永遠(えいと)の恋
story14


───言ってしまった…。

永遠はそう声にならない声で呟きながら、自分の部屋のベッドに仰向けになって薄暗い天井を見つめる。

『君が好きだ』

いつかは口にしたかもしれない言葉だったが、この大切な時期に彼女の気持ちを惑わすようなことにならなければいいが…。
綾葉の父親が今週いっぱい夏休みということもあって、勉強は一時中断。
今頃は家族揃って軽井沢の別荘に行っているはず、なんとも贅沢な話である。
それに比べて永遠と言えば…真剣に考えていると言うのにさっきから視界を黒い影がチラついて邪魔をする。

「あっ、姉貴っ!何でここに。っつうか、いつの間に部屋に入って来たんだよ」

慌てて、永遠は跳ね起きた。
ベットがその弾みで、上下に揺れる。
一体、姉はいつの間に部屋に入ってきたのか…。
視界をチラついていた黒い影は、どうやら祐里香がかざした手だったらしい。

「あら。さっきから何度もドアをノックしたのに返事がないから、心配して入って来たんじゃない」
「だからって、勝手に弟の部屋に入って来るなよ。それより、何で」

心の奥を見透かされそうで、永遠は祐里香と目を合わせることができない。
それでも、姉は相変わらずの美しさ。
こうして会うのも、あの水族館ダブルデート?!以来だろうか?
平日のこの時間になぜここにいるのかと尋ねると、会社がこの週末から夏休みに入ったという返事が。
どこも一斉に休みなんだろう、彼氏である航貴はお盆で田舎に行っているから暇なんだと。

「どうしたの?電気も点けないで。何かあった?」

───あったと言えば、あった。
それは姉が心配するようなことではなく、むしろ聞けば喜んでくれるに違いない。
ただ、それを面と向かって話すのは、なんとなく恥ずかしいけれど…。

「あのさ、俺」

永遠は立ち上がると、壁のスイッチを押して明かりを点ける。
一瞬、眩しさの中に浮かび上がる祐里香に目を奪われたが、すぐに視線を別のところへ持っていく。

「綾葉ちゃんに言ったんだって?」
「えっ」

ニコニコと微笑みながら永遠を見つめる祐里香。
どうやら姉は、既に二人のことを知っているようだが…。

───あっ、彼女か。
恐らく、綾葉が祐里香に話したのだろう。
まぁ、自分の口から話すよりは彼女から言ってくれた方が、永遠にとっては都合がいいのかもしれないけれど…。

「何よ。やるじゃない」
「いや。言って良かったのかなってさ」
「それって、後悔してるってこと?」

祐里香としては永遠がこんなにも早く自分の気持ちを彼女に告げるとは思っていなかったが、それだけ想いが強かったのだろうと喜んでいたのにこの歯切れの悪い言い方は何なのか。

「違うよ、時期の問題。内部進学とは言っても彼女は受験生、俺はその家庭教師だっていうのに」
「何だ、そんなこと」
「そんなことってなぁ」

姉の無愛想な反応に拍子抜けというか、永遠なりに悩んでいるというのにちょっと冷たいのでは。
両手を後ろに突いて、足をバタバタしながらベッドの端に腰掛けている祐里香を呆れ顔で見つめるしかない。

「綾葉ちゃん、すっごい嬉しそうだった。先生から見れば私なんか子供だし、絶対そういう対象にはならないと思ってたんです。夢みたいって」

綾葉は、余程嬉しかったのだろう。
その夜すぐ祐里香のところへ電話を掛けてきて、なのに肝心な部分はなかなか言い出せなくて…。
それが、とっても可愛かった。
大人の恋とは少し違う、初々しさというか、ピュアな想い。
水族館で偶然会ってからというもの、祐里香は綾葉と毎日のようにメールのやり取りをしていたが、その時は『先生に勉強を教えてもっている時間がすごく幸せで、それだけでも私は十分なんです』と言っていた彼女の健気さになんとかその気持ちが永遠に届いて欲しいと。
だから、永遠が何も悩むことなんてないし、辛い恋をしながら勉強するよりもむしろ綾葉にとってはいいと思う。
今まで通りの教え方ができれば、恋人同士になったことでは恐らく何も変わらない。
後は永遠が可愛い彼女を前にして、どこまで耐えられるかという方が問題なのではないだろうか?

「永遠がどれだけ耐えるかでしょ?好きな子を前にしてね」
「俺はそんなやつじゃ───」
「ないって、言い切れる?綾葉ちゃん、可愛いもんねぇ」
「うぅっ…」

なんだか、話が逸れているような気もしないでもないが…。
あの日からまだ勉強をみていないのでどうなのか、永遠にもわからない。
ただ言えるのは、かなり頑張らなければいけないということかも…。

「綾葉ちゃんを泣かせるようなことだけはしないでね」
「わかってるよ」

「そうだった。あたし、夕飯の支度が出来てるからって呼びに来たのにお母さんに怒られちゃうわ」と言いながら、祐里香は部屋を出て行った。
閉まるドアを見つめながら…。

───いつものようにポーカーフェイスを装えるだろうか…。

+++

春から綾葉と一週間会わないということがなかった永遠には、この時間はとんでもなく長いものに感じられた。
もちろん、その間電話もメールもやり取りしていたが、やっぱり顔を見て話したい。

「先生、こんにちは」
「こんにちは」

緩みそうになった顔をぐっと引き締める。
想いを言葉にしてしまったら、どんどん溢れ出してくるから不思議だった。
永遠は、今まで一度だってこんな恋をしたことがない。

「先生、これお土産です。手作りのジャムなんですけど、お口に合うかどうか」
「ありがとう。気を使うことなんてなかったのに」

ビンに入ったブルーベリーにイチゴ、そしてりんごジャム。
夏休みだからとどこにも行かずに家で読書と、綾葉の勉強に使う問題を作って終わった永遠には彼女に渡すお土産もないというのに。

「これ、すっごく美味しいんです。だから、先生にも是非食べて欲しくって」

───そういう可愛いことを言わないでくれ…。
綾葉は気付いていないかもしれないが、そのひと言が永遠を喜ばせていることを。

「先生?」
「ごめん、ほんの少しだけ」

そっと抱きしめて、彼女の感触を確かめる。
柔らかくてほんのり甘い香り、艶やかな唇に掠めるようにキスするとピンク色に頬を染めた。

「逢いたかった」

囁くように言うと小さな声で「私も先生に逢いたかったです」と返す綾葉に永遠はもう一度くちづける。

そんな時、紅茶とケーキを持ってきた母は開け掛けたドアを静かに閉めると、振り返ってふっと微笑んだ。


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