「先生、綾葉をよろしくお願いしますね。この子ったら、朝からはしゃいじゃって」と半ば呆れたように話す母親の後ろから、「お母さんったら、余計なこと言わないで」という綾葉の少し怒った声が聞こえる。
誘った花火大会にこれから出掛ける予定だが、帰りが遅くなるということもあって彼女の家まで迎えに来た永遠。
この歳になって、彼女の家まで迎えに来てこうやって待っている心境というのはなんとも微妙なもの。
「先生、お待たせしました」
「どうですか?似合います?」と、浴衣姿でちょっぴりはにかんだ表情の綾葉。
明るい花柄は若い彼女にとてもよく合っていて、永遠は思わず見惚れてしまった。
「よく似合ってるよ」
「本当ですか?」
似合っていなかったらどうしよう、そう思っていた綾葉の顔はパッと明るくなる。
永遠にしてみれば、そんな笑顔を見せられた方が困るわけで…。
そっと二人を側で見ていた母は、自分にも見せないような笑顔を見せる相手ができた娘がほんの少しだけ遠くに行ってしまったような気がしていた。
駅に着いても電車に乗っても、周りは浴衣を来た女性を連れたカップルが多く、綾葉と永遠と同じように今夜は同じ花火大会を見に行くのだろう。
それでも綾葉が一番可愛いと思ってしまうのは、やはり惚れた欲目なのか…。
「大丈夫か?」
「なんとか。やっぱり下駄って履きなれないせいか、歩きにくいですね」
河川敷を慣れない履物で歩くのは辛い。
彼女に合わせてゆっくり歩いていたつもりだったが、人込みを避けながらつい先を急いでしまったようだ。
「ほら」
「え?」
突然、差し出された腕に戸惑う綾葉。
「捕まった方が楽だろう?それに迷子になるといけないし」
「迷子…ですか?」
クスクスと笑い出す綾葉に『なんか変なこと言ったか?』と、心の中で呟きながら首を傾げる永遠。
「嫌ならいいんだけど」
「そっ、そんなこと。でも、いいんですか?」
「いいよ。ほら」
もう一度、腕を前に差し出されて綾葉は永遠の腕にそっと自分の手を添える。
お互いの温もりを感じながら、でも何を話していいかわからなくて…。
そんな時に目に入ったのが、道の両側に並んでいる屋台。
ふと、子供の頃、夏休みに田舎の祖父母の家に遊びに行った時に連れて行ってもらったお祭りを思い出す。
───そう言えば、姉貴は綿あめが好きだったなぁ。
いっつも、綿あめの屋台の前で棒を回しているおじさんの姿を見ていたな。
でも、彼女はどうなんだろう?プリンが好きってことは、もしかして…。
「何か、食べる?綿あめとか」
「えっ、綿あめ?」
まだ、陽が落ちていない時間帯だったから、彼女の表情はしっかり確認できる。
姉の祐里香と同じ目を輝かせている綾葉は、恐らく好きなんだろう。
近くの店の前に行き、おじさんに一つ下さいと言うと威勢のいい声が返って来た。
「わぁ、これっておもしろいですよね。棒をクルクルってすると、何で雲みたいになっちゃうんでしょう。いくら見ていても、飽きないんです。それで私、小さい時にお祭りに連れて行ってもらったんですけど、この機械がどうしても欲しくって、お父さんにねだったことがあるんです。そうしたら、仕方なくおもちゃみたいのを買ってくれたんですけど。そんなんじゃないーって、駄々捏ねて」
「困らせたんですよ」と話す綾葉は、懐かしそうにでも、今もその思いは変わっていないように永遠には思えた。
「君のお父さんでも買ってあげられなかったんだから俺には到底無理だけど、こうやって連れて来てあげることはできるかな」
…それは、今回だけじゃないってことですか?
そうだったら、どんなに嬉しいか…。
先生といつまでも、こうして来られたらいいな。
「先生」
「はい、これ」
綿あめの入った袋を綾葉に渡すと、「ありがとうございます」とニッコリと微笑んでそれを受け取る。
そろそろ花火が打ち上げられる時間、空いていた場所に二人は座って見ることにするが、それでは綾葉のせっかくの浴衣が汚れてしまう。
永遠はポケットからハンカチを取り出すと草の上に敷いた。
「先生、いいですよ。ハンカチ、汚れちゃいます。自分のがありますから」
「気にしないでいいよ」
「でも…」
「俺はジーンズだから平気」
腕を組んでいた綾葉は、とっとと座ってしまった永遠につられるようにして用意してくれたハンカチの上に腰を下ろした。
同時に花火大会の開始を告げる一発目の花火が打ち上げられた。
ヒュ〜〜〜
ドーーッン
バリバリバリーーー
色とりどりの大輪の花が、夜空に舞い散る。
夏の風物詩とはいえ、最近ではめっきり足が遠のいてしまったように思う。
あまりの綺麗さに、二人はただ無言で夜空を見上げていた。
「綺麗ですね、先生」
「あぁ」
どれくらい見入っていたのだろうか?
永遠の肩に凭れ掛かるようにして夜空を見つめている綾葉に自分の頬を寄せる。
一緒にいる時間が長くなればなるほど、彼女への想いはどんどん大きくなっていくような気がした。
受験はこれからだし、永遠のできる限り彼女の能力を最大限に伸ばして悔いのない高校生活を送って欲しい。
だから、ここで気持ちを言葉にしてはいけないと思う。
思うけど…。
「せんせ…」
抑えられなかった。
いけないとわかっていても…。
気付いたら、綾葉の唇に自分のそれを重ねていた。
瞬間、彼女の体がビクッと反応したが、怖がらせないよう優しく啄ばむように…。
「君が好きだ」
「先生」
困ったような表情に、言ってはいけないことを言ってしまった罪悪感に駆られる。
「私も…先生が好きです」
ちょうど打ち上げられた花火の音に危うく掻き消されてしまうところだったが、確かに彼女は自分を『好き』と…。
「本当?俺のこと」
「はい。先生が好きです、初めて逢った時から」
恥ずかしさから、すぐに俯いてしまった彼女にもう一度くちづける。
二人を祝福するかのように大きな花が夜空に咲き乱れていた。
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