始まりはHoly Night
STORY14


次の日から、大会議室を貸し切って、役員達の余興の練習が始まった。
ムームーを着てフラダンスと聞かされていた遼だったが、どうやら話が違う方向へ…。

「ちょっ、親父。何で、俺はフラダンス以外にタヒチアンダンスまでやらなきゃならないんだ」

タヒチアンダンスと言えば、フラダンスに比べ激しい踊りに加えて露出度も高い。
腰にミノのようなものを身に着けて、胸には椰子の実のブラ。
いくらなんでもそれはやり過ぎ、それに練習だって今よりももっと大変になる。
ただでさえ、ノエルとの時間が少なくなるというのに…。

「こら、会社では社長と呼ぶように言っているだろう?」
「この際、そんな体裁なんてどうでもいいんだよ。俺は絶対にやらないからな。人にばかりやらせないで、親父がやればいいだろ」

役員が全員揃う中で、親子喧嘩とは…。
とはいっても、これは今に始まったことではなく、会議中でもこのような意見の対立は日常的で周りもすっかり見慣れている。
社長は50代半ばの恐らく、若い頃は遼にそっくりだったに違いない。
今でも若々しくて、ダンディな姿に若い女性社員からも密かに人気が高かったりもする。

「私はこの歳だし、持病の腰痛もある。ああいう激しい踊りは無理なことをお前も知ってるはずだ」
「こういう時だけ、逃げるんだな」
「何か、言ったか?」
「いいえ、別に」

…ったく、親父のヤツ。
自分のことは棚に上げて。
確かにゆったりと踊るフラダンスだけをみんなでやっても、あまりウケないかもしれない。
ここでタヒチアンダンスを踊れば、注目度アップ間違いなし。
しかし、付き合う前なら許せるが、ノエルがいるところでこれ以上注目など浴びたくはないのが本音。

「他の人達だって、やってくれると言ってくれている。お前一人だけ、我侭を聞くわけにはいかないんだ」
「それはみんな、社長である親父に逆らえないだけだろ?」
「そんなことはない」

「そうだろう?」と役員の中でも選ばれた若い(とは言いつつ、40代後半ではあるが)に問い掛ける社長に誰がここで遼の味方をする者がいるだろうか?
全員、大きく頷いたのは言うまでもない。

「野坂も、もちろんやってくれるな?」
「え…私でしょうか…」

一瞬、遼と目が合ったが、それよりも社長や他に選ばれた役員達の視線が野坂に突き刺さる。
ここで断れば恐らく…明日会社に出勤したら、野坂の席はないかもしれない。
遼の気持ちもわかる、自分だってできることならやらないに越したことはなかったが、将来と天秤にかければ…。

「はい」
「そうか、そうか。野坂はやってくれるか」

…野坂のやつ、裏切ったな。
父の勝ち誇ったように嬉しそうな顔が、遼にはおもしろくない。
だいたい、仕事をしに会社に来てるというのに何でそれとは全く関係ないことに神経を使わなきゃいけないんだよ。
そもそも、そこが遼には納得できなかったのだ。

「みんな嫌だと思ったって、言えるわけないだろ。親父は信じてるのかよ、馬鹿馬鹿しい。だいたい、仕事以外にこんなくだらないことをやろうって方が、間違ってるんじゃないのか?」

ずっと心の奥に思っていたことを全部ぶちまけると、なんだかすっきりした気分。
遼が言わなければ、父は付け上がる一方だと常々思っていたから、これはいい機会だったかもしれない。

「くだらない?」
「あぁ、くだらないね」

ちょっと言い過ぎなのでは…。
段々ヒートアップする二人に、他の役員達の表情も変化していく。
こんなことで親子の間が険悪なムードになっては、会社を運営していく上で支障が出兼ねない。

「お前は、そんなふうに思ってたのか」

社長は少し寂しげにそう言うと遼の隣をすり抜けるようにして窓際に立ち、遠くを見つめる。
社員と違って役員は社交辞令的な交流しかない、時には羽目を外すことも必要だと思ったし、何かを一つになってすることで和が生まれる。
そこで考えたのが社員旅行での余興だったのだが、自分の息子にもそれは伝わっていなかった。
息子だけでなく、他の者もそう思っているのだろう。

「みんなも専務と同じ考えなら、正直に言ってくれ。安心しろ、これで人事を決めたりしないさ」

そう言って振り返った社長に役員達は困惑の表情を隠せない。
皆が、はっきり言い出せない時点で間違っていたと判断するべきなのか。
それとも…。

「わかった。なら、止めにしよう。今後、役員の余興はなしだ」

え―――。

まさか、そこまで言い出すとは思わず、どよめきが起きる。
一度言い出すときかない性格だから、このままでは本気で止めてしまうに違いない。

「無駄な時間を取らせたな」

静かに会議室を出て行く社長の後を遼が追おうとしたが、今は何を言っても無駄。
暫く、そっとしておくことにした。

+++

「えっ、余興は中止になったんですか?」

定時後に練習することがなくなった遼は、ノエルを誘って食事に出掛けた。
父にあんなことを言ってしまい、なんとも後味が悪いデートではあったが、彼女を見ていると不思議と心が落ち着いて冷静になれる自分がいるのも確か。

「俺が親父に言ったんだ。『仕事以外にこんなくだらないことをやろうって方が、間違ってる』ってさ。そうしたら止めるって」
「遼ったら、そんなこと言ったんですか?社長に」

―――てっきり、何か別の理由で中止になったのだとばかり思っていたのに遼がそんなことを言ったからとは。
社長は去年の女装の時もすごく楽しそうだったし、きっと今年だって…。
なんだか、かわいそう…。

「俺も言い過ぎたかなとは思ったんだけど、止めると言い出すとは思わなかったしさ」
「ちゃんと謝ったんですか?」
「ううん。今更、言ってもな」

『俺が悪かった』と謝ったところで周りの役員達の反応も、父には痛かったんだと思う。
それとこれとは、別問題かもしれないが。

「ダメですよっ!そんなの。ちゃんと謝らないと。遼はこのままでいんですか?」
「よくはないけど…」
「だったら、謝って仲直りして下さい。それと、余興もやりますって」
「あ?謝るのはわかるけど、何で余興も?」
「社長は楽しみにしてたんです」
「そうだけど、親父だけ楽しんでもさ」

100歩譲ってフラダンスは許せても、タヒチアンダンスは譲れないだろう?
それを知らないノエルは父の味方をするのかもしれないが、やる方の身にもなって欲しい。

「みんなでやれば、楽しいですよ」
「まぁな」

遼も一社員だった時は、もちろん社員旅行で余興にも参加した。
その時は、ノエルの言うようにそれなりに楽しいと思ったはずなのに…。
父への反発なのだろうか。
思わぬ展開になってしまったが、取り敢えず謝るだけ謝っておこう。
…優しいノエルに免じて。


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