―――あっ、欄ちゃんからのメールだ。
ノエルがデスクに置いてあった携帯をこっそり見るとそれは欄から送られたメール、内容は亜佐美と3人で外でランチを一緒に食べようというお誘いだった。
そうそう、野坂さんとのことも聞きそびれちゃったから、突っ込まないとっ。
即、オッケーの返事を返す。
すると亜佐美もメールを見たのか、すぐにノエルのところへやって来た。
「欄からのランチのお誘いの件、もちろんノエルもOKよね?」
「うん。今、その返事を出したところ」
「ねぇ、野坂さんと付き合うようになったんでしょ?どうなのかな、あの二人」
似合いのカップルだとは思うが、いまいち二人でいる時はどんな感じなのか想像ができなかった。
お見合いの席での彼を見る限りでは、積極的なタイプには思えなかったし…。
もちろん、ノエルも亜佐美も、本当の野坂を知らないわけだから無理もないが…。
「あとで、しっかり聞かないとね」
「うん」
今から、お昼休みが待ち遠しい、ノエルと亜佐美だった。
◇
12時の鐘と同時にフロアを出たノエルと亜佐美は、欄とロビーで待ち合わせてお気に入りの定食屋さんへ急ぐ。
運よく席も空いていて、テーブルに着いた途端、3人の「お腹空いたぁ」という声が重なった。
「で、野坂さんとはどうなわけ?」
亜佐美は注文を取りに来た店員さんに本日のランチを3つ頼むと早速、欄に彼とのことを質問するが、グラスの水を口に含んだ彼女は思わず咽そうになった。
「もう、亜佐美ったら、急に言わないでよ。気管に入るところだったじゃない」
「ごめんごめん。だって、気になったんだもん。ねぇ、ノエル」
横で「うんうん」と大きく頷く、ノエル。
そのことを話そうと思って欄は二人をランチに誘ったのだし、この質問が出ることも想定済み。
しかし、亜佐美もノエルもあまりに目を輝かせているものだから…。
「まぁ。お蔭様で、らぶらぶってところ?」
「えぇぇっ。欄ったらそういうこと、平気で言っちゃうわけ?」
「だって、ほんとだもん」
同期の二人よりも2歳年上の欄はとっても色っぽく見えたし、なんといっても付き合っている相手は野坂。
大人な恋をしているのかと思えば、らぶらぶときたもんか。
ノロケられて、つい素っ頓狂な声を上げたくもなってくる。
「でも、想像できないなぁ。野坂さんのらぶらぶって」
亜佐美の言うように、彼には最も似合わない言葉のように思える。
電話もメールも、あの丁寧な口調で返されたら…。
益々、想像できない。
「とっても情熱的で、普段の穏やかな彼が嘘だっていうわけじゃないんだけど、私の前では全然違うの」
全く別人のように変わる彼に驚きつつも、その魅力に欄はどんどん惹かれて行く。
夜なんてもう…。
…あぁ、恥ずかしくって思い出しただけでも顔が赤くなるぅ。
気付かれないよう、ちょうどテーブルに運ばれて来たランチを頬張る欄。
「そっかぁ、欄の前では本当の姿を見せてるのね。きゃー、カッコいい」
「そんな野坂さんを見てみたいなぁ」
お腹が空いていたはずの二人も、目の前に美味しそうなランチがあろうと頭の中は彼のことでいっぱい。
―――どんな感じなんだろう?
ノエルも一生懸命想像してみるが、それは欄にだけ見せるもの。
きっと、遼が自分に見せるものと一緒なんだろうなと思う。
「そうそう、話は変わるけど。今年の社員旅行って、ハワイアンズなんですって」
「へぇ、あのフラガールの?」
別に話題を変えようと思って欄は社員旅行の話を持ち出したわけではなかったが、亜佐美にとってはこっちの話も魅力的。
「うん、こっそり聞いちゃった」
欄は、こっそり部長が話しているのを聞いてしまったのだ。
…口の固い彼は、絶対教えてくれなかったけど。
「もう、そんな時期なんだぁ」
「そう言えば、専務って去年は社員旅行には来てなかったわよね?社長は、張り切って来てたけど」
「言われてみれば…」
東京シティホームズでは毎年この時期、社員全員参加で土日にかけての旅行が恒例行事。
夜の宴では各部で余興をやったり、偉い人もハメを外してかなりウケル。
その練習のために定時後になるとみんな一斉にいなくなるのは、暗黙の了解だった。
確か去年は、社長以下役員が女装して…。
その中に遼がいれば、ノエルだって初めて逢った時にも覚えていたはずだったが、生憎彼は仕事の都合で野坂共々行くことができなかったのだ。
「今年は来るのよね?そしたら、野坂さんと欄のらぶらぶ〜なところと、ノエルと専務のいちゃいちゃ〜なところが、いっぺんに見られるってわけかぁ。こりゃぁ、楽しみだわ」
1人で、はしゃいでいる亜佐美。
―――いくら何でも社員旅行で、らぶらぶ〜にいちゃいちゃ〜はないでしょうに…。
とは思っても、ちょっとは…。
「もうっ、亜佐美ったらぁ。そんなことあるわけないでしょ。ねぇ、ノエルちゃん」
「えっ、うっうん」
「あ〜ノエルったら、ちょっとは思ったでしょ」
亜佐美に痛いところを付かれたノエルはどもってしまい、それじゃあ、モロにバレてるっていうのに。
…そういうところが、ノエルらしいんだけどっ。
「なっ、ない…わよ。ほら、早く食べないとお昼休み終わっちゃうんだから」
ノエルに言われ、「えっ、ほんとだ。早く食べなきゃ」と慌てて食べ始める亜佐美。
そんな亜佐美を見ながら、ほんの少しだけでもそんなふうにと思ってしまうノエルと欄なのだった。
◇
「今年の社員旅行は、ハワイアンズだそうだ」
社員旅行の行き先は、毎年、社長が独断と偏見で決めるから、他の役員達からもなんとかならないものかと遼のところへ愚痴をこぼす者も少なくない。
…ったく、親父のやつは好きだよな、ああいうの。
あっ、でも、ノエルの水着姿が見られるってことだよな?
いや、待てよ。
他の社員の前でもって、ことになるよな。
それは、マズイだろう。
「そうですか。映画などで話題にもなっていますし、女性の間でフラダンスは人気があるそうですから、いいんじゃないですか?」
「そうなんだけどな。でもさぁ、野坂は伊崎さんの水着姿とか自分以外の男に見られても、平気なのか?」
「え…そっ、それは…」
野坂だって、欄の水着姿を自分以外の男に見られるのは嫌に決まってる。
「だろう?それに余興もやらなきゃならないからなぁ」
…あぁ〜ぁ、余興は苦手だなぁ。
親父は平気で女装とかするけど、俺には無理だぞ…。
「今年は仕事が入らないよう、予定を組みますので」
「あ?本当ならワザと仕事を入れて欲しいところだけど、ノエルがいるからな。野坂も彼女がいるし」
仕方ないか…。
あとは、こっそり彼女との時間を作る。
そんなことでもなきゃぁ、やってられん…。
大きく溜め息を吐く、遼だった。
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