始まりはHoly Night
STORY19


ノエルの所属する住宅販売部の”モーモー娘”を見た後、営業部の演劇”冬のアナタ”が最高に受け、中でも主人公の相手役の女性を演じた欄がとても綺麗で、一際社員達の目を引いた。
自分の彼女なんだと自慢したい分、その相手はすぐここにいる女装をしている男だとはさすがに胸を張って言えるわけもなく…。

「伊崎さん、綺麗だな」
「はぁ」
「何だよ、野坂。自分の彼女が、あんなに綺麗なんだぞ?少しは褒めたらどうだ」

女子社員は羨望の眼差しで、男子社員はうちの会社にあんな綺麗な子がいたのかと再認識したに違いない。
なのに野坂は、暗い表情で押し黙ってしまう。

「そうですが、その相手がこの私だというのはどうかと思いまして」
「まぁな。確かに言われてみれば、こんな女装してて、これからやるダンスを見たらなぁ…」

一度は暗礁に乗り上げたが、なんとかここまでやってきた。
それもこれも、ノエルという彼女の力が大きかったわけだが、しかし…。
知らないというのは、ある意味幸せなことなのかもしれない。

「ノエルは俺達が何をやるか、知らないからなぁ。この姿を見て『遼なんか嫌い!』とか、言い出さなきゃいいけど」
「金子さんに限って、それはないと思います」
「だったら、伊崎さんだって同じだろ。こんな格好してるけど、これでも一生懸命練習したんだ。一応、成果は見せないとな」

そろそろ出番が近付いてきたため、遼と野坂はもう一度部屋に戻って支度を済ませ、いざ出陣。
ここまできてしまったのだから、役員達がここまで頑張ったんだということは見てもらわないと。

「それでは、最後に我が社の社長を始め精鋭揃いの役員によるタヒチアン&フラっダンスですっ!!」

司会者の興奮度が頂点に達したその時、キャーっというその日一番の大歓声と悲鳴にも似た黄色い声が会場を包み込む中、激しい曲に合わせて若手の役員達総勢5名のタヒチアンダンサーズが登場!!
とは言っても、若いのは遼と野坂くらいだったけど…。
腰ミノに椰子の実ブラ、ロングヘアという姿で腰をガンガン振りながら現れた彼らを見ても、社員達は一瞬誰だかわからない。
普段からあまり顔を知られていない人達だから、これは仕方がないけれど。
それより何より、あまりに綺麗で見惚れてしまい、さっきまでの大歓声や黄色い声もうっとりとした溜め息に変わる。

「ねぇ、ノエル。あの人、さっき」

同じようにうっとりと見ていた亜佐美とノエル、そして欄だったが、目の前で社員の熱い視線を浴びていたのはさっき、大広間の場所を聞いた女性?!

「うん、真ん中の人と右隣の…」
「え?真ん中の人って、専務でしょ?」

欄にはすぐに中央で踊っているのは遼だとわかったけれど、肝心な右隣の彼には気付いていない。

「えっ…遼…」

驚きももちろんあったが、あんまり綺麗なものだから、言われるまで全くノエルには遼だとわからなかった。
―――ん?腰を痛めてたのは、これを練習していたから?
一体、何をやっているのかしらと思っていたけど、こんなに激しく腰を振っていたら痛めるわよね。
それより、わかった!
だから、社長とやり合ったりしたのね。
やっと経緯が理解できたノエルだったが、それにしても本当の女性が踊っているみたい…。
1ヵ月半、みっちり練習しただけのことはあると感心させられてしまうくらい。

「ってことは、右隣の人は野坂さん…」
「えっ、健二さん…」

お互い自分の彼氏が、すぐにわからないなんて…。
それくらい、別人だったということにしておこう。

「あんな綺麗な彼氏なんて〜。スタイルバッチリだしぃ、肌なんか艶々してる」
「亜佐美。それって、褒められてるの?なんか、あんまり嬉しくないんだけど…」

欄に同意するように隣で『うんうん』と頷くノエル。
綺麗なのは認めるけど、彼氏が綺麗っていうのもねぇ…ちょっと複雑よ?

「ほら、二人ともしっかり写真に収めたの?」
「あっ、忘れてたぁ」

こんなベストショットを逃す手はなかったわと言わんばかりにノエルと欄は人込みを掻き分けて舞台の側まで行くと携帯片手にカシャカシャっ、画像を取り捲る。
既に出遅れてしまっていたがそこは彼女、想いが違う。
しっかり、シャッターチャンスをものにした。

そして、次はいよいよ真打登場。
女装こそしてはいなかったけど、ムームー姿の社長他オジサマ役員達のハワイアンダンサーズもタヒチアンダンサーズにも負けず劣らず、滑らかな手と腰の動きに盛大な拍手が贈られた。
こんなに盛り上がった社員旅行は、会社創設以来のことではないだろうか?
それくらい今年は興奮と感動の中、無事幕を閉じた。



まだ、余韻覚めやらぬノエルと亜佐美が部屋に戻ると携帯にメールが。
―――遼からのメール。
きっと、感想に違いない。
そう思いながら、メールを開くと…。

「え…」
「どうしたの?ノエル」

固まってしまったノエルが手に持っていた携帯をそっと亜佐美が覗きこむと、書いてあったのは彼からのお誘い。
社員達は数人で一部屋の割り当てだったけど、偉い人達は恐らく個室に違いない。
一人寂しく夜を過ごすより、愛しい彼女と過ごしたいに決まってる。

「ほら、彼がお呼びよ?早く行ってあげなさいって」
「でも…みんないるのに」

―――遼ったらぁ。
あたしはみんなと一緒の部屋なのに、抜け出して帰って来なかったら怪しまれちゃうじゃない。

「大丈夫よ。あたしが、上手くみんなに言っておくから」
「えぇ?」
「ほらほら」

亜佐美に背中を押されて、ノエルはこっそり部屋を出ると遼の元へ。
ノエルも亜佐美の前ではあんなことを言いつつ、やっぱり彼に逢いたい気持ちは否定できない。
廊下ですれ違う人にドッキリしながら、知らず知らずのうちに早足で彼の部屋に向かっていた。

コンっ―――
   コンっ―――

周りに誰もいないことを確認してから、ノエルはドアをノックするとすぐに遼が出迎えてくれた。

「ノエル、遅い」

―――これでも、早く来たのに…。
女装姿とは打って変わって、遼の浴衣姿はカッコいい。

「急に呼び出すからですよ」
「ノエルは、逢いたくなかったのか?こんなに側にいるのにさ」

彼の部屋は、ツインベッドルーム。
少し拗ねたような言い方の遼に背後から腰に腕を回されたノエルは、片方のベッドの角に腰を下ろした彼の膝の上に連動するようにして座り込む。

「私も逢いたかったです」

自分だけなのか…そんなふうに思った遼だったが、彼女も同じだと知って回していた腕に力を込めた。

「スカートが、短過ぎだな。あと、胸元も開いてたし」
「遼だって」
「俺?俺は男だからなって。違うだろ、ノエルのことを言ってるんだ」
「遼は綺麗過ぎです。あんなに綺麗だと私が困るじゃないですか」

話が擦り替わったような気がしていたが、そっちで怒られるとは…まぁ、嫌われてはいないようだけど。
…あぁ、でも怒った顔も可愛いんだよ。

「そんなことないって。ノエルの方が全然綺麗だし、可愛いよ」

耳元で囁かれるように言われて、それだけでノエルはゾクゾクっとしてしまう。

「…遼っ…っ…」
「ノエル」

彼の唇が、アップにしているノエルのうなじを這う。
浴衣の胸元から手を差し入れるとそのまま肩へ持っていき、白い肌が露に…。
妙に色っぽくて、遼は抑えることなどできるはずがなかった。


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