永遠(えいと)の恋
story6


「お前なぁ…」

永遠は呆れて、これ以上先の言葉が出てこない。
ここは食堂ではなかったが、キャンパス内のベンチを独り占めしている瞳は昨日もお水のバイトで飲み過ぎたのだろう、若い女性が明るい時間からこんなにダラけてどうするんだ。

「あぁ、永遠」
「あぁ、じゃないだろ」

会う度にこれが挨拶っていうのは、どうなのか?
脇のかろうじて空いていた場所に永遠は、申し訳なさそうに腰を下ろす。

「だってぇ。昨日は常連さんが来たから、仕方なかったんだもの」
「仕方ないじゃないだろ。いい加減、辞めたらどうなんだ?」
「無理よ。学費だって国立だけど結構するし、都会で暮らすのは大変なんだから。実家でヌクヌクしてる永遠とはわけが違うわよ」

そんなこと、言われなくても永遠にだってわかってる。
この歳になって実家で親の世話になるのは男として少々情けないことも、大学で勉強したからって金持ちになれる補償もないことも。

「お前だって意地なんか張らないで、親の世話になればいいだろ?何も一生ってわけじゃないんだから」
「できないわよ。それだけは、絶対に」
「どうして」
「どうしても」

代議士の親のことを言われるのが嫌だから自力で頑張っているとは聞いているが、どうしてここまで頑張るのか?
その理由を永遠は今まで聞いたことはなかった、というよりあまり深く立ち入らないようにしていたと言った方がいいかもしれないが…。

「拡が心配してたぞ。お前の体のこと」
「拡が?」

さっきまでのダラけた彼女とは打って変わって、姿勢を正すと永遠の方へ顔を近付ける。
お互い好きなのに、なかなか自分の気持ちを言い出せない。
傍から見ている永遠にとっては、じれったいというかなんというか…。

「だから、夜のバイトは控えた方がいいと俺は思う。いくら学費や生活費を稼ぐためとはいえ、男相手の仕事なんてあいつだっていい気持ちはしないからな」
「別に拡がどう思うと、あたしには関係ないし」

『関係ないし』と言ってるわりに、さっき心配してるって言ったら態度が変わったくせに。
誰が見てもお似合いのカップルなんだから(というか、目立つ?!)、さっさとくっ付いてくれ!

「そんなこと言って後で後悔しても、俺は知らないぞ」
「わかってるわよ、言われなくたって」

瞳だって、できるものならそうしたい。
でも、今はお水のバイトを辞めるわけにはいかないし、このままでは拡に気持ちを伝えることだって…。

「俺で良かったら、力になってやるから」
「ありがとう。永遠って、意外に優しいんだぁ」
「は?意外ってなんだよ。俺は、いつも優しいだろ」

女性が苦手な永遠が優しいというのは、あまり真実味がないかもしれない。
ほとんど女子学生との関わりを持たない彼が唯一こうして普通に会話をするのは、瞳だけだったのだから。

「あたしのことはいいから、永遠はどうなの?例の女子高生とは、その後うまくいってるわけ?」
「あたしのことはいいからって、良くはないだろ。それに言っとくけど、彼女とは何もないからな」

どこをどう間違ったら、彼女とうまくいくとかいう話になるのか。
確かに可愛いとは思う。
思うけど、ただそれだけ…。

「いい加減、お姉さんは諦めなさいよ。永遠がいくら想っても、叶いやしないんだから」
「何で、俺が姉貴を」
「隠したってだめ。好きなんでしょ?お姉さんが」

───俺が姉貴を好き…。
そりゃ、姉貴なんだから嫌いなはずはないが、瞳の言う好きは恐らくそういうことを指してはいない。

「あぁ、好きだよ。弟が姉を好きになったら、悪いのか?いけないことなのかよ」

いつだって冷静な永遠が、こんなに声を荒げることは珍しい。
しかし、開き直りとも取れる永遠の態度に瞳だってこのままでは治まらないが、ずっと心の内に秘めていた彼の切ない想いを初めて知った気がした。

「悪いともいけないことだとも、あたしは言わないけど…。それじゃあ、永遠が辛過ぎるでしょ?」

瞳もダテにお水のバイトはしていない。
勤める店はホステスも全て瞳のような高学歴ばかりで、客は大企業のお偉いさんか、起業家揃いという高級クラブ。
何不自由なく暮らしていけるはずの彼らの中にも、恋や仕事、色々な悩みや不安を抱えている人がいる。
お酒を飲みながらの楽しい会話の片隅にそういうことを感じるようになったのは、いつの頃からだろう?

「瞳にそんなふうに言われると、俺ってものすごくかわいそうな男みたいに聞こえるんだけど」
「実際、そうでしょ?」
「あぁ、そうだよ。どうせ、俺はかわいそうな男ですよ」

「また、そういう言い方する。可愛くないわね」という瞳に向かって永遠はフッと笑みを浮かべると、ベンチの背に凭れながら両手を空に向かって高く上げ、体をグーッと思いっきり伸ばす。
───何でも、お見通しってやつか。

正直この状態を辛いと感じたことはなかったが、祐里香に本気で好きな人が現れたとなれば、瞳の言う通りになっていくのかもしれない。

「ねぇ、いつから?お姉さんが好きって気付いたのは」
「さぁ、いつだろうな」

誤魔化しているわけではないが、はっきりといつということは永遠にもよくわからない。
もしかしたら、今の彼氏ができたことで、それを思い知ったのかも。

「綾葉ちゃんのことは、そういう対象には思えないの?」
「相手は女子高生だからな。俺も、そういう趣味はないし」
「でも、可愛いんでしょ?」
「どことなく姉貴に似てるんだ。プリンが好きなところも同じだったし」
「永遠、まさか…」

まだ、空を見上げている永遠を瞳は真剣な眼差しで見つめている。
こう言われれば誰だって、綾葉が姉の祐里香に似ているから惹かれているのではないかと疑われても仕方がない。
永遠がいつだって付き合う相手を姉の祐里香に重ね合わせて見ていたことは確かだが、綾葉が似ているとは思っても姉とは全く違うと言い切れる。

「彼女を姉貴に重ね合わせて見たことは一度もない。彼女にしてみれば、これだけ歳が離れてるんだから俺の方が対象外だと思うよ。だけど、不思議なんだ。一緒にいるとどんどん惹かれてく。幼馴染みだっていう同学年の男が出てきたら、ムカッときたし」

「高校生に張り合ってどうするんだって、思ったけど」と話す永遠。
ここまで言ってしまえば、もう綾葉を好きだと言っている様なもの。

…ヤダ。
永遠ったら、綾葉ちゃんのこと好きなんじゃない。
それも、かなり本気で。

クスクス、いやニヤニヤと隣で笑っている瞳に気付かない永遠は、蒼が自分の通っていた高校の後輩で同じこの大学を目指してることなどを一生懸命話していたのだった。


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