街はすっかり秋の気配、耳を傾ければ微かに冬の足音が聞こえてきそう。
───大丈夫かな。
永遠は、腕時計に何度も目を向けながら心の中でそう呟いた。
これって、綾葉の家庭教師を引き受けてから初めての試験でも、同じことをしていたなと懐かしく思ったり。
しかし、あの時の思いと決定的に違うのは、ちょうど今、彼女は大学の内部推薦入学試験の真っ最中だったから。
この日のために二人三脚で頑張ってきたのだから、必ず合格すると信じている。
ただ、内部推薦とはいっても、不合格になる場合が多々あるらしいということ。
それだけ甘くはないということだが、彼女に大学入試を勧めたのも自分だし、何とか合格して欲しい、そう願うだけだった。
「よっ、永遠。どうした?そんなマジな顔して、時計に穴が開きそうだぞ?」
「あれ?これって、前にも同じようなことを言った気がするな」と、拡は永遠の隣の椅子にいつものように座る。
「ちょうど今、彼女が大学の内部推薦入学試験を受けているところなんだ」
「綾葉ちゃんの?」
その後ろからは瞳が付いて来て、お水のバイトを辞めたからか、好きな人と一緒に暮らし始めたからか、顔色もいいし、気のせいかなんだか少しふっくらしたような…。
「あぁ」
「心配しなくても大丈夫よ。永遠が教えたんでしょ?」
「俺が教えたって、合格するとは限らないさ」
いくら、日本で最高峰の大学院に通っている永遠が教えたからといっても、合格できるものじゃない。
そりゃあ、本人も努力はしていたが、運なんてどっちに転ぶかわからないのだし…。
「そんなことないわよ。そんじょそこらの家庭教師と違うでしょ?永遠には、愛があるんだから」
「おうっ、そうだな。愛より強いものなんて、この世にないんだからなぁ」
───愛なんて、大きな声で言わないでくれ。
大体、二人に言われるのはどうなんだ?
あれだけ人に心配させておいて、くっ付いた途端これだもんな。
「それで、合格できればいいけど」
今はどんな励ましの言葉を掛けられても、確信なんて持つことはできない。
永遠はもう一度腕時計に目を向けて、小さく溜め息を吐いた。
◇
午後の講義の合間に携帯をチェックすると、着信メールが1件。
───綾葉からだ。
急いで開いて見ると、試験が終わったという内容。
『先生。たった今、試験が終わりました。ちょっと難しかったですけど、なんとか全部解けました。発表は3日後ですが、合格してもダメでも会ってもらえますか?』
一応、綾葉の家庭教師を務めるのは大学合格までという話だったが、もしもの場合は一般入試に向け、お正月返上で猛勉強しなければならないし、無事合格できれば最後の卒業試験までの勉強をみるということにしていた。
いずれにしても、結果次第。
その時は、最高の笑顔を見せてもらいたい。
永遠は返事を返すと、祈る気持ちで携帯を閉じた。
+++
それからの数日というもの、気が付けば永遠は彼女のことばかり考えていた。
絶対大丈夫だと思っていながらも、もしかして…という最悪のシナリオも頭から離れない。
彼女自身が一番大変だったと思うが、ダメだった場合はなんと声を掛けてあげればいいのだろう…。
待ち合わせのカフェに30分以上早く着いてしまった永遠は何度もコーヒーをお替りして、落ち着かない心を静めるのに賢明だった。
「先生、お待たせしてすみません」
紺色のブレザーにチェックのプリーツスカートという制服姿の綾葉は、相変わらずの可愛らしさ。
試験前日に顔を合わせて以来、4日ぶりだったが、もっと長い間会っていなかったような、それくらい時間が過ぎているような気がした。
その表情からは合格だったのか、そうでなかったのかは判断できなかったが、きっといい結果を持って来てくれたに違いない。
「好きなものを頼んでいいよ」
「ほんとですか?じゃあ」
「プリン?」
「はいっ」
元気よく答えた綾葉に、今日は何で会う約束をしたんだっけ?と永遠は錯覚してしまうくらい。
早く結果を聞きたいのは山山だったが、急かさず彼女から話してくれるのを待つことにした。
「先生」
「ん?」
頼んだプリンを一口食べた後、「あの、これ」と彼女がカバンから取り出したのはA4サイズの封筒で、表には麗泉女子大学と印刷されている。
言葉で言ってくれるものとばかり思っていたが、どうやらこれを見て欲しいらしい。
まるで、自分が受験して発表を見る気分の永遠だったが、ここはしっかりと中身を確かめなければ。
受け取るとゆっくり、中に入っていた書類を取り出して、その文字を確かめるようにたどる。
「おめでとう」
「ありがとうございます。先生のおかげです。なんて、お礼を言ったらいいか」
急にホッとしたのか、それとも肩の荷が下りたのか、綾葉の目が潤む。
綾葉にとっては合格した嬉しさよりも、家庭教師である永遠への感謝の気持ちの方が大きかったのだろう。
「どうした?合格したんだから、もっと嬉しそうな顔しないと。っていうか、俺はそれを期待していたんだけどな」
永遠の手が綾葉の頬に触れる。
温かくて、大きな手。
全てを包み込んでくれる優しさが、今の綾葉には何よりも嬉しい。
「私、幸せ過ぎて怖いんです」
「大学に合格したのは綾葉の努力なんだから、何も怖がることなんてない」
「でも、先生とこうして」
好きって言ってもらえたのが夢みたいで未だに現実だと思えないのは、子供の自分が本当に先生の隣にいてもいいのかどうか。
「好きだって、言っただろう?信じられない?俺の言葉」
黙って首を左右に振る綾葉。
それでも、表情からは不安の色は消えていない。
───どうすれば、俺の想いを受け取ってくれるんだ。
「クリスマス、一緒に過ごそう。できれば、泊まりで」
「えっ」
気付けば、もうそんな季節。
好きな人と過ごす聖夜、憧れだったけど…。
…でも、泊まりなんて。
「その前にきちんとご両親に挨拶するよ。それで、許してもらえたらの話だけど」
高校生の綾葉を泊まりで誘うのはどうかとも思うが、これを機に両親にもきちんと交際を認めてもらい一歩先に進みたい。
もちろん、綾葉が承諾してくれることが大前提だが…。
「いいんですか?」
「それは、俺が聞いてるんだけどねぇ」
永遠に顔を近付けられて真っ赤になる綾葉だったが、小さく頷くその表情はやっといつもの彼女に戻ったようだ。
あとは、両親への挨拶か…。
まるで結婚するみたいだなと思いつつも、自分で言った言葉の重みを切に感じる永遠だった。
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