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「もしもし、佐々木くん?今、話しても大丈夫?」
『あっ、麗。うん、いいよ。でも、どうしたんだい?何かあった?』
麗から電話を掛けることなどほとんどないから、詩音も驚いたようだった。
「あのね、今日これから会えないかな」
『えっ』
「あっ、ごめんね。無理だったら、いつでもいいんだけど」
『そんなことないよ。嬉しくて、なんて言っていいかわからなかった』
「え?」
『だって、麗から会いたいなんて言われると思わなかったからすっごく嬉しいんだけど』
「佐々木くん、お世辞がうまいね」
『お世辞じゃないよ、ほんとのことだから。バイトも休みだし、オッケーだよ』
「じゃあ、いつものところで待ってるね」
『あぁ』
―――佐々木くん、驚くかな。
お母さんもお父さんも、すっごく驚いてたもんね。
昨日、美容室に行って髪をダークブラウンに染めた。
流行のカリスマモデルみたいに、毛先をクルンっとカールさせてみたりして。
ついでにナチュラルメークの仕方も教わったんだけど、どんどん変わっていく自分がすごく怖かった。
ある意味、今までの姿で街を歩くよりも勇気がいることだなって思ったし。
―――でも、なんかみんなに見られているようなんだけど、気のせいかな…。
あの目立つ格好は卒業したはずなのに、なぜか周りの視線を浴びているような気がした。
「ねぇ、そこの彼女。誰かと待ち合わせ?」
「えっ」
声を掛けられて初めは自分のことではないと思ったが、近づいて来る若い男性が二人。
「待ち人来ないんだったら、俺達と遊ぼうよ。楽しいよ」
―――うわぁ、これってもしかしてもしかしなくても、ナンパ?!
今までナンパなどされたことがなかったから、麗はこういう時にどうしていいかわからない。
「待ち人は来ますから、あなた方とは遊べません」
「え〜そんなこと言わないでさ。いいじゃん、ちょっとだけ」
―――案外、この人達ってしつこいのね。
でも、どうしよう…。
早く、佐々木くん来ないかな。
などと思っていると、遠くに見えるのは間違いなく詩音だったが、今の麗の姿に気付かない様子。
「あっ、佐々木くんっ」
「え?麗?」
ナンパ男達を振り切って、麗は詩音の元へ走って行く。
彼らも待ち合わせの相手が男性とわかって、追ってくることはなくいそいそとどこかへいなくなってしまった。
「知らない男の人に誘われて、びっくりしちゃった」
「え?誘われたって、ほんと?」
「うん」
「ごめん、僕が遅くなったから」
「ううん、でもよかった。佐々木くんが来るのがもう少し遅かったら、どこかに連れて行かれたかも」
「えぇ?麗。そういう時は大きな声を出して、助けを呼ばないと」
「かも?って言っただけ。そこまでしなくても、大丈夫だと思うけど」
いざとなればそういうこともありうるかもしれないけど、今のだったらそこまでしなくてもなんとか…ならなかったかなぁ…。
「わからないよ。こんなに可愛かったら、連れて行かれても不思議じゃないよ」
「佐々木くん、大げさ」
「でも、どうしたの?急に。あんまり違うから、わからなかった」
―――やっぱり、ここまで変わると佐々木くんでもわからないわよね。
「ヤマンバギャルを卒業したの」
「卒業?」
「いつまでもあのままってわけにもいかないし、もう本当の自分を隠すのはやめようと思って」
「そっか、麗が決めたことなら僕は何も言わないけど。だけど、心配だなぁ」
「えっ、何が?」
「だってさ、こんなに可愛かったらさっきみたいに知らない男に声を掛けられることだってあるし」
「もう、平気。さっきは初めてだったから動揺しちゃったけど、今度は逃げるから」
「いや、心配だ」
「うわぁっ、ちょっと佐々木くんっ」
いつも手を繋ぐだけでドキドキするっていうのに、腰に腕を回されて抱き寄せられた。
体が密着して、心臓が今にも口から飛び出してしまいそう。
「僕の親、今旅行に行っていていないんだ」
「え…それって…」
「家に行こう。このまま、可愛い麗を世間の目にさらすわけにはいかないから」
―――さらすって…。
でも、佐々木くんの家にはご両親がいない?
確か、お姉さんがいたような…。
「佐々木くん、お姉さんは?」
「姉貴?姉貴は、家を出てるから」
「ってことは…」
「誰にも邪魔されない」
「えェェェ?!」
―――うそっ、佐々木くんと二人っきりなの?
ダメダメ、そんなのっ。
「ダメダメ、そんなのっ」
「ダメじゃないよ。何か、話したいことがあったんじゃないのかい?だったら、家の方がいいでしょ」
「そっ、そうだけど」
―――そうだけど…。
って、納得してる場合じゃなくってっ。
やっぱり、ダメ。
なんて、言葉が彼に届くはずはなく…。
半ば拉致されるようにして、麗は彼の家へと連れて行かれた。
◇
「えっ…佐々木くんの家って、ここ?」
「そうだけど、さぁ入って」
「うん」
小学校は学区が違ったから彼の家は少し離れていたが、大きな家が立ち並ぶうちの一軒でいわゆる豪邸と言われるもの。
―――佐々木くんの家って、お金持ちだったんだ。
「その辺の椅子に座っててくれる?あと、何か飲む?」
「お構いなく」
リビングだけで、麗の家の1階部分が全部収まってしまいそうなくらい広い。
「佐々木くんのお父さんって、何をしているの?」
「親父?一応、社長」
「社長?」
―――うそ…社長さんなの?
こんな家に住んでいるのだから、そうよね。
うわぁ、すごい彼氏をもっちゃったな…。
「小さな会社だけどね。僕は卒業したら、継ぐことが決まってるんだ」
「佐々木くんなら、大丈夫。一流大学にも通ってるし」
「他にやりたいことがあるわけじゃないけど、先が決まってるって結構プレッシャーなんだよ」
「はい」と、彼がテーブルの上にアップルジュースの入ったグラスを置くと麗の隣に腰掛けた。
恐らく、詩音は親の期待を背負って今まで来たのだろう。
それに対して麗はというと父は普通のサラリーマンで、母は専業主婦。
勝って気ままに何をしても、自分のことだからと両親は目を瞑っていてくれる。
「麗が羨ましいって思うよ」
「あたしが?」
「やりたいことをゆっくり見つけることができるだろう?」
「あたしは、ちゃんと将来のことを考えて、いい大学に通ってる佐々木くんが羨ましいって思ったけどな」
「お互い、いいところばかり見えるものだからね。そう言えば、麗は何か話したいことがあったんじゃ」
今日、会いたいと言ったのはヤマンバギャルを卒業したことを見せたかったのと、もう1つお願いがあったから。
「あたしね、来年大学を受験しようと思うの」
「大学を?」
「何かになりたいとかそんなことは考えていないんだけど、ちゃんと勉強しようって」
「そっか」
「でね、佐々木くんにお願いがあって」
「お願い?」
お願いとは、なんなんだろう…。
「勉強を教えてもらえないかなって。バイトとか学校に差し支えない程度でいいんだけど」
「いいよ。でも、1つだけ条件がある」
「条件?」
「僕と同じ大学に入ること」
「えっ、そんなの無理。絶対、無理。あたし、馬鹿だから入れるわけないもん」
―――佐々木くんったら、なんてことを言うのよ。
そんなこと無理に決まってるじゃない。
「だったら、1人で勉強するんだね」
「そんな冷たいこと言うの…」
「麗は、馬鹿なんかじゃない。わざと勉強できないふりをしていたんだ」
―――え…。
どうして、それを…。
「僕が気付かないとでも思った?」
「何でも知ってるのね」
「3年前の麗のことはね。だから、ちゃんと勉強すれば絶対入れるから。諦めないで、頑張ろう」
「落ちても、許してくれる?」
「さぁ、それはどうかな」
「うぅっ」
―――なんか、佐々木くんイジワルだぁ。
「…やぁっ、ちょっ佐々木くん?!」
いきなり詩音に肩と腰に腕を回されて、ぎゅっと抱きしめられた。
顔が至近距離にあって、思わず目を瞑ってしまう。
「バイトは、どうするの?」
「えっと、取り敢えず続けようかなって。自分のおこづかいくらいは、稼がないと」
「あの店で?」
「どうして、そんなことを聞くの?」
「バイトに行く時は、今まで通りのヤマンバギャルで行って」
「えぇ?なんで。せっかく、卒業したのにー」
卒業したのになんで、元に戻らなきゃいけないの?
「こんな可愛い麗に何かあったら大変だから」
「もしかして、同じ大学に通うのもそのため?」
「そう」
言い切る詩音、こんなにも独占欲が強かったのかと改めて気付かされる。
「わかった。佐々木くんの言う通りにする」
「それと、詩音って呼んで」
彼にこうしてって、言われると断れない。
それは、惚れた弱みなのかなぁ…。
「詩音」
そう呼ぶと、満面の笑みと共に唇が重なって。
啄ばむようなくちづけに身も心も溶けてしまいそう。
「麗、好きだよ」
「あたしも、詩音が好き」
いつまでも二人の甘い時間は、続いたのでした。
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