「ねぇ、遼?」
「ん?どうした?ノエル」
野坂と欄と途中で別れたノエルは遼と一緒に彼の家に来ていたが、やっぱりあの二人が気になってしまう。
―――野坂さん、欄ちゃんのこと…あの二人、うまくいってくれるといいんだけど…。
「野坂さんと欄ちゃん、今頃どうしてるのかなって」
「あぁ、今頃は俺達みたいによろしくやってるんじゃないかな」
「やぁっ…ちょっ、遼ったらぁ…」
二人のことももちろん気になるけれど、今はノエルとの時間を大切にしたい。
遼は彼女を抱き上げると寝室へ直行するが…。
「やっ」
遼はベッドに横たえたノエルにキスしようとしたが、彼女は何を怒っているのか、プイッと背中を向けてしまい、顔を見せてはくれない。
「ノエル?」
「遼は、二人のことが心配じゃないんですか?よろしくやってるなんて、まるで他人事みたいに。それに、野坂さんはそんな人じゃ…」
―――野坂さんは、そんな軽い人じゃないもの。
なのに遼ったら…。
「ごめん、ノエル。俺の言い方が悪かった」
「ノエル、ごめんな。だから、こっち向いてくれよ」と謝る遼にノエルはやっと顔を向けて、上半身を起こす。
「ノエルが怒るのも無理ないよな、あんな言い方して。野坂はそんな男じゃないと俺も思う。でもさ、俺達にはどうしようもない。後は、二人に任せるしかないんだ」
ノエルはそっと遼の胸に抱き寄せられて、優しく髪を撫でられる。
そう、彼の言う通り、いくらノエルが心配してもこれは当人同士の問題だから、二人に任せるしかないのだ。
「私もごめんなさい。遼の言う通りなのに…」
「いいんだ。でも、大丈夫。あの二人は、きっと結ばれる」
「え?」
―――遼にはどうして、あの二人が結ばれるってわかるのかしら?
私もお似合いのカップルだとは思うけど、断言まではできないのに…。
「わかるさ。俺が、ノエルに初めて声を掛けた時にもそう思ったんだから」
「っていうか、俺はバス停でノエルを見掛けた時から、こうなるって思ってたけど」と照れくさそうに笑う遼。
彼には、二人の未来が透視できる能力が備わっているのかも。
「そうですね。遼が言うなら、きっとそうに決まってます」
「ノエル」
遼は彼女の名を耳元で囁くと、その小さくてプルンッとした唇にそっとくちづけた。
+++
週が明けた月曜日の朝、野坂はいつものように専務に一日のスケジュールを告げにやって来たが、返ってきた言葉は「あぁ、わかった」とだけ。
少々拍子抜けの野坂、それはなぜかというと絶対、『野坂、あれからどうしたんだ?』と聞かれると思ったからなのだが…。
「あの、専務」
「何だ?」
野坂の表情から、言いたいことはすぐにわかる。
…その顔は、何であの後のことを聞かないんだって。
まだ若いが遼もこの会社の将来を担う男、そのくらいのことは言われなくても読み取る能力は備えているつもりだ。
「聞かないんですか?」
「何を」
「私と伊崎さんとのことです」
「野坂は、聞いて欲しいのか?」
遼は椅子から立ち上がると窓の外を眺めると、早朝会議なんてもののせいで行き交う人もまばらだった。
本来の性格的もあって、その辺の話はものすごく聞きたいが、ここはジッと耐えることにする。
なぜならば、これはノエルとの約束だから。
もし…もしも、二人に縁がなかったとしたら…。
「そういうわけでは…ただ、真っ先に聞かれると思っていましたので」
「野坂が話したいなら聞くが、そうでなければ俺からは聞かないよ」
振り返って自分を見る専務が、野坂にはとても大きな人のように思えた。
「聞いていただいても、いいですか?」
「どうぞ」
再び椅子に腰を下ろす遼、果たして二人は…。
「彼女とお付き合いさせていただこうと思います。不思議なんですが、彼女の前では自然に自分を出すことがきたんです。今までは、それができなかったんですね。だから、つまらないって言われたんだと、やっとそれがわかりました」
野坂自身、別に自分を隠すとか本心を見せないつもりはなかったが、いつの間にかそんなふうになっていたのは、どこか恋に対して臆病だったから。
「そうか。良かったな」
…良かった。
野坂にも、やっと素敵な恋人ができたわけか。
「ありがとうございます」
「あっ、でも俺がとかノエルがとか、そんなことは気にすることなんてないからな」
「わかっています」
紹介した手前、このことで負担になるようなことになってはならないとの遼の配慮だろう。
もちろんそんな心配は必要なくて、彼女とはその…。
大事に愛を育んでいきたい、野坂はそう思っていたのだが、彼女はどうやらそういうタイプではなかったということ。
自分の豹変振りにすっかり魅了された彼女は、あの夜、野坂のマンションへ誘うと躊躇いながらも付いて来た。
初めて会ったに近い女性を家に入れるなどということは今までの野坂には考えられなかったし、ましてベッドを共にするなどということは…。
何が野坂にあんな大胆な行動を取らせたのか、それに加えて電話やメールなどを頻繁にするような男でもなかったはずなのに…。
気付かなかった本当の自分に戸惑いながらも、こんなふうに恋するとは思わなかった。
「ってことは、俺がノエルとよろしくやってる時に野坂も同じだったということか」
「はぁ?なっ、何を」
心の中を見透かされたようで野坂は素っ頓狂な声を上げたが、これではそうだと言っているようなもの。
ノエルは野坂がそんなことをするような男じゃないと思っているが、遼が言ったことはまんざらでもなかったということになる。
「いやぁ、ノエルに怒られたんだよな。野坂は、そんな人じゃないって」
「え…」
「まぁ、これは黙っておくよ。野坂のためにもな」
あはは――と笑う遼に対して、野坂は苦笑することしかできなかった。
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