ひとりぼっちのHoly Night
LAST STORY
1/2

R-18

「お姉ちゃんっ」
「どうしたの?睦月、そんな大きな声を出して」

かなり症状も良くなり、ベットの上で上半身を起こして亜佐美からのメールを読んでいると大きな声を出しながら妹の睦月が入って来た。
そして、手には何やらものすごく大きな花束を持って。

「お姉ちゃん、すっごいお花が届いたの。えっと、速水さんって人から」
「えっ、速水さん?」

それは、淡い色彩でまとめられた今まで見たことがないくらい大きなもの。

―――きっと、調べて贈ってくれたんだわ。

睦月からそれを受け取ると、とてもいい香りがした。
彼の優しさに思わず涙が出そうになったが、それを今はグっと堪える。

「なんだ、お姉ちゃん。そういう人、いたんじゃない」
「速水さんは、そんな人じゃないもん」
「ほんと?あたし、見ちゃったもん。お姉ちゃんが朝、バス停ですっごい外車に乗るとこ」
「え…」

―――うそ、睦月に見られてたの?

睦月が通う成翔学園は家からわりと近いから、ノエルより出るのが遅い。
たまたま、支度が早く済んだからと後を追って家を出たことがあったのだが、バス停にいたノエルに声を掛けようとした時、一台の高級車が止まり、乗って行ってしまったのだ。

「なんか、ものすごくカッコいい人だった。今年のクリスマスは、あの人と過ごすんでしょ?」
「それは、ないと思う」
「えっ、どうして?だって、こうしてお花まで届けてくれたのに」
「忙しい人だから」
「そうなんだ…」
「そんな顔することないでしょ?睦月は彼氏と初めてのクリスマスなんだし、お姉ちゃんはひとりぼっちは慣れてるからね」
「お姉ちゃん…」

優しくて、とっても可愛い自慢の姉。
このお花の贈り主は、本当に彼氏じゃないのだろうか?

「悪いんだけど、このお花。花瓶に生けてくれる?」
「うん」

睦月が花束を持って部屋を出ようとした時、メッセージカードが落ちたことに二人とも気付かなかった。


+++


「野坂、ノエルにはちゃんと花を贈ってくれたんだろうな」
「はい、もちろんです。専務からのメッセージカードも添えて贈りましたが」
「なら、いい」

速水は、クリスマスを一緒に過ごして欲しいと書いたメッセージカードを花束に添えて贈るよう野坂に頼んでいた。
こうなれば、賭けとでもいうべきか。
後は、それを見て約束の場所に彼女が来てくれるかどうか…。

「大丈夫ですよ。彼女は、来ますから」
「そうだと、いいんだけど…」

先週末までノエルは会社を休んでいたし、今朝は不覚にも自分が寝坊してしまい、彼女を車で送ることができなかった。
ただ、今日は出社しているという確認が取れているので、野坂の言葉を信じるしかない。

彼女のために初めて予約したホテルのスィートと、悪友に頼んでその彼女に無理矢理選ばせたティファニーのペンダント。
自分の彼氏も買ってくれないのになんで人の彼女のプレゼントを私がっ…と散々文句を言われたが、それでも最後は真剣に選んでくれた。



「ノエル、クリスマスはどうなったの?」

ノエルの様子を見れば何も進展がなかったのだとわかったが、亜佐美は敢えてそれを聞いてみた。

「ううん、速水さんからは何も。今朝は、一緒に来なかったから」

いつもの時間にバス停で待っていたが、彼の車は通らず、お花のお礼も言えなかった。
きっと、これが答えなのかもしれない。

―――今年も、ひとりぼっちのHoly Nightかぁ。
彼氏いない暦22年、更新決まり!!
な〜んてね。

「ねぇ、お二人さん。今夜、空いてる?って、聞くだけ野暮か」

そう問いかけて来たのは、同じ部の南さん。
20代半ばのとても面倒見のいい、お兄さんという感じだろうか?

「どうしたんですか?」
「彼氏彼女がいない連中で、パーッと飲みに行こうって話になってね。クリスマスだってのにひとりは寂しいからさ。で、お二人さんにも声を掛けたんだけど。彼氏、いるよね」
「首藤さんはダメですけど、私はいいですよ」
「えっ。金子さん、いいの?てっきり、彼氏がいると思ったけど」

南は亜佐美よりもノエルの方に彼氏がいるとばかり思っていたのだが、その逆だったとは…。

「南さん。ノエルに彼氏がいなくて、なんで私にはいるのって、今思いましたね?」
「え…俺は、そんなこと…全然…思ってないよ」

顔の前で一生懸命手を左右に振っている南が、なんだかおかしかった。

「亜佐美、そんなにイジワル言わなくても」
「あたしは、別に。でも、ノエルいいの?」

亜佐美としては、ノエルと彼とのことがどうしても引っかかる。

「どうせ、家に帰っても誰もいないんだから。南さん、よろしくお願いします」
「オッケー。金子さんが来てくれるなら、俺としては逆に彼女がいなくてもいいって感じ」

ノエルとクリスマスを共にできるだけでも、ひとりで寂しい夜を過ごすよりずっといいかもしれない。

「じゃあ、金子さん。後でね」
「はい」

ノエルの誕生日のお祝いは家族で昨日済ませていたから、今夜、妹の睦月は友達の家で彼氏達とホームパーティー。
すっかり冬休みに入っている彼女は、泊まって来るという話。
両親はというと夫婦仲良くクラシックのコンサートに行った後に食事をして来ると言っていた。
大人な二人はバーなんかに寄ったりして、それなりに遅くなるのだろう。
家に帰っても、ノエルはひとり。
だったら、みんなで楽しく過ごす方が全然いいに決まってる。
憧れの彼とのクリスマスは来年以降に持ち越しになってしまったけれど、それはそれでいいかなと思う諦めの自分がいた。


+++


夜6時少し前、速水は逸る気持ちを抑えて約束の場所でノエルを待っていたが、一向に現れる気配がない。
今日は、一日中仕事も何も手につかなかった。
―――やっぱり…。
そんな落胆的な思いが、頭を過ぎる。

いつまで待っても現れないノエルに痺れを切らした速水は、車を降りると本社ビルの中へと再び入って行った。

―――住宅販売部は、どこだ?

自分の会社とはいえ、ほとんど出向くことがない速水にとって、どこにどの部があるのかよくわからない。
入口の案内プレートを確認してエレベーターに乗り込み、ドアが開いたと同時にフロアに降り立った速水は近くにいた男性に声を掛けた。

「すみません。金子さん、金子 ノエルさんはどちらに」
「金子さんですか?えっと、ちょっと待って下さい」

男性がノエルの行き先明示板を探してチェックすると、名前の札が黄色になっているのは既に帰宅した印。

「もう、帰宅したようですね」
「帰った?」

―――彼女は、帰ったのか?

もう一度確かめるように男性は、側にいた若い男性に聞いてくれた。

「おい、金子さんは帰ったのか?」
「金子さんなら、30分か40分くらい前に帰りましたよ。彼氏彼女がいない連中で集まって、飲みに行くって言ってました」
「やっぱり、帰ったみたいですね」

―――俺との約束を破ったのか?それとも…。

「そうですか…どうも」

いずれにしても、彼女は来ないということ…。
ガックリと肩を落としてフロアを出て行く、速水。


『あれ?あの人…確か』
『うちの専務っすよね』
『やっぱり…』

そんな会話を耳にしつつ、速水は扉が開いたままで止まっていたエレベーターに乗ったが、暫くの間その扉が閉まることはなかった。


+++


―――あぁ〜どうしよう。
バス行っちゃうかな…。

彼氏彼女のいないみんなと飲みに行ったのはいいが、まさかこんな時間まで付き合わされるとは思わなかった。
時計を見れば、終バスに間に合うか間に合わないかの微妙な時刻。

―――間に合って…。

そう心に念じながら階段を駆け下りたが、既にバスの姿はない。

―――あっ、そんなことよりタクシー並ばないと。

あれ?これって、確か…。

今は雨こそ降っていないけれど、忘年会のあった日と同じだ。

―――あの日、初めて速水さんに逢ったのよね。
タクシーを待つ列の最後尾にいたノエルは、どうせ待っていても濡れるのは同じだからと歩いて帰ることにしたのだった。

そう思ったら、無意識にノエルの足は自宅へと歩き出していた。

『おいっ。こんな雨の中、歩いて帰るのか?』

何度もクラクションを鳴らされ、そう声を掛けられた。
初めは、絶対怪しい人だと思った。
こんなふうに声を掛けてくる人も、いるんだと…。
でも、違った。

『こんなに濡れて、風邪でもひいたらどうするんだよ。馬鹿タレが』

言葉は多少乱暴だったけど、とても優しい声。

―――速水さん…。
もう、逢えないの?

みんなと一緒にいた時は彼のことを忘れることができたが、ひとりになってみるとやっぱりダメだった。
いつの間にか、光るものがノエルの頬を伝う。

『…ひっ…くっ…ぅっ…』

時間が時間だっただけに誰も周りにいなかったのが、救いだった。





プップーッ―――
  プップーッ―――


「ノエルっ」

―――ヤダ…私ったら、空耳まで聞こえてきちゃった…。
今、“ノエル”と名前を呼ばれたような気がしたが、そんなはずはない…。

「ノエルっ、聞こえないのか!」

ノエルがその場に足を止めると、そこには見覚えのある高級外車。

「速水さ―――」
「ノエルっ」

急いで車から降りて来た速水に、きつく抱きしめられる。
ノエルの頬を伝っていた涙が、彼に逢えた嬉しさで止まるどころか更に溢れた。

「どうしたんだ、泣いたりして。誰かに変なことでもされたのか?」

泣きながら歩いているノエルを見て、速水は何かあったんじゃないかと気が気ではなかったが、ノエルは首を左右に振るだけ…。

「じゃあ、どうしたんだ?」
「速水さんに…」
「俺に?」
「逢いたかったんです」

自分に逢いたくて、ノエルは泣いてたっていうのか―――。

速水は、胸が締め付けられる思いだったが…。
―――だったらなぜ…ノエルは、約束の場所に来なかったんだ…。

「ノエル、花は届いたのか?」
「はい、綺麗なお花をありがとうございます。お礼を言うのが遅くなって、すみませんでした」
「カードは?花にカードが付いていたはずなんだが、見てくれたのか?」
「カード…ですか?いいえ」

―――やっぱり、そうか…。
理由はわからないが、ノエルはカードを見ていない。

「カードにクリスマスを一緒に過ごしたいから、今夜6時に毎朝車を止める場所で待っていて欲しいって書いてあったんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「待ってても来ないから、ノエルの職場まで行ったんだ。そうしたら、彼氏彼女がいない連中で飲みに行ったって言われて…」

一瞬、断られたのかと思った速水だったが、ノエルが何も言わずに来ないことはあり得ない。
勝手な思い込みだし、未練タラタラだけど…だから、もしやとここで待っていたのだった。

「ごめんなさい。私…」
「いいんだ。ノエルの気持ちが、わかったから」

―――あっ。
思い出したように速水は、腕時計に目を向けた。
0時までは、あと20分ほど時間がある。

「ノエル。22歳の誕生日、おめでとう。そして、メリー・クリスマス」
「…速水…さっ…ん…」
「あー泣くなっ!取り敢えず、車に乗ろう」

とにかくノエルを落ち着かせるために車に乗せたが、本当は速水がノエルと一緒にいたかったから。

「今夜、外泊しても平気か?」
「え、外泊…」

―――外泊って、泊まるってことよね…。
っていうか、えぇぇぇ…速水さんと一緒ってこと!?

「俺、今夜はノエルと一緒にいたい」

―――私だって、一緒にいたいけど…。
そういうこと、初めてだし…。

「無理にとは、言わないけど…」
「わかりました」
「本当はホテルを予約してたんだけど、俺の家はここから近いから」

今からホテルに行くよりは、ここから近い速水の家に行く方がいいだろう。

―――速水さんの家って、どんなところなのかしら?
ノエルの家から15分ほど走ったところで、車が静かに止まる。
なんとなくマンションというイメージだったが、意外にも一戸建てだった。
自動でガレージのシャッターが開き、車ごと入ってしまうというのがすごい。
そのまま専用の入口から家の中に入ると、玄関へと繋がっていた。


NEXT
BACK
INDEX
EVENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.