「じゃあ、今日はおさらいを兼ねて最初にテストをしよっか」
綾葉は週2回、永遠に勉強を教えてもらうのが楽しみで仕方がなかった。
それは彼に逢えるからということももちろんだが、教え方がうまいのか、はたまた素敵な先生に教われば嫌いな勉強もどんどん好きになるからなのか。
なのに、いきなりテストなんてぇ…。
好きになっただけでは、勉強ができるようになるわけじゃないということ…。
「えぇぇぇ、テストですかぁ?!」
「何だ?そんな声を出して。今まで勉強したところだし、簡単なものだから」
簡単と言われても、テストはテスト。
せっかく教えてもらっているのにできなかったら先生に悪いし、その前に恥ずかしい。
「ちょっとだけ、勉強させてもらってからでもいいですか?」
「ダメ」
「えぇぇぇ。ちょっとくらいい、いじゃないですかぁ」
「ダ〜メ。はい、机の上の物は全部片付けて」
「先生のケチぃ」
ブーブー文句を言いながら、膨れっ面の綾葉が永遠には可愛いと思ってしまう。
───俺って、こういう趣味があったのか?
このテストは彼女のためにやることであって別に意地悪をしているわけではないが、抜き打ちにしたのはやっぱり反応を見たかったから。
永遠は、A4サイズ1枚にプリントした問題を綾葉の前に置く。
「ほら、文句を言ってるとどんどん時間がなくなるぞ?」
「えっ、うそ」
「問題は10問、制限時間は30分。はい、始め」
綾葉は慌ててシャーペンを握ると、問題を食い入るように読み始めた。
その間、永遠は教科書の今日やるところをチェックするが、しているフリをしながら彼女の顔を覗き見る。
真剣な表情に問題を目で追っていく彼女の軽く伏せた睫毛が、とても長いのに驚かされた。
───あれって、本物か?
と疑ってしまうくらい、彼女の睫毛は長くてクルンと上向きにカールしている。
そして、かすかに動く小さな唇は艶やかで…。
っと、俺は何を考えてるんだ…。
アルバイトとはいえ、これでも教育者の端切れだというのにこんなことを考えているとは不謹慎極まりない。
永遠は綾葉から視線を外すと、再び教科書に目を戻した。
◇
「はい、やめ」
30分などあっという間に経ってしまう。
綾葉は取り敢えず全問解いたものの、回答には全く自信がない。
「すぐ、採点するから」という永遠に綾葉は、ちょっとだけ待ってもらうことにする。
「先生?」
「ん?」
「もし、点が悪くても怒らないで下さいね」
心配そうに永遠を見つめる綾葉。
「さぁ、それはどうかな」
「えぇ〜そんなぁ」
ガックリ肩を落とす綾葉に永遠はまた、意地悪なことを言ってしまったなとちょっぴり後悔したりして。
しかし、彼女がこの問題を解けないということは、即ち今までの自分の教え方が悪かったということ。
なのに怒ったりなど、できるはずがない。
「嘘だよ。怒ったりなんかしないさ。どこまで頭に入ってるか、確認するだけだから」
「本当ですか?」
「あぁ」
安心した顔の綾葉に永遠は優しく微笑むと、テストの採点に入る。
その間、彼女は見ていられなかったのか、背を向けて手を顔の辺りで握り締め祈るような格好をしていた。
シュッシュッという、永遠の動かすペンの音だけが聞こえる。
「採点終了」
「はい」と永遠から机の上にテストを返されたが、綾葉はなかなかそれを見ることができない。
もし、全然できていなかったら…。
「ほら、ちゃんと自分で確認しなきゃだめだろう?」
「は…い」
綾葉は恐る恐る視線をずらし、採点されたテストに向ける…。
「え…」
予想外にも、採点結果は90点。
『うそ…90点?』と信じられないのか、目をまんまるにして何度も何度も永遠に確認する。
1問間違えたものの、スペルが違っていたくらいのほんの些細なミス。
ある程度解けるとは思っていたが、苦手と言っていたわりにこれだけできればかなり上出来だと永遠は思った。
「おしかったな」
「ほんとにほんとに90点ですか?」
「あぁ。さっきは簡単だって言ったけど、ちょっと引っかけ問題だったりするんだ。それなのに良く出来てるよ」
「あ〜良かったぁ。0点だったら、どうしようって思いました」
「もし、0点だったら、責任取って家庭教師を今日限りで辞めなきゃならなかったな」
あははと笑いながら永遠は冗談のつもりで言ったのだが、綾葉にしてみれば自分ができないことで先生が辞めるようなことになってはどうしていいかわからない。
さっきまであんなに喜んでいたのに、急に元気がなくなってしまった綾葉。
「どうした?」
「先生、辞めないで下さい。私、一生懸命頑張りますから」
すがるような瞳で見つめられて思わず手が出てしまった永遠だったが、その手をゆっくりと綾葉の頭の上に置く。
「先生?」
「そんな顔するな。君が短大に合格するまでは、辞めたりしないから。っていうかな、誰が教えてると思ってるんだ?できないはずがないだろ」
「ん?」と永遠に顔をググーッと近付けられて、ただでさえ頭に触れる手からはジンジンと熱いものを体の奥底に感じているというのに…綾葉の心臓はドックンドックンと鼓動を早め、今にも破裂しそう…。
「さぁ、今日の勉強を始めようか。テストで間違えたところは単純なミスだし、後でもう一度やり直しておいて。回答はこれだから」
「はい」
頷く綾葉の頭を軽く撫でると、用意してきた回答を渡す。
「そう言えば、そろそろテストが始まるんじゃないか?」
「はい。来月半ばからです」
「だったら、次回からは試験勉強中心にした方がいいかもしれないな。他に教えて欲しい科目があったら、前もって言ってくれる?俺も理数系はあまり得意じゃないから、予習しておかないと」
試験前になったら他の教科も勉強しようと家庭教師を始める時にそう約束していたのだったが、永遠は理数系があまり得意ではない。
事前に予習していないと彼女に教えることができないから。
「わかりました。あの…先生?」
「ん?」
「今度のテストで英語が80点以上取れたら、私のお願いを聞いてもらえますか?」
「お願い?」
───お願いとは何だろう?
その前に80点とはまた、随分と高得点を目標にしたものだが…。
「先生とデートしてもらっても、いいですか?」
「デート?」
「ダメですか」
「いや、ダメじゃないけど…」
─── 一応、受験生の身でデートはどうなのか?それに家庭教師とだぞ?
永遠自身は一向に構わない、いやそれはかなり嬉しいことだが、だからといって『うん、いいよ』と簡単に言ってしまっていいものなのか…。
「お願いします。先生が私とデートしてくれるなら、絶対80点以上取ってみせます」
「おいおい。俺とデートするために80点取るのか?」
「はいっ!!」
あまりに元気な綾葉の返事に苦笑する永遠だったが、彼女の真剣な眼差しにまんざらでもない様子。
「わかった。それで80点取るっていうなら、喜んで。絶対という言葉を信じてるからな」
「わぁ〜っ、やったぁ」
本当に嬉しそうに喜ぶ綾葉。
───そんな笑顔、見せるなよ…。
眩し過ぎるくらいの彼女の笑顔に、完全にノックアウトされた永遠だった。
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