「あっ、いたいた。祐里香、探してたのよ」
あたしはキャビネの前に椅子を持って来て資料を調べていると、一期上の理子がやって来た。
何度も探しに来たようだったが、あたしが隅に座っていたので気が付かなかったらしい。
彼女は短大の先輩で、祐里香のことをとても可愛がってくれていた。
「理子、どうしたの?」
「今度の金曜日に合コンするんだけど、そのお誘い」
「合コン?相変わらず、好きね」
理子は合コンが大好きで、他部署の人達や友人の知り合いなどとしょっちゅうやっている。
本気で相手を探しているというよりは、友人をたくさん作るのが目的のよう。
祐里香も何度か誘われて行ったことはあったが、色々な職種の人と話ができるのはとても楽しかった。
しかし、思うような人が現れたことはなく、その日限りで終わってしまうことがほとんどだったけれど…。
「まぁね。今回は社内でやろうってことになって、祐里香には稲葉君を誘って欲しいんだけど」
「稲葉を?」
「そう。彼、人気高いのよ。実を言うと、あたしも狙ってたりして。祐里香、同期なんでしょ?」
「そうだけど…」
───何で稲葉なの?っていうか、人気高いって。
確かにいい男だとは思うけど…。
だいたい、理子も稲葉のことを狙ってたなんて…全然、知らなかったわ。
「ヤバっ、もうこんな時間?お客さんにお茶出ししなきゃいけなかったのよ」
「じゃあ、お願いね」と言い逃げするように、理子は去って行ってしまった。
───はぁ…。
理子が稲葉を好きでも構わないけど、だったら自分で誘いなさいよ。
何であたしが、そんな役を引き受けなきゃならないわけ?
とは言っても、一応彼女は先輩だし、しょうがないか…。
なんとなく言いにくかったけれど、頼まれると嫌といえないところが祐里香のいいところなのか、悪いところなのか…。
機会を見計らって、稲葉を誘ってみることにした。
◇
「稲葉、ちょっといい?」
「あぁ、どうした」
周りに人がいると言い出しにくいことだったから、稲葉が一人でいるところを狙って声を掛ける。
「あのね。今度の金曜日なんだけど、合コンすることになって」
「合コン?新井が?」
稲葉には、祐里香が合コンするようには見えなかったのだろう。
───そりゃ、あたしが合コンって似合わないかもしれないけど…だからって、そんなに驚かなくてもいいじゃない。
「何よ、悪い?あたしが、合コンしちゃ」
「ごめんごめん。新井の口から合コンなんて言葉が出てくるとは、思わなかったからさ」
「どうせ、似合わないわよ」
膨れっ面の祐里香に苦笑する稲葉。
そんなところも可愛いと思うのは、惚れた弱みだろうか…。
「で、その合コンがどうしたって?」
「えっ、うん。稲葉も誘って欲しいって言われたの。だから、どうかなって思って」
「俺?」
「別に無理にとは言わないわよ」
「いや、もちろん新井も出席なんだよな」
「そうだけど」
「だったら、いいよ」
「へ?」
あっさりOKされて、少々拍子抜けしてしまう。
───だったらって、なんだかその言い方、あたしが出るから自分も出るみたいに聞こえるんだけど。
それもあったが、稲葉がOKしてくれたことも意外だった。
あまりそういうのは、好まないと思っていたのに。
「誘いに来ておいて、あんまり嬉しそうじゃないな」
「そういうわけじゃないんだけど、稲葉は合コンとか好きじゃなさそうに見えたから」
「好きじゃないけど、時と場合にもよるな」
はっきり言って稲葉には合コンなんてものは性に合わないが、誘いに来た相手にもよる。
どんな形でも祐里香と一緒にいられる時間が持てるのなら、逃す手はないのだから。
もしかしたら、この合コンで祐里香がどこぞの輩に取られてしまうかもしれない。
それだけは、絶対に阻止しなければ。
「ふうん。なんかよくわからないけど、きっとみんな喜ぶわ。稲葉って、結構人気あるらしいから」
「なんだそりゃ。おかしいだろ」
この男には、自分がいい男だという自覚はないらしい。
そういうところが、彼の良さなのだろう。
「ということだから、よろしくね」
「あぁ」
稲葉との合コンかぁ…って、参加するのは彼だけじゃないけど、ちょっとだけ楽しみな祐里香だった。
+++
花金。
今時そんな言葉を口にする者はいないけれど、明日は休みだと思うと心は晴れやかである。
残業にならないようにと祈りながら定時を迎えると、あたしは即行名前の札を裏返してフロアを出た。
別に今夜の合コンに賭けているわけでもないが、下手に残っているとなんだかんだと捕まりそうだから、早く退散するに限る。
───ところで、稲葉は大丈夫なのかしら?
確認するの忘れてた。
彼を連れて行かないと、後で理子になんて言われるかわからない。
───どうしようかなぁ。
もう一度、戻るわけにもいかないし…。
稲葉こっち見ないかしら、と思っていると運良く目が合った。
あたしが「帰れそう?」と口パクで言うと、彼は人差し指と親指で輪を作ってOKのサインを出す。
「じゃあ、下で待ってるから」と再び口パクで言いながら人差し指を下に向けて上下に動かすと、今度は大きく頷いた。
場所は、会社近くに新しくできたお店。
早速行ったという人から安くて美味しかったという話を聞いて、そこにしたのだと理子が言っていた。
二人が約束の時間より少し遅れて店に入ると、既に全員揃っている。
「祐里香、稲葉君。遅い」
「ごめんね」「すみません、遅くなって」
「もうっ、待ちくたびれたわよ」と大げさに言う理子の隣の席に稲葉が座り、あたしは一つしか空いていない両隣を男性に挟まれた席に座るより仕方がない。
見知った顔もちらほらあったが、半分は祐里香の知らない人達だった。
「取り敢えず、乾杯ってことで」
テーブルの上に生ジョッキが並べられ、カチンという音が店内に響く。
───ビールも初めの一口は、美味しいのよね。
「新井さん、いい飲みっぷりだね」
隣の彼は、あたしも顔と名前くらいは知っている人。
理子と同じ部で、たまに遊びに行くと見かける彼女の同期だと聞いていた。
「初めだけなんです。私、あんまりお酒が強くないので」
「ほんとに?新井さんって、飲めそうだよね」
「よく言われます」
彼の言うように祐里香は飲める人に思われているが、そうでもない。
勧められると断れないということもあって、無理してしまうことも多いけれど。
「もし酔っちゃったら、俺が責任持って家まで連れて帰ってあげるからね」
「何だよ、お前ばっかり」
反対側に座っていた彼が、口を挟む。
───そこまで酔うことはないと思うけど…。
ふと気になって稲葉の方を見ると、理子がしきりに話し掛けている。
彼女だけでなく、他の女子も稲葉に集中しているのがわかる。
───やっぱり、稲葉って人気あるんだ。
何だろう…すごく嫌な気持ちになってくるのは…。
今まで、こんなふうに思ったことなんてなかったのに…。
「新井さん、どうしたの?ほら、飲んで飲んで」
「は…い」
彼は祐里香の気を引こうと一生懸命話し掛けてきたが、ほとんど耳に入らなかった。
◇
───ちょっと飲み過ぎたかも。
祐里香の飲める許容範囲は、とうに超えていた…。
「新井、帰るぞ」
「え?」
いつの間にか、あたしの後ろに立っていた稲葉に腕を引っ張られる。
「すみません。俺達、帰ります」
「ちょっ、稲葉っ」
なんてあたしの言葉が届くはずもなく、稲葉に手を引かれて店を出ていた。
「大丈夫か?」
「うん」
稲葉の優しい声に、わけもなく心臓の鼓動が早くなる。
もしかして、あたしが酔ってるのわかってて連れ出してくれたの?
「稲葉?」
「お前なぁ、あんまり飲めないんだからちゃんと断れよ。あんなやつらにお持ち帰りされてもいいのか?」
「なっ、何言ってるのっ」
───お持ち帰りなんて…そんなことあるはずないじゃない。
稲葉ったら、何わけわかんないこと言ってるのよ。
「気づいてないのは、本人だけだな」
「どういう意味よ」
───わけわかんない。
それより、手を離して欲しいんだけど…。
店を出る時から、ずっと稲葉に手を握られている。
嫌じゃないけど、なんか変なんだもん。
「安心しろ、俺がちゃんと送ってやるから」
稲葉は握っていた手に少しだけ力を込めると、ゆっくり歩き出した。
←お話を気に入っていただけましたら、ポちっと押していただけるともしかして…。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。
NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP
Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.