プリンな彼女
story18


「祐里香さん、おはようございます。お花見は、どうでした?」

お花見リベンジの結果が気になったのだろう。
あたしが会社に出社早々、先に来ていた真紀ちゃんにロッカールームで声を掛けられた。

「おはよう、真紀ちゃん。うん、料理は上手くいったんだけど…」
「料理は?」

料理は上手くいったということは、気持ちを伝える方は上手くいかなかったということなのか…。
てっきり二人はうまくいったのだとばかり思っていた真紀は、聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないかと少しだけ後悔する。

「まぁ…」

───料理は上手くいったのよ。
だし巻き卵もバッチリできたし、無事料理教室も卒業と、そこまでは良かったんだけど…。

「稲葉さんとは…」
「それがね、よく覚えてないのよ」
「え?」

覚えていないとは、どういうことなのか?

「あたし、酔っ払っちゃって。自分の中では気持ちを伝えたつもりなんだけど、肝心な部分をはっきり覚えてないのよね」

お花見と言えば甘酒とばかりに持参したはいいが、綺麗な桜を見ながら料理も誉められたことで調子に乗って、例の如く酔っ払ってしまったのだ。
多分、自らも『好き』と言ったはずで、稲葉もそれに答えてくれたと思う。
その後、キスもしたような…。
ただそれが、いくら考えても夢なのか現実なのか、はっきり思い出すことができないのだから仕方がない。
まさか…本人に確認するわけにもいかないし…。

「祐里香さんっ、ダメじゃないですか。大事な場面でそんなっ」
「そうなんだけど…」

真紀ちゃんの気持ちはわかるのよ。
あたしだって、まさか酔っ払って告白したのかどうか覚えていないなんてね…。
こんなことになるとは、思ってもみなかったわけで…。

あ〜ぁ…困ったなぁ…。
せっかくのチャンスだったのに結末がこれでは、先が思いやられる。

あたしは大きく溜め息を吐くと、真紀ちゃんと共にロッカールームを出て自分の席に着いた。

… ◇ …

───あいつ、ちゃんと覚えてるだろうか…。

土曜日に行ったお花見で、思いがけない祐里香からの告白だった。
満開の桜が咲く中、彼女の手作りのお弁当を食べながら、まるで夢を見ているような錯覚に陥ってしまうほど。
柔らかい唇、なんだかものすごくいい香りがして…あまりの心地良さに暫く離れることができなかった。
でも…。
その後飲んだ甘酒で、彼女はすっかり酔っ払ってしまったのだ。

『稲葉が、好きなの』

あの言葉に嘘はないはず、いや絶対そうだと思いたい。
が…。
彼女のことだから、『そんなこと、言ってないわよ』って、言いそうなんだよな…。
はぁ…。

───酒なんて、飲ませるんじゃなかった…。
今更、悔やんでも遅いけど…。



「「あっ」」

あたしがコピーを取りに行くと、ちょうどやって来た稲葉と譲り合う形になった。

「先にどうぞ」
「稲葉こそ」

なんだか稲葉と顔を合わせにくくて、朝の挨拶程度しか交わしていなかったのだが、こんな場所で鉢合わせするとは…。

「じゃあ、遠慮なく」

稲葉がコピーを取っている後姿をジーッと眺めていたあたしは声を掛けるべきなのか、それとも無言のままでいるべきなのか…。

「桜、綺麗だったな」
「へっ…」

いきなり言葉を掛けられて、なんと答えていいかわからず、妙に間抜けな声を出してしまった。
───急に振り向かないでくれる?
びっくりするじゃない。

「あっ、うん…そうね、すっごく綺麗だった」
「お弁当も美味かったよ。特にだし巻き卵、あれは絶品だな」
「そう言ってもらえると、嬉しい。だって、すっごい練習したんだもん」

料理のことを褒められるのはとっても嬉しくて、いつもの二人に戻ったよう。
だけど…。

「ねぇ、稲葉」
「あぁ?」
「あのね、あの…あたし…」

周りに誰もいないことを確認してから、勇気を出してあの時のことを聞こうと思ったその時、向こうで稲葉を呼ぶ声が聞こえる。

「ごめん、電話みたいだ」
「コピーは、あたしが持っていってあげるから」
「悪い、頼むわ」

───あぁ…聞き損っちゃったじゃない。
ちょうど終わった稲葉の分のコピーをトレーから取ると、あたしは自分の分をセットしてスタートボタンを押した。

+++

「稲葉君、どうした。さっきから、溜め息ばかり吐いて」

結局、祐里香に気持ちを確認することができなかった稲葉は、残業時間に入っても溜め息ばかり。
それを見ていた課長の小山が、声を掛けた。

『あのね、あの…あたし…』
さっき、彼女は何を言おうとしたのだろうか?

「いえ、何でもありません」
「そうか?僕には、ちっともそんなふうには見えないけど」

そう話しながら、小山課長はノートパソコンの電源をおとしてパタンと蓋を閉じる。

「ほら、何やってるんだ?早くパソコンの電源をおとして」
「え?」

「そんなんじゃ、仕事にならないだろう?久し振りに飲みにでも行くか」と稲葉にも仕事を切り上げるように小山課長は促す。
確かに課長の言うように、これでは仕事にならない。
稲葉は「わかりました」とパソコンの電源を落とすと、課長と共にオフィスを後にした。



「どうした?新井さんと、何かあったのかい?」

居酒屋でビールのグラスを交わした二人。
課長には稲葉の溜め息の原因が祐里香であることは、とっくにわかっていたらしい。

「彼女に好きって、言われました」
「え?」

てっきり、喧嘩でもしたのかと思っていた小山は少々拍子抜け。
というか、これは溜め息を吐くような話ではないように思うのだが…。

「なんだ、そうなのか。良かったじゃないか」
「それが…」
「それが?」
「あいつ、そう言った後に酔っ払って…。恐らく、自分が言ったことを覚えてないと思うんです」
「どうしてまた」

事の経緯を話すと、「そういうことだったのか」と小山課長は妙に納得したようだ。
しかし、せっかく彼女の方から告白してくれたというのに不運というか何というか…。

「どうしたらいいんでしょうね」
「今度は、稲葉君から彼女に告白してみたらどうかな?」
「俺が…ですか?」
「そう。もう一度、言ってみればいいよ。お互いの気持ちはわかってるんだから、そんなに悩んでないで何度でも言ったらいいさ」
「課長、他人事だと思ってませんか?」

───そんな、何度でもなんて…。
言えれば苦労しないって。

「僕は、自分から言えなかったから」

小山課長は、真紀に押し切られるようにして付き合い始めた。
男としてそれはどうなのか?勇気がなかった自分を恥じる部分もあるし、できるものなら自分から彼女に言いたかったという気持ちが、どこか心の片隅にあるのかもしれない。

「課長」
「新井さんをしっかり捕まえるんだよ」

課長の言葉に深く頷いた稲葉は、ビールをグイッと飲み干した。


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