プリンな彼女
story3


それからは、他愛のない話で盛り上がって、お腹一杯焼肉を堪能して店を出た。

「美味しかったね、真紀ちゃん」
「はい」
「稲葉、今日はご馳走様。でも、本当に奢ってもらってもいいの?」

やっぱり自分の分は払うと言ったけど、結局最後まで稲葉はお金を受け取ろうとはしなかった。
そういうところは、頑固なのよね。

「約束だからな。それに、これからもまた、手伝ってもらうかもしれないし」
「それって、ズルくない?」
「当然だろう」

ちょっとやられたって思ったけど、仕方ないか…。

「あっ、私こっちなので。稲葉さん、今日はご馳走様でした」
「じゃあ、また明日ね」
「失礼します」

真紀ちゃんとは帰る方向が反対だったから、近くの駅で別れた。

「新井、もう帰るか?」
「何?」
「いや、もう少しどうかなって思って」

時計を見ると8時半を過ぎたところ、明日も会社だけどまだ遅いという時間でもない。
お腹は一杯だったが、稲葉にはお酒が少し足りなかったのかも。
でも、稲葉がこんなふうに誘うというのはちょっと意外だった。

「付き合ってあげてもいいけど、今度はあたしに奢らせてよ」

「じゃなきゃ、行かない」って言ったら、「わかったよ」って稲葉が笑う。
場所は稲葉の行きつけだと言う、こじんまりとして落ち着いた感じのショットバー。
今まで5年も一緒にいたけど、こういうところに稲葉は来ていたのだなと初めて知った。
カウンター席に並んで座ると、稲葉はジン・フィズ、あたしはスプモー二を頼む。
実はあたし、お酒は好きなんだけど、見掛けによらずあんまり強くないの。
大食いなんだけどね。

「今日は、ほんとご馳走様」
「いいえ、どういたしまして」

グラスをカチンと合わた。

「でも、真紀ちゃんが一緒だからって、あんなに頑張らなくってもいいのに」

稲葉があんなに高級なお店に連れて行ったのは、真紀ちゃんが一緒だからだとあたしは思っていた。
多分、あたしと稲葉だったら、絶対オヤジが行くようなお店になったに決まってるもの。

「別にそういうわけじゃないさ。あの時は山本さんと俺じゃあどうにもならなかったと思うし、新井には感謝してる。会議も無事終わったし、徹夜までさせてこれくらい安いもんだよ。ほんとありがとう」

次の日の会議は、会社の上層部に対して行う戦略会議で、とても重要なものだった。
そのために資料も何度も作り直して何日も前から準備していたのだが、なのに前日の失態により稲葉1人の責任では済まされるものではなかったのだ。
それだけじゃない、会議で説明している時に気付いたのだが、祐里香は資料をただ作り直すだけではなく、見やすいようにさり気なく修正もしておいてくれた。
当日の会議は完璧で、それは喜ばしいことではあったけれど、稲葉の評価だけが上がったことには少なからず負い目を感じていたのは事実。
だからというのではないが、せめてもの気持ちとして普段入らないような高級店に祐里香と真紀を連れて行ったのだった

「何よ、改まって。気持ち悪いわね」

あたしは照れもあったけど、稲葉に真面目にそんなことを言われたのが変にむずがゆくて、それを誤魔化すようにいつもの口調で返した。

「ほんとのことだから、ありがとうな」

いつになく神妙な稲葉に、あたしは一瞬戸惑ってしまった。
いっつも意地悪でオレ様な稲葉が、こんなふうに素直にお礼を言うなんて…。

「もう、いいって。それよりさっき、あたしと稲葉が付き合っちゃえばって真紀ちゃんに言われてなんで否定しないのよ」
「あぁ?別に否定することも、ないかなって」
「どうしてよ」

───何で、否定することがないのよ。
普通、そこは違うって言うでしょうに。
それとも、あたしは女として見られてもいないってことかぁ…。
別に稲葉にどう思われても構わないけど、なんだか寂しいと思うのはなぜなのか…。
『誰かに持っていかれちゃいますからね』という、真紀ちゃんの言葉が頭に浮かぶ。
そう言えば、稲葉って彼女いないのかな…なんて、余計なことを考えたりして…。

「俺としては、これを機にきちんとお付き合いしたいんだけど」

ここで告白するつもりはなかったが、流れとでも言うのだろうか、今言わないと機会を逃しそうな気がしたからだが…。

「・・・・・・」

ん?稲葉は一世一代の告白をしたのにもかかわらず、肝心な彼女からの返事が返ってこない。
───これって、断られたってことなのか…。

恐る恐る、顔を隣に向けると───。
オイオイ、ここで寝るかよっ!
という稲葉の心の声など、またもやスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている祐里香に届くはずもない。
ガックリと肩を落とす稲葉に対して、祐里香は既に心地いい世界へと飛び立っていた。

───そう言えば新井って、酒があんまり強くなかったんだな。
自分でも言っていた、『あたしって、お酒は好きなんだけど、ビールのジョッキ1杯が限界なのよね』と。
なのに、ここへ付き合ってくれたのか…。
それを喜ぶべきなのだろうけど、もう少し起きていてくれても…。
だいたい、こんなに無防備に男に寝顔を見せるのか。

稲葉は眠っている彼女の肩に腕を回すと、頭を自分の方へ凭れさせる。
───せめてこのくらいのことをしたって、罰は当たらないだろう。
微かにいい香りがする彼女を感じながら、一人お酒を楽しむ稲葉だった。

+++

「祐里香さん、おはようございます。昨日は、稲葉さんとあれからどこかに行ったんですか?」
「おはよう、真紀ちゃん。一軒飲みに付き合ったんだけど、あたしお酒があんまり強くないから、寝ちゃったのよね」
「えっ、祐里香さん。それって、お持ち帰りされたってことですか?」
「ちょっ、ちょっと真紀ちゃん。何、言ってるの?そんなこと、あるわけないでしょ」

───朝から、お持ち帰りなんて…。
真紀ちゃんったら、全く言うことが大胆なんだから。
いくら寝ちゃったからって、稲葉があたしをお持ち帰りするはずないでしょ?

「なんだ、そうなんですか?てっきり、うまくいったと思ったのに」
「何、うまくいくって。あたしと稲葉は、何でもないんだってば」

そんな話をしていると、稲葉が出社した。

「あっ、稲葉さん。おはようございます。昨日は、ご馳走様でした」
「おはよう、どういたしまして」

相変わらず、朝から爽やかな笑顔を向ける稲葉。
実を言うと、昨日は稲葉に連れて行ってもらったショットバーであたしったら寝ちゃって、家まで連れて帰ってもらったのよね。
それも、ちょっとフラついてたあたしのことを稲葉は抱きかかえるようにしてくれて…。
すっごく恥ずかしかったんだけど、なんかそれが嫌じゃなくって…彼は、どう思ったかわからないけど。

「おはよう、昨日はごめんね」
「おはよう。いや、俺こそ付き合わせて悪かったな」
「そんなことないけど…」
「まっ、あんまり男の前で寝ない方がいいぞ?俺だって、限界ってものがあるからな」
「へ?」

稲葉の言っている意味がわからず、首を傾げるあたしをニコニコしながら後ろで見つめている真紀ちゃん。
───何よ、限界って。
自分の席に座ってパソコンを立ち上げている稲葉に向って、心の中でそうあたしは呟くように言った。


←お話を気に入っていただけましたら、ポちっと押していただけるともしかして…。

※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。

NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.