始まりはHoly Night
STORY18


温泉にも浸かってリフレッシュした後は、いよいよ宴会の余興が…。
「やっぱり、緊張する」というノエルに対して亜佐美はというと、かなりおもしろがっている様子。
こんなことでもない限り、羽目を外すなんてことは、恐らくないだろうから。
でも、遼は何をやるのかしら?
仲直りしたけど、お父さんと遣り合ってまでなんてねぇ。

大広間を貸し切っての大宴会の始まりだったが、余興の出演者は食事も早々に準備にかかる。
遼と野坂も、ロングヘアのカツラをかぶり、聞いてないのに化粧までさせられて。
これは、社長である父親の策略だったけど…。

「ったく、親父のやつ。誰が、化粧までするって言ったんだ」

ホテル専属の係がやってきて、本格的にメークさせられた。
『聞いてないぞ』と遼は反発したものの、また喧嘩になるとノエルに心配掛けるから、仕方なく受け入れることに…。

「専務。すごく似合ってますよ。女性だと言っても、疑わないほどです」

野坂はお世辞で言っているのではなく、ゴッつい体を見なければ、ほとんどの人は女性だと思うに違いない。
これでは彼女であるノエルも、わからないかもしれない。

「あ?そんなので誉められても、ちっとも嬉しくないんだよ」

不満顔の遼に笑いを堪える野坂だったが、そういう彼も負けず劣らずいい女?!
こんなにいい女揃いだったら、オカマさんが見た日には大喜びするに違いない。
それにしても、役員達の出番は最後にも関わらずこんな早くから準備をしてしまっては、ノエル達の出し物が見られない。

「ところで、こんなに早くからこんな格好させられたら、ノエル達の出し物が見られないじゃないか」
「そうですね。私もせっかくですから、見たかったのですが」

欄からは、『見なくていいわよ』なんて言われていた野坂だったが、やっぱり彼女の姿は見ておきたい。
でも、自分は極力見られたくはなかったけれど…。

「そう言えば、さっき野坂は俺が女だと疑わないって言ったよな」
「はい、それが。えっ、まさか…」

…専務は、まさかそのままの姿で見に行こうって言うんじゃ。
恐らく、まさかではなくあの顔は本気だろう。

「野坂も俺と似たり寄ったりだから、二人で一緒にいれば疑われないだろ。まだ、時間もあるし見に行こうぜ」
「見に行こうと言われましても…」
「あぁ、もうっ。つべこべ言わずに付いて来りゃいいんだよ」

上司の命令に逆らうこともできず、野坂は不本意ながらもこの姿で余興前に人前に出ることになる。
二人は備え付けの浴衣を羽織ると、何事もなかったかのように部屋を出て大広間へと向かう。
一応、意識しながら内股すり足で廊下を歩いていたが、相当盛り上がっているのか、みんなの歓喜の声が響き渡っていた。
今日は貸切状態だったから、これだけ騒いでも他の一般客に迷惑を掛けるということもない。
何人かの忙しく働くホテルの従業員や自分の会社の社員と思われる、なんだか見たことのない楽器を持った男性ばかりの集団とすれ違ったが、遼と野坂を見ても誰も不審に思うものは誰一人いない。
後で聞いたところによるとあの集団は、“男子十二楽坊”だったらしい。
…もしかして、ノエルはもう出ちゃったのか?
会議の時間はてんで頭にない遼だったが、彼女のこととなると話は別。
これでもきっちり、チェックはしていたつもりなのだが…。

「あの、すみません。大広間は、こっちですか?」

「迷子になってしまって」と不意に背後から声を掛けられたが、この声は…捜し求めていた愛しい彼女。
控え室で着替えていたノエルは先に出た亜佐美の後を追ったものの、広い建物の中で迷子になってしまったらしい。
…しっかし、なんて間の悪いというか、こんなところで会ってしまったのか…。

「えっ、えぇ。真っ直ぐ行ったところですよ〜」

妙に上ずったというか、はっきり言って気持ち悪い話し方だったが、ノエルはそれどころじゃなかったのだろう。
見つからないように遼は浴衣の袖で顔を隠していたが、全く気付いていない。

「ノっ」

危うく、言葉に出しそうになったのを寸でとのところで止めたが、目は彼女に釘付け。
…それより、何だその格好は。
袖の間からそっと彼女を見ると、手には牛のかぶりモノを持っていたが、足なんかほとんど出てるというか、短いんだよっ!
スカートがっ。
それに胸の露出度が、高いっつうの。
水着姿でも十分ハラハラさせられたというのに、またか…。
こんなに可愛らしいのに本当に彼氏いない暦21年なのか?と疑いたくもなるくらい、誰のモノにもなってなくて良かったと思う反面、無防備過ぎるんだよ。

「ノエルっ、こっちこっち」

探していた亜佐美が、奥にある広間の前からノエルのことを呼んでいる。
彼女もまた、同じ姿でつい、遼と野坂は見つめてしまったが、自分達がバレてしまっては元も子もない。

「ありがとうございました」
「いっ、いいぇ。早く行かないと、出番なんじゃ」
「あっ、そうだったの。じゃあ」

走るとスカートの裾がヒラヒラと揺れて、肝心なところが見え隠れ。
…そこはそこで…おっと、そういうことを言っている場合じゃなく、見えるだろ!
ったく、ナイショなんて言っておいて、あれだったのかよ。
人のことは言えないが、しかしあの格好で何をやるつもりなんだろう。
その前に俺達も、行かないとっ。

「野坂、行くぞ」
「はぁ」

これは見ておかなければ気が済まないだろうと野坂は思ったが、逆に見ない方がいいんじゃないか…。
既に酔っ払った連中が、きっといやらしい眼差しで彼女達を見つめるに違いない。
それに対して、どう反応するか…。
考えても、恐ろしいことが起きそうな予感。
いつの間にかずっと先を歩いてしまっていた遼を、野坂は慌てて追い掛けた。

さっきよりも一段と歓声が大きくなって、彼女達がどれだけ注目を浴びているかがわかる。
開いていた襖の陰からそっと中を覗くと、舞台の上に少し頬を染めて恥ずかしそうなノエルが最前列の中央に立っていた。
牛のかぶりモノをしていたから誰がというのははっきりわからないのに、それでもノエルはずば抜けて輝いて見えた。

「あれ、何なんだ?」
「さぁ、私にもあの牛のかぶりモノが何を意味しているのか」

二人ともアイドルに現を抜かす年齢でもなかったということで、ノエルが何をするのかわからない。
牛は関係ないし…。

「それでは、住宅販売部。モーモー娘、どうぞっ!」

そんな時に司会者役の髪の薄い…総務課長が叫んで、初めてなるほどと遼と野坂は大きく頷く。
しかし、自分が女性でも微妙な役どころなのにフラダンスをやることになってあれほど嫌がった遼に『みんなでやれば、楽しいですよ』と言ったノエルを思い出して、年に一回何もかも忘れて騒ぐのもまた明日に繋がっていくのかもと思ったり。
なんて、冷静に見ていられたのは初めだけで、あとはしっかり野坂に腕を掴まれていたのだが…。
…あぁ〜同じ会社に勤めてて、良かった。
前に野坂にノエルの監視をさせたことがあったが、身近なところに置いておかないと心配でたまらない。
襖の陰から綺麗どころが二人くっ付いて見ている姿は異様ではあったが、まさかこの会社を担う将来の社長だと気付くものはいなかった。


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