プリンな彼女
story5


「祐里香、おはよう。金曜日はごめんね」

週が明けた月曜日の朝一番、理子が祐里香の元へやって来た。
別に謝られるようなことはしていないし、あたしこそ途中で抜けてしまい申し訳ないと思っていたのに。

「おはよう、理子。こっちこそ、ごめんね。途中で抜けたりして」
「ううん、いいの。なんだ、言ってくれればいいのに」
「何を?」
「稲葉君と付き合ってること」
「はぁ!?誰が、付き合ってるって??」
「祐里香、声大きいって」

言った後に手で口を押さえても、時既に遅し…。
朝っぱらから大声を張り上げた祐里香に、みんなの視線が集まった。
───だって、しょうがないでしょ?
理子ったら、あたしと稲葉が付き合ってるなんて、わけのわからないことを言うからっ。

「ちょっ、理子。こっち、来て」

あたしは理子の背中を押すようにして、フロアを出る。

「えっ、付き合ってるんでしょ?」
「付き合ってないってっ!どこをどう間違えたら、そうなるのよ」
「だって稲葉君、祐里香のこと心配して連れて帰ったんじゃないの?」

あの様子では、酔っていた祐里香を両隣の男性が狙っているのを見ていられなくて、稲葉が連れ帰ったとしか思えなかった。
二人が出て行ってしまった後、残ったメンバーで誘ったことを後悔していたのだ。

「心配したのは間違いないけど、付き合ってるからじゃないから」
「いいのよ、隠さなくっても。あたしは稲葉君のこと、ちょっといいかなって思っただけだから。可愛い後輩の彼氏を取ったりするような、小悪魔じゃないわよ」

「じゃあね」と理子は行ってしまった。
───あ〜ぁ、完全にあたしと稲葉が付き合ってるって思ってるわよね。

あの後は彼の『安心しろ、俺がちゃんと送ってやるから』の言葉通り、あたしの家まで送り届けてもらった。
もちろんそれだけで、稲葉との間には何もない。

でも、困ったなぁ…理子のことだから、絶対みんなにしゃべっちゃうに違いないんだもん。
迷惑だろうな、稲葉。
はぁ…ぁ…。
後で話しておかないと…。
厄介なことになったなと思う、祐里香だった。



「祐里香さん」

あたしが給湯室でコーヒーを入れていると、真紀ちゃんが入って来た。

「真紀ちゃんも、休憩?」
「はい」

彼女は棚にストックしていたティーパックを取り出して、紅茶を入れる。

「祐里香さん、稲葉さんとお付き合いしていたんですね」
「え…」

どうしてそれを…。
───まさか…もう、そんな噂が出回っているんじゃないでしょうねぇ…。

「噂になってますよ。稲葉さんとお付き合いしてるって」
「噂?」

───あちゃー。
理子ったら、もうっ!口が早いんだからっ。

「はい。お似合いのカップルだって」
「何、それ。お似合いも何もないの。あたし達、付き合ってなんかないんだから」
「え、ほんとですか?」

「そうなんですかぁ…」とまぁ、妙にガッカリしている真紀ちゃんにこっちの方が悪い気になってくる。
───そんなにガッカリすることでも、ないでしょうに…。

「うん。金曜日に合コンに誘われて行ったんだけど、その時、稲葉も連れて来て欲しいって言われて一緒に行ったのよ。あたし、あんまりお酒が飲めないのに周りの人に飲まされて、それを稲葉が助けてくれたって言うか、お店から連れ出してくれたの。それで、誤解されちゃったみたい」
「稲葉さん、祐里香さんのことが、心配だったんですね」
「心配とか、そういうことは、あんまり思ってないと思うんだけど」

稲葉がそこまで考えていてくれたかどうかは、わからない。
彼は、誰にでも優しいし。

「そんなことないですって。稲葉さんが合コンに行ったっていうだけでも、祐里香さんがいたからですよ」

『好きじゃないけど、時と場合にもよるな』とか言ってたけど、あたしがいたからっていうのは絶対違うと思うのよね。

「せっかくですから、きちんとお付き合いした方がいいですよ。後で後悔しても、遅いんですからね」
「真紀ちゃんって、積極的よね」
「祐里香さんが、気付いてないだけです」

───え…。
真紀ちゃん、顔に似合わず言うわねぇ…。
でも、真紀ちゃんが好きになるのってどういう人なのかしら?
あの感じだと、自分から告白するタイプなのね。
ということは、相手はあたしと同じで奥手と言うか、鈍感と言うか…。
まぁ、あんなに可愛い子に迫られて嫌と言える男はいないでしょう。

その前に、早いとこ噂のことを稲葉に言っておかないと。

+++

午後3時を過ぎて急ぎの仕事に巻き込まれてしまったあたしは、稲葉と話をすることもできずにパソコンの前に釘付け状態になっていた。

───月曜日から、残業なんて…。
これじゃあ、帰りが遅くなっちゃうわ。

長丁場を覚悟して、あたしは食料の調達に出掛けることにした。
やっぱり、プリンは外せないわね。
席を立とうと思った矢先、稲葉に声を掛けられた。

「残業か?」
「うん。今日中に資料を作らなきゃならなくなって。水曜日くらいまでって、言われてたんだけど」
「そうか」

「はい、これ」と彼に渡されたのは、白いビニール袋。

「何?」
「売店で買って来たから、たいしたもんじゃないけど」

袋の中を見ると、サンドイッチとプリンが3つ。
気を利かせて、買って来てくれたのだろう。
でも、なんでプリンが3つなの!?

「わざわざ、ありがと」
「ついでだから」
「でも、何でプリンが3つなの?」
「お前、プリン好きなんだろ」
「好きだけど、いくらなんでも3つも食べないわよ」
「新井なら、それくらい普通に食べるんじゃないかと思って」
「失礼ね」

───もらっておきながら文句を言うのもなんだけど、3つも食べる女に思われてたわけ?

「はい、これ。1つあげる」
「いいよ」
「いいから。これ、売店のだからって、侮れないのよ。美味しいから、食べてみて。嫌い?プリン」
「好きだよ」

プリンが好きって言われただけなのに、なんだか変な気分…。
もちろん、稲葉は祐里香への想いを掛けていたのだけれど…。

「じゃあ、食べて」
「ありがとう」
「稲葉にもらったのに、お礼もおかしな話ね。そうだ、あたし達が付き合ってるって噂が流れてるみたいだけど、ごめんね。違うって言ったんだけど、理子が勝手に思い込んじゃって」
「いや、俺は気にしてないから」
「なら、いいんだけど」

稲葉も周りの人達に同じようなことを聞かれていたのだが、彼は祐里香と付き合っているという噂を否定していなかったとは…。
そんなこととは露知らず、ありがたく彼にもらったプリンをいただく祐里香だった。


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