「じゃあ、まず乾杯しようか」
ノエルと欄がビールを注ごうとしたが、遼がそれをやんわりと止めて、自ら3人のグラスに注いでいく。
周りは専務にそんなことをさせてと思うが、彼からしてみればその反対。
そんなところが、彼の人柄を感じさせる。
「堅苦しい話は抜きにして、今夜は楽しくやりましょう」という遼の言葉と共に4人がカチンとグラスを合わせる。
そうは言われても、野坂と欄はちょっと緊張気味。
「伊崎さん、この前は悪かったね。野坂が、驚かせたみたいで」
「いえ。ご心配をお掛けした上にわざわざ家まで送っていただいて、こちらこそご迷惑をお掛けしました」
「野坂を嫌いになったりしてない?ちょっと心配になってね」
ノエルからはその心配はなさそうだと聞いていたが、一応、野坂のためにも聞いてみる。
「えっ、そんなことは」
「ほんと?」
「はい」
「良かったな、野坂」と振られて、野坂も「はぁ」と答えるしかない。
なんとも、こういう場は落ち着かないというかなんというか…。
…あれ?ここに金子さんがいるということは、伊崎さんは知り合いなのか?
「驚かせてしまい、本当にすみませんでした」
「いえ、もういいんです。お気になさらないで下さい」
「ところで、伊崎さんは金子さんとはお知り合いなんですか?」
「はい。同期で仲良しなんです」
「そうですか」
…なるほど、そういうことか。
ん?もしかして、彼女は俺が見合いの相手だってあの時既に知ってたのか?
それでもこうしてこの場に来てくれたということは、少しは脈があるのだろうか…。
「ほら、野坂。趣味とか、ないのか?」
「趣味?ですか?」
いきなり趣味と聞かれても、特に自慢できるものがあるわけでもない。
…強いて言うならドライブとか、う〜ん普通過ぎだよなぁ。
休みの日は、買ったばかりの愛車のレクサスで遠出するのが野坂の趣味というかスタイル。
ボーっと海を眺めたり、山の上から眺望を楽しんだり、星を見るのも結構好きだったりする。
なんか、年寄りっぽいなぁ…。
「はぁ、ドライブとかでしょうか」
「ドライブ?そうか。なら今度、伊崎さんを誘って行ったらいい」
「え?それは、私一人で決めることでは…」
野坂は構わないが、彼女は急にそんなことを言われても困るのではないか?
だいたい、金子さんと同期となると自分との歳の差は10近くにもなる。
本人の意思というより、同期ということや専務の紹介ということもあって、ここへ来ているのかもしれないし…。
「伊崎さんは、どう?ドライブとか、あんまり好きじゃないかな?」と、一方的に話を進める遼に野坂は困惑の表情を隠せないが、案外欄はそうでもないよう。
「いいえ。車は好きですし、野坂さんはドライブって、どちらへ行かれるんですか?」
「えっ。あぁ、あの海とか山とか」
「海に山…ですか?」
会話を聞いていたノエルは、とうとう我慢できずにクスクスと笑い出してしまう。
口下手な野坂は、こういうところでも損をしているのかもしれない。
…あぁ、もう、これじゃあ上手くいくものもいかないだろう。
せっかくこういう場を設けてもらって申し訳ないが、やっぱり自分には女性と付き合っていくのは無理なんじゃないか、ましてこんな若い人と…。
「星は、お好きなんですか?」
野坂がばつが悪そうな表情をしていると、欄がすかさず質問する。
この前、家まで送ってもらった時に見た星空が今でも忘れられなかったから。
「えぇ。特に詳しいわけではないんですが、見るのは好きですよ。思い立って、ぶらっと夜に車を出したりもしますし」
「今度、連れて行ってもらってもいいですか?」
「え?」
…今、なんと。
「ダメですか?」
はにかみながら言う彼女は、とても綺麗で目が釘付けになる。
というか、そんな彼女に可愛らしく『ダメですか?』と聞かれて、断る男がどこにいる。
しかし、いいのか?俺なんかで。
「いえ、ダメなんてことは…」
「良かったな、野坂。ということで、せっかくの料理も冷めないうちにいただくとしましょうか」
このままだと野坂がはっきりしないのをわかっていて、遼は話題を切り替える。
思ったより欄が野坂のことを気に入っているようで安心したが、問題は彼の方かもしれない。
恋することに臆病になっている分、なかなか一歩を踏み出せずにいる彼をどうしたらリードしていけるのか…。
あとは、彼女に頑張ってもらうしかないのかも…そんなふうに思う遼だった。
◇
遼以外、普段なら絶対口にできないような料理を堪能した4人は店を出ると、2対2に別れる。
初めからそのつもりだったから、遼とノエルはとっとと2人だけの世界に入ってしまったわけだけど…。
「伊崎さんは、もう帰りますか?そうであれば、家まで送りますが」
「もう一軒付き合って下さいとは、言ってくれないんですね」
「え」
そう寂しそうに言う欄に、野坂はハッとした。
相手のことを考えて言っているつもりだったが、実際はそうではなかったということ。
週末だし、野坂だって本当はもう少し彼女と一緒にいて話をしたいと思うのにそれを言葉に出せない自分。
「野坂さんは、私のこと…。専務に言われたから―――」
「それは、違う」
「え?」
欄の言葉を遮るように言う野坂は、さっきまでの彼とは違う。
確かにきっかけは専務の計らいによるものだった。
しかし、その気もないのに彼女を誘うようなことを野坂だってしない。
「専務に言われたからじゃない。俺はこの前、君と偶然知り合って、その時から気になっていたのは事実だ。でも、それだけでどうのってわけにはいかないだろう?今回こんなふうに君と会う場を設けてもらって、始めは驚いたけど内心はものすごく嬉しい自分がいる」
あの丁寧は口調は、どこへ行ったのか…。
あまりに違う彼に欄は戸惑いを隠せなかったが、言っている内容は少なからず自分に好意を持っていてくれている?
自惚れていると言われてもいい。
そう受け止めたい気持ちと彼の本心を知ることができて、その飾らない姿に欄は益々惚れてしまう。
「野坂さん」
「ごめん、驚いただろう?急に口調が変わって。でも、これが俺の本当の姿だから」
「いいえ。今の野坂さん、とっても素敵です」
今にもハートマークが飛び出しそうな勢いの欄の瞳。
嫌われるかもしれない、そう覚悟して言ったことだったが、彼女はそれを受け止めてくれて…。
…俺も恋をしてもいいのか?いや、彼女とならもう一度。
野坂は、欄の手をしっかり握ると街の中に消えて行った。
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