街には木枯らしが吹き始め、もうすぐ恋人達の季節がやって来る。
わくわく、ドキドキ、綾葉は待ち遠しく思いながらも、彼と初めて過ごすクリスマスに期待と不安でいっぱいだった。
「綾葉ちゃん、お待たせ」
「いえ。祐里香さん、お忙しかったのにごめんなさい」
「そんなことないわよ」と彼氏である永遠の姉の祐里香は、優しく微笑んだ。
今日は土曜日、仕事が休みの祐里香とクリスマスに向けてのショッピングに来ていた綾葉。
待ち合わせの駅で一人先に待っていたがが、遠くからでも一瞬で見つけられるほど、彼氏の姉は美しい。
「随分遅くなっちゃったけど、改めて大学合格おめでとう」
発表の日に電話ですぐ連絡を受けていた祐里香だったが、最近バタバタしていて、こうやってきちんと会っておめでとうを言うのは今頃になってしまったのだ。
「ありがとうございます。先生のおかげで、合格できました」
「ううん。それは、綾葉ちゃんの頑張りの成果でしょ?」
「いいえ。私一人では多分、合格できなかったと思います」
祐里香も弟を誉めないわけでもないが、彼女の努力が大きかったことは間違いないから。
ショッピングの前に空いたお腹を満たすために、二人は飲茶専門店に入ることにする。
すっごく広い店内に飲茶を載せたワゴンを押した店員さんが忙しく行き交っているのが見える。
何十種類もある中から選ぶスタイルは、本場の味を楽しめると今大人気のお店だった。
どこかの結婚式場みたいにたくさん並んでいる大きな丸いテーブルに祐里香と綾葉は並んで腰掛けた。
「そうそう、これね。合格のお祝いと、少し早いクリスマスプレゼント。一緒で、ごめんね」
「そっそんな、気を使わないで下さい」
手を顔の前でブルブルと振る綾葉の前に差し出されたのは、綺麗にラツピングされた薄い箱。
「大したものじゃないんだけど、綾葉ちゃんに似合うかな」
「ありがとうございます。開けても、いいですか?」
「あっ、ちょっとここでは…。それは、家に帰ってから見てね。あと、是非永遠と行くスキーに持って行って欲しいなぁなんて」
ここで開けちゃダメで、スキーに持って行く物とは何だろう?
『似合うかな』という言葉から、恐らく身に着けるものではあるのかなと思うけど…。
楽しみに家に帰って綾葉がどれだけ驚いたことかは、後ほどご報告することに。
+++
青空ではあったが、空気が透き通るくらい澄んでいて、吐く息だけが白く見えるそんな小春日和。
楽しみにしていたお泊り旅行、そして二人っきりのクリスマス。
「先生、綾葉をよろしくお願いしますね」
「はい。安全運転で、怪我のないように行って来ます」
綾葉の母はこんなふうに真面目に応える永遠がお気に入りで、すぐにでも息子になってくれたら、なんて思ったり。
こんなところは、まだ父親には見せられなかったけれど…。
「お父さんには学校のお友達とスキーに行くって言っておいたから、大丈夫よ」
「すみません。なんだか、ご迷惑をお掛けしたようで」
申し訳なさそうな永遠に「いいのよ」と笑顔を向ける母に感謝しつつ、二人は白銀の世界へと向かう。
今回は、永遠が家の車を運転しての初めてのドライブでもあった。
半端丈のパンツにカジュアルなブーツを合わせ、ダウンジャケットを羽織った綾葉はとても可愛らしい。
外まで見送ってくれた母が見えなくなるまで手を振ると、車という密室に二人っきりがなんだかちょっぴり恥ずかしくもあったりして。
「先生、何か話して下さい」
「ん?その前に先生はもう、やめにしないか?俺達、恋人同士なんだし。これを周りにいる人が聞くと疑われそうな気がする」
先生とはいっても永遠は家庭教師であって学校の教師ではないから、まだ高校生の彼女を連れて旅行に行っても、もちろん親の承諾も得ているわけだが、他人が聞けばかなり怪しい関係に思うだろう。
「ごめんなさい。つい、慣れてしまって」
「ちょっと、練習してみようか」
「えっ、練習?」
いつまでも先生はと思っていても、呼ばれるだけでドキドキしてしまうのに自分から呼ぶなんて…とても無理。
「そう、練習」
平然と言い切る永遠に、困り果てた顔の綾葉。
そんなつもりはなかったが、永遠としては少し寂しかったりもする。
───俺の名前を呼ぶの、そんなに嫌なのか?
「えっと…永遠…さん?」
俯きながら本当に小さな声で、前の車が鳴らしたクラクションに危うく掻き消されてしまいそうだったが確かにこの耳に。
それでも、もっと呼んで欲しくてワザと聞こえないフリをする。
「ごめん、よく聞こえなかった。もう一回、言ってくれる?」
「え…」
「ほら」と言われて綾葉はもう一度、さっきよりほんのちょっと大きな声で「永遠さん」と。
それだけでもめちゃめちゃ嬉しかった永遠は、赤信号で止まったことをいいことに神業のようなキスのお返しを。
あまりの素早さに一瞬気付かなかった綾葉が、みるみる頬を真っ赤に染めたことは言うまでもなかったが、行きからこれでは永遠の方が身が持たないかも…。
車を走らせ、目的地は一番近くて行きやすいスキー場。
近い分、雪が降っているかどうか微妙なところだったが、数日前から寒気が入り本格的に降り出したと天気予報で言っていた。
「うわぁっ、真っ白」
トンネルを抜けるとそこは、一面真っ白な銀世界。
雪は止んで、キラキラと宝石のように輝いて見えた。
スキーが初めての綾葉には、都会でも雪は降るものの、こんなにたくさんの雪を見るのは珍しいのだろう。
車の窓に顔を貼り付けるようにして見ている彼女の目は、雪以上にキラキラと輝いていた。
選んだのは、クリスマスにはなかなか予約が取れないと言われる人気のホテル。
彼女のために永遠が知り合いに頼み込んで、ようやく取ってもらったのだ。
今までだったら人に頼み込んでまで彼女のためにホテルを予約するようなことは絶対なかったが、人間変われば変わるもの。
これを自分が一番驚いているのも確かだった。
お昼前に着いて、早速二人はウェアに着替えると銀世界の中へと飛び込んで行く。
初心者の綾葉には全てが初めて尽くしだったから、滑る楽しみというよりは雪と戯れると言った方がマッチしているかもしれない。
スキー場の端っこで、雪だるまなんて作ったりしている。
「先生」
「こら、さっき言ったばかりなのに」
また、先生と呼んでしまった綾葉の小さな可愛らしい鼻に永遠は軽く人差し指で触れる。
雪を見て興奮気味の彼女には、名前を呼ぶなんてことはすっかり頭の中から消えていたようだ。
「えっと、永遠さん。雪合戦しましょ」
「あ?雪合戦…」
この歳でというか、二人で雪合戦もないのでは…。
とは思ったが、彼女に『しましょ』なんて可愛く言われれば、今の永遠なら素直に『はい』と言ってしまう。
そんな側から綾葉は雪を手に取ると丸め始めて、いきなり永遠に投げつける。
「痛っ、こらっ綾葉」
「痛い」と叫ぶ永遠を追い掛け、綾葉は雪を思いっきり投げる。
この姿はまるで将来の上下関係を表しているような、いないような…。
「先生っ」
「だから、先生じゃなっ――もう、降参っ…綾葉っ…」
若いって、スゴイ。
感心している場合ではないが、現役高校生には永遠も敵わない。
元々彼女は運動神経が良かったのだろう、雪に足を取られつつも追い掛けて来る。
そろそろ二十代半ばに差し掛かろうとしている永遠は、既に体が重いというのに…。
「こらっ、綾葉っ」
これ以上、やられっぱなしというのも…。
永遠も反撃とばかりに綾葉の腰に腕を回して捕まえるが、勢いでそのまま二人は雪の中へ倒れ込んでしまった。
息が荒い綾葉のすぐ目の前に、永遠の顔がある。
「まったく、ここは雪合戦をするところじゃないんだから」
怒った口調だけど、顔は全然怒っていない。
むしろ、嬉しそうと言った方が当たっているかも。
「だって、せん…永遠さんと雪合戦がしたかったんです」
「そっか」
軽く啄ばむように永遠は綾葉の額と鼻の頭にくちづけると、的を絞って唇へ。
「せっ…ぁっ…んっ…」
冷たい雪も、二人の愛が溶かしていく。
これからの甘い時間まで…。
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