永遠は綾葉との旅行のことをまず母親に話したのだが、これがあまりにもあっさり承諾されて逆に困ってしまうくらい。
高校生の娘を男と外泊させるということに普通親であれば快く思わないはず、それが違ったのは永遠の誠実な態度に母親は彼をとても気に入っていたから。
初めから二人を見てそうなるだろう予測はあったし、恋と勉強をきっちり両立させて、短大で十分とばかり思っていたところを大学にまで合格させてくれたのだから、親としては何も問題ない。
ただ、そんなことはまるで知らない父親にはもう少し黙っておいた方がいいという結論になり、この話は3人だけの秘密となった。
「お母さんが、あんなにすぐに許してくれるとは思わなかったな」
今日は、彼女を連れての久し振りのデートである。
そろそろコートが欲しくなる季節になっていたが、よく晴れた昼下がり、二人はしっかり手を繋いで紅やオレンジに染まる街路樹の下を歩いていた。
年明けに一般入試を控えた学生よりも一足先に無事合格した綾葉は卒業を待つだけ、勉強もさほど身を入れる必要もない。
以前、永遠がブックセンターで見掛けた彼女の友人達も全員短大と大学に合格が決まり、後は残り少ない高校生活を有意義に過ごすための時間に費やしていた。
それにしても、泊まりは無理でも食事に誘うくらいはなんとか許可されると思っていたが、実際それがOKとなると微妙な気も…。
「お母さんは、先生のことがお気に入りですからね。でも、すっごく嬉しいです。先生と過ごす、クリスマス」
見上げる彼女の表情は全てのことから開放されたこともあって、本当にすっきり爽やか。
何より自分と過ごすクリスマスをこんなに喜んでくれるなら、言うことはない。
「どこに行きたい?誘っておいてなんだけど、特に決めてないんだよ」
女の子が好みそうな場所がどこなのか?そういうことにはてんで無関心だった永遠は、瞳や姉の祐里香に聞いてみたものの、それぞれ勝手なことを言うものだから結局本人に聞くしかない。
「私は、先生と一緒ならどこでもいいんです」
素直な綾葉の気持ち。
今は、好きな人と一緒にいられるだけで十分だから。
「それが、一番困るんだけど」
───可愛いこと、言ってくれるよな。
それに比べて瞳なんか、世界初の6つ星にランクされた超高級ホテルに泊まりたいだの、姉の祐里香などはオーストラリアで夏のクリスマスなんて意味のないことを言って、そんなの自分の彼氏にしてもらえって言うんだよ。
俺はもっと、静かに二人で過ごしたいんだ。
「先生?スキーをやったことは、ありますか?」
「スキー?」
これでも海林に通っていた6年間は毎年一週間、冬になると行かされていたからできないことはないが、大学に入ってからは数回行った程度。
最近なんてめっきり寒い所は苦手になってしまっていたから、体がゆうことをきくかどうか…。
───俺は、オヤジか…。
「まぁ、やったことはあるけど」
「私、スキーをやったことがないから、一度でいいからやってみたいんです。それに、クリスマスはやっぱり雪ですよね」
彼女に可愛く『やってみたいんです』って言われたら、断れないだろう?
「わかった。じゃあ、ちょっと探してみようか」
「はい」
二人は旅行会社に行って、どこかいいところがないか探してみることにした。
+++
それから少しして永遠が家に帰ると、久し振りの透き通る聞き知った声が出迎えた。
「ただいま」
「お帰り、早かったのね」
「げっ、何で姉貴が…」
───ん?これって、前にもあったよな。
たった今まで、彼女と過ごすクリスマスのスキー旅行の詳細を決めるために逢っていたのだが、こんな休みの日に実家に帰ってるなんて、彼氏はまた仕事なのか?
リビングのソファーにくつろいで、テレビを見ている祐里香。
「永遠。姉に向かって、げっはないでしょ?いつも言ってるのに」
不満気な祐里香を他所に永遠はそっと耳を澄ますと、キッチンからはトントントンとリズミカルな包丁の音が聞こえていたから、今日は母親はいるらしい。
「あっ、そうだ。姉貴、いいところに帰って来たよ。あのさ───」
「ねぇ、綾葉ちゃんとスキーに行くんだって?泊まりで」
「え…」
───何で、姉貴がそれを…。
あぁ〜彼女が話したのか。
仲がいいのはわかるけど、ちょっと何でも話し過ぎじゃないか?
永遠はクリスマスのスキーの話より、その時渡すプレゼントを何にすればいいか、それを聞くつもりだったのに…。
「聞いたわよ、綾葉ちゃんに」
「だったら、わざわざ俺に確認することないだろ」
斜向かいのワンシーターのソファーに永遠は腰掛けると、さっとブラックジーンズの長い足を組む。
視線はテレビに向けていたが、視界の端に祐里香の影を感じた。
「ちゃんと、綾葉ちゃんのお母さんにも許可を得たんですって?嬉しそうに言ってたわよ?先生が、とっても素敵でしたって」
「嘘ついてまで、行きたいとは思わないから」
…こういうところは、誰に似たのかしら?
しっかりした弟に感心する祐里香。
「それだけの覚悟があるんだったら、あたしも応援してあげる。そうそう忘れるところだったけど、航貴がね、少し早いけど永遠にクリスマスのプレゼントだって」
「プレゼント?」
───何だろう?
プレゼントなんて…。
祐里香が思い出したようにトートバックから取り出したのは、小さな箱でご丁寧にリボンまで付けて綺麗にラッピングされていた。
「稲葉さん、何で俺に?」
「まぁ、いいじゃない。せっかくだから、もらっておきなさいよ」
なんか引っ掛かるなぁと思いつつも、手渡されて「開けてみたら?」という祐里香にそっと包みを開けると…。
「なっ」
───何で、こんなもん!
そりゃぁ、ないよりあった方がいいと思うけどさ。
俺が姉貴にあげた誕生日プレゼントのお返しかよ。
「あたしも、もらって助かったからねぇ」
意味深に言いながら、クスクスと笑いを堪えている祐里香。
一応、女なんだから平気でそういうこと、口にしないで欲しい。
「ありがたく頂戴するよ。稲葉さんに、よろしく言っておいて」
もう一度包みの中を確認して、永遠は溜め息を吐いた。
そのつもりで彼女を泊まりで誘ったけれど、これを見ると妙にリアルに感じる。
だいたい、彼女はそれをわかってて、受け入れてくれたのだろうか?
「祐里ちゃん、永遠も帰ってるんでしょ?ご飯にしましょう」という母親の声に永遠は慌ててそれをお尻のポケットに突っ込んだ。
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