じ。
でも、相手の気持ちとかちゃんとわかってて…。
きっと彼女達も、同じことで悩んだりしているんだと思う。
それを表に出さずに人の心配ばかりして…。

「うん、みんなの言う通りかも…でもね、本当の自分はなんなのかなって」
「あたしが思うに、麗はこの機会にヤマンバギャルを卒業するべきね」
「え?」
「あたし達は目立ちたいからやってるんだけど、麗は違うでしょ?本当の自分を隠すためだったらやめちゃいなさい」

―――知ってたんだ…。

「一度素になって、彼に会ってみたら?そうしたら、何かが見えてくるかもしれないし」
「だからって、友達には変わりないでしょ?あたし達は」
「4人は、いつまでも一緒だもんね」
「みんな…」

あたし達は、いつまでも友達。

変わるのが、怖かっただけなのかもしれない。
本当の自分を見せるのが。


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