───はぁ…。
何なのかしら?
このモヤモヤした感覚は…。
祐里香は朝、会社に出社するなりずっとこの調子だった。
それもこれも、金曜日に稲葉が家に来たりするからっ。
こともあろうに彼の前で泣くとは…。
それに何なのよっ、あの額に触れたものは…。
あたしをからかってるの?それとも…。
───はぁ…。
あたし、どうしちゃったの?
もしかして…やっぱりあたし、稲葉のこと…。
「祐里香さん、どうしたんですか?さっきから、溜め息ばかり」
「えっ。あぁ、真紀ちゃん」
これじゃあ仕事にならないからと祐里香は濃いコーヒーを入れに給湯室に来ていたのだが、ここでも溜め息を吐きまくっていたようだ。
「稲葉さんと、何かあったんですか?」
「え…」
───真紀ちゃん、鋭過ぎ…。
何で、こうもわかっちゃうのかしらねぇ。
「そうなんですね?どうしたんですか?っていうか、まさかあの中川さんって人と映画に行ったんじゃ」
「ううん、行かない。何でかわからないけど、稲葉が断ってくれたみたい。助かったことは助かったんだけど、何で稲葉が中川君と映画に行くことを知っていたのかなのよね」
───そうなのよ。
手料理なんて言うからそのことをすっかり忘れてたんだけど、どうして稲葉が中川君と映画に行くことを知っていたのかなのよね?
初めに誘われた時は、近くで電話での会話を聞いてたからっていうのはわかるのよ。
だけど、次は食堂で言われたんだから稲葉は知らないはずなのに…。
「そうですか。良かったぁ、さすが稲葉さん」
「ねぇ、真紀ちゃん。何か知ってるの?」
「いっ、いえ。私は何も」
「ほんと?」
「ほんとですってっ」
疑いの眼差しで見ている祐里香に真紀は顔の前で手を左右に振って、違うのだということを誠心誠意アピールする。
「まぁ、いいんだけどね」
───ふぅ…。
危うく稲葉さんに話したことが、バレてしまうところだった。
でも、良かったぁ。
稲葉さん、ちゃんと祐里香さんを中川さんから守ってくれたのね。
ホッと胸を撫で下ろす真紀だったが、はて…祐里香さんのあの溜め息は何なのだろう?
「それで、稲葉さんとは何があったんですか?」
「うん、それがね。成り行きで、稲葉があたしの手料理を食べたいって言い出して…」
「作ってあげたんですか?」
「作ったには作ったんだけど、散々で…」
お味噌汁も野菜炒めも、塩っぱいのなんのったら。
二人してウーロン茶を飲み干したけど、それでもまだ治まらなくて…。
まぁ、それはいいんだけど、その後がねぇ…。
「そのことで、稲葉さんに何か言われたんですか?」
───稲葉さん、祐里香さんに何か言っちゃったとか?
ううん、そんなことないわよね。
あの優しい稲葉さんに限って、祐里香さんが傷つくようなことを言うはずがないもの。
「ううん。まぁ、不味いとは言ってたけど、稲葉は料理が得意だから今度教えてくれるって」
「へぇ〜稲葉さんが、料理を?意外ですぅ」
真紀ちゃんが、驚くのも無理はない。
あたしだって、稲葉が料理上手なんて未だに信じられないもの。
こればっかりは、本当に作ってもらわないと信じられないわね。
「でしょっ、あの稲葉がよ?」
「え。でも、だったらあの溜め息は何なんですか?」
「そっ、それは…」
───―このモヤモヤを真紀ちゃんに話すべき?
「祐里香さん?」
「泣いちゃったの」
「え?誰がですか?」
「この、あ・た・し。こともあろうに稲葉の前でね。だって、悔しかったのよ料理一つまともにできないなんて」
───もう、いい年なのに…
料理一つ満足にできない女って、どうなのよ…。
「可愛いですぅ。祐里香さんっ」
首を傾げる祐里香を、真紀ちゃんはおもむろに抱きしめた。
「わぁっ、ちょっ真紀ちゃんっ?!」
「祐里香さん、可愛い過ぎですよ?私なら、抱きしめちゃいますぅ」
「稲葉も同じことしたのよ。ったく、あいつったら、おまけにおでこにチュウまでしてからにぃ」
───え?おでこにチュウ?
稲葉さんったらぁ、やるぅ。
あ〜もう、二人していい感じじゃないですかぁ。
「祐里香さんは、稲葉さんにこんなふうにされてどうでした?」
「どうって?」
「嫌でした?」
「ううん、それが全然嫌じゃなかったのよ。ただ、変なの。こう、胸の奥がモヤモヤするっていうか」
───あぁ〜ん、祐里香さんったらぁ。
もうっ、気付いて下さいよぉ。
真紀は、じれったい気持ちを抑えて祐里香から体を離す。
「完全に惚れちゃいましたね?稲葉さんに」
「そんなこと…」
「素直に自分の気持ちを認めて、稲葉さんの胸に飛び込んで下さい」
「えー何で、あたしがっ」
───とは、言うものの…認めたくない…けど…。
やっぱり、そうなのよね。
あたしは、稲葉のことが好き…。
だったら、稲葉は?あたしのこと…。
「心配しなくても、大丈夫ですよ。稲葉さん、祐里香さんに向かってラブラブ光線、発してますからね」
「ラブラブ光線?!」
「感じませんか?」
───ラブラブ光線ってぇ…。
どんな光線よぉ?!
「う〜ん、感じなくもないけど…」
───あら?あたしったら…。
感じてるんじゃない…。
でも…どうやって、稲葉の胸に飛び込むのよぉ。
今更、じゃない?
「でも、どうやって飛び込めばいいの?」
「そうですねぇ…まずは料理でリベンジなんて、どうです?」
───料理でリベンジ?
それはちょっと、無謀な気がするんだけど…。
「まずはせっかくですから、稲葉さんに手取り腰取り教えてもらって」
───腰取りって…。
可愛い顔して結構言うわねぇ、真紀ちゃん。
「その後、もう一度稲葉さんに自分の作った料理を食べてもらうんです。美味しいって言ってくれたら、いえ、必ず言わせるように頑張って下さいね?そうしたら、彼の胸に飛び込むんです」
「上手くいくかなぁ」
「いくんですぅ」
人のことだとガンガン言ったり、実行できる祐里香だったが、自分のこととなるとてんで自信がない。
それが料理となれば、尚のこと。
それこそ、稲葉に手取り腰取り…じゃなくって、手取り足取り教えてもらわないことには始まらない。
稲葉には迷惑を掛けちゃうけど、この際彼に甘えてみるかぁ。
祐里香は早速、稲葉に頼んでみることにした。
◇
「ねぇ、稲葉」
「どうした?」
祐里香は稲葉が一人のところを狙って話し掛ける。
「あのね、料理のことなんだけど」
「料理が、どうかしたか?あぁ、まだ気にしてるのか。俺が教えてやるって、言っただろう?」
朝から溜め息ばかり吐いているのを見ていた稲葉は、祐里香がまだ料理のことを気にしていたのだなと心配だった。
───そんなこと、気にすることないのに…。
「それなんだけど」
「ん?」
「暇な時でいいんだけど、迷惑でなかったら教えてくれる?」
意地っ張りの祐里香が、自分に教えてくれと言い出すとは思っていなかった。
───ということは、また二人っきりになれるってことだよな?
例え気持ちが届かなくても、二人だけの時間が持てることが何よりも嬉しかったから。
「え?もちろんだ」
「ほんと?」
「あぁ、俺はいつでもいいから」
「あたしも、いつでもいい」
「じゃあ、週末にするか?」
「うん、ありがとう」と嬉しそうに微笑む祐里香を見て、もう何度も思うことだったが、ここが会社でなければ即抱きしめているところだった。
こんな稲葉が祐里香の本当の気持ちを知ったら、どうなるだろう?
まだ週が明けたばかりなのに、早く週末にならないかなと思う二人だった。
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