始まりはHoly Night
STORY7


『あぁ、もうこんな時間?』

ふと時計を見ると、23時を回ろうとしているところ。
資料作成に没頭していたら、いつしか欄の周りにはほとんど人がいなくなっていた。

―――そろそろ、帰るかぁ。

このままやっていても到底終わりそうにないし、続きは明日にすることにして今夜は家に帰ることにする。
一人暮らしの欄には待っていてくれる家族もいないから、段々家から遠のいてしまう。
こんな時、疲れを吹き飛ばしてくれるような優しい言葉を掛けてくれる彼氏がいたらなぁ…。
そう言えば、専務秘書の野坂さんとは今週末会うんだったわ。

ノエルに紹介された野坂とは、今週末食事に行く予定になっていた。
なんだかお見合いみたいで緊張するが、実はお見合い願望があった欄にはちょっと楽しみだったりして…。
その前に、こんな残業続きで寝不足ではお肌に悪い。
ただでさえ、疲れ気味の欄の肌年齢は実年齢の倍はいっているように思えるし。

―――こんなんじゃ、野坂さんに嫌われちゃう。
早く帰って、ゆっくりお風呂に浸かって心も体もリフレッシュしなくっちゃ。

欄はファイルを保存して、パソコンの電源を切った。


フロアを出てエレベーターホールに向かうと、照明が定時内の半分くらいにおとされて、なんだか寂しいというか少し怖い感じがするくらい。
結構遅くまで残っていることが多い欄でさえも、これには慣れることがない。

―――こういうところでにゅうっと人が出てきたりすると、めちゃめちゃびっくりするのよね。
早く帰らなくっちゃ。

エレベーターの階下行きボタンを押すと、すぐにチーンという音がして扉が開く。
この時間ではほとんどエレベーターで人に会うことはないから、一気に一階まで下りられるだろう。
欄はボンヤリと減っていく数字を眺めていたが、段々速度が落ちていって珍しく途中の階で扉が開いたが。

『あれ?!』
―――おかしいわね、誰も乗って来ないの?

エレベーターが止まり扉が開いたものの、人が乗って来る気配がない。
この階のホールも照明がおとされてかなり薄暗い状態だったから、欄は迷うことなく扉を閉めるボタンに手を掛けた。

―――だって、怖いもの。
誰もボタンを押してないのにエレベーターが止まって、扉が開くなんて…。

扉が閉まるのをホッとしながら見届けていた欄だったが、ほとんど閉まり掛けたところで手がにゅうっと―――。

「ん???           ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~っ!!!!!」




+++

「おい、大丈夫か?おいって」

ソファーに横たわる女性に向かって、遼は何度も呼びかけるが応答がない。

「ダメだこりゃっつうか、野坂。前にもノエルがぶっ倒れたことがあったけどさ、今度は一体何をやらかしたんだ?」
「私は何も…ただ、エレベーターに乗ろうとしただけなんですが…」
「エレベーターに乗ろうとしただけで、このお嬢さんがぶっ倒れるのか?」

こう言われてしまうと、野坂も返す言葉がない。
エレベーターに乗ろうとしただけというのは本当のことだし、それでぶっ倒れるのか?と聞かれても、実際そうなのだから仕方がない。

「私には、“はい”としか言いようがないのですが…」

こうして野坂を責めるより、今は彼女をなんとかしなければ。

「まぁ、こんな時間だし、あんまり人も残ってなかったから驚いたんだろ。それより、目を覚まさせないと。このままってわけにもいかないだろ」
「そうですね。ちょっと、タオルを濡らして持ってきます」

野坂が部屋を出て行ったのを見届けた遼だったが、さてどうしたものか…。
しかし、この部屋のソファーにはノエルといい彼女といい、どうしてこうも女性が倒れて運ばれて来るのだろう…。
野坂を責めるわけではないが、逆に彼がかわいそうにも思えてくる。

暫くして、濡らしたタオルを持って来た野坂が欄の額にそれをあてる。
とても綺麗な顔立ちに思わずドキッとしたりして…。

「…んんっ」
「おっ、気付いたか?おいっ」

やっと目を覚ました欄はこの状況に一瞬驚いた様子だったが、明るい室内をゆっくり見回すと自分が寝ていたソファーに大きなデスク。
ここが、普通の部屋でないことに気付く。

「大丈夫ですか?」

野坂の問い掛けに「はい」と首を縦に振る欄。

「ここは?私はどうして…」
「ここは、専務室です。私がエレベーターであなたを驚かせてしまったようで、申し訳ありません」

―――専務室?
専務室っていうと、ノエルちゃんの彼氏の?

野坂の隣でにっこりと笑う遼に欄は慌ててペコリと挨拶する。

「ごめんな。野坂が、驚かせたみたいで。本当に大丈夫?」
「はっ、はい。大丈夫です」

―――えっ今、野坂って…。
大丈夫ですか?と声を掛けた相手が野坂だと知って、欄はさっきのエレベーターでの出来事よりも一層驚いた。

この人が、野坂さん…。
まさか、こんなところで会うなんて…と思いつつも、彼を何気に観察すると、髪を短く刈り上げていて大人な雰囲気の漂うとっても素敵な人。
うわぁっ、私なんかじゃとても似合わないわよ。

欄好みだと言われたが、確かにそれは当たっていると思う。
思うけど、お子様な私じゃ絶対無理ぃ。

「本当に大丈夫?」
「えっ、はい」
「そうだ。君、名前は?」
「私は、第三営業部の伊崎と申します」
「伊崎さん?」

…伊崎さんって、ノエルの友達で野坂の相手にどうかと言っていた。
そうか、この子が…。

遼は名前だけしか聞いていないから、欄に会うのは今回が初めて。
そして、週末に4人で会うことになってはいるが、野坂には食事に付き合うようにとだけでそれ以上の詳しいことは知らせていない。

「野坂、伊崎さんを責任持って家まで送り届けること。いいな」

―――えぇっ、ちょっと待って送り届けることって…。
そんなの困る。
やだぁ、いきなり二人っきりなんてぇ…。

「いえ、私は一人で帰れますので」
「もう遅いですし、私のせいでこんな目に合わせてしまったのですから」
「じゃあ、野坂頼んだぞ」

―――頼まなくていいわよぉ…。
なんて、欄の声など届くはずもなく…。
野坂に家まで送ってもらうことになったのだった。


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