永遠(えいと)の恋
story9


───大丈夫かな。

永遠は、腕時計に何度も目を向けながら心の中でそう呟いた。
それというのも、今はちょうど綾葉の英語の試験の真っ最中だったから。
彼女自身も頑張っていたし、自分の教え方にもそこそこ自信があったけれど、それでもこればかりは蓋を開けてみなければわからない。

「よっ、永遠。どうした?そんなマジな顔して、時計に穴が開きそうだぞ?」
「あぁ、拡。いや、彼女がちょうど英語の試験中でさ」
「彼女って、綾葉ちゃんのことか?」

拡は永遠の隣の空いていた椅子に座ると、気を利かせたのか買ってきた缶コーヒーを永遠の前に置く。
瞳との関係もなんとかうまくいっているようで何よりだったが、今は永遠も彼の心配をしている場合ではない。

「サンキュウ。まるで、これって親の気分だな」

永遠はありがたくそれをいただくと、缶を数回振ってプチッとプルタブを引く。
そう言えば、彼女のことが心配でほとんど何も口にしていなかったから、コーヒーが空腹の胃に染み渡る。
ここまで心配することもないのかもしれないが、これは性分なのかもしれない。

「そっか。まぁ、なるようにしかならないからな」
「なんだよ、そのつれない言い方は。他人事だと思って」
「あ?しょうがないだろ。今更、ジタバタしたって、もう試験は始まってるわけだし。永遠が教えたんだ大丈夫だよ、そんなに心配しなくても」

「そうかな」と浮かない顔の永遠には、何を言っても無駄だろう。
あとは、彼女が頑張ってくれるより他にないのだから。

「そうだ。試験の成績が良かったら、ご褒美とかそういう約束はしてないのか?」

「どこか好きなところに連れて行ってあげるとかさぁ」などと、拡は何気なく言ったつもりだが、永遠の顔が微妙に変わる。
それを彼が見逃すはずはない。

「そうかぁ。で、何を約束したんだ?ん?隠さず、お兄さんに言ってみなさい」
「お前なぁ」

ニヤニヤしながら、永遠の顔を覗き込む拡。
───何が、お兄さんに言ってみなさいだ。
どうして、そういうところは鋭いんだよ。
英語の試験で80点以上取れたら、デートの約束。
別に俺はそれを望んでいるわけじゃない、彼女の成績が上がりさえすれば…とは建前で、やっぱり本音は…。
しかし、どういうつもりで彼女はあんなことを言ったのだろうか?

「どうした?」
「あのさ。彼女くらいの年頃の女の子には、俺くらいの年齢の男ってどういうふうに映ってるのかな」
「さぁ。さすがの俺も二十歳を過ぎて、女子高生とお付き合いしたことはないんでね」

拡でなくても、普通ないよな?
いくら自分は学生の身とはいっても、もう時期24になろうとしているんだから。

「だよな」
「永遠、お前」
「え?違うよ。拡こそ、変なこと考えてんじゃないって」

真剣な顔の拡に慌てて永遠は弁解する。

「ほんとか?」

「ほんとだって」といくら永遠が言っても、拡は信じていない様子。
というのも、女子高生と院生が付き合うことについて云々言うわけではなく、永遠が本気で綾葉を好きになったのかどうかというところが拡には重要なのだ。

「『今度のテストで英語が80点以上取れたら、私のお願いを聞いてもらえますか?』って、彼女に言われたんだよ」
「お願い?」
「『先生とデートしてもらっても、いいですか?』ってさ」
「ヤッタじゃん」

まるで、自分のことのように喜ぶ拡。
「俺も女子高生とデートしてぇ」って、それ違うだろう?瞳に聞かれでもしたらどうするんだよ。

「彼女がそれで頑張れるならと思って、俺もうんって言っちゃったんだけどさ」
「まんざらでもないんだろ?綾葉ちゃんのこと」
「俺は…」
「いいじゃん。永遠から誘うのはちょっと問題あるかもしれないけどさ、彼女のお願いなら聞いてあげれば」

今は彼女がいい成績を取れるかどうかが大事であって、もちろん約束したからには結果が得られればお願いもきく。
そんなに深く考えることでもないのかな。

「彼女、80点以上取れるといいな」
「そうだな」

再び、時計に目を向けるとそろそろ試験終了の時刻。
拡の言葉のように『80点以上取れれば』、そう願う永遠だった。

+++

綾葉のテスト期間中は家庭教師を休んでいたから、彼女に会うのが久し振りに思えるのはそれだけいつも顔を合わせていたということ。
順次、採点されて答案が返されることになっているから、もしかしたら今日あたり英語の結果も出ているだろうか?

「先生、こんにちは」
「こんにちは」

彼女は特にいつもと様子が変わらないところを見ると、まだ結果が戻ってきていないのかもしれない。

「試験は、どうだった?」
「はい。まぁまぁ、でした」
「まぁまぁ?そんな、頼りないことでは困るな。バッチリでしたって、言ってもらわないと」

───やはり、試験は思ったより難しかったのか。
悔やんでもどうにもならないわけで、これは少なからず永遠の責任でもある。

「先生。あの、これ」

「はい」と頷く綾葉に差し出されたのは、数枚の答案。

「え?もう、返ってきたのか?」

その一番上にあったのは、なんと英語の答案だったが、それは見事に赤い丸で埋め尽くされている。
そして、問題の点数は───。

「89点?」
「惜しかったんです。あとほんのちょっとで、満点だったんですけどね」

本当に悔しそうな綾葉だったが、永遠はもう一度答案を確認すると確かに惜しいところで点を落としている。
しかし、ざっと見た限りでは問題自体決して簡単とは言えないもの、これで89点とは綾葉を褒めるべきだろう。
英語が苦手といっていた彼女が、短期間でここまで頑張るとは。

「すごいじゃないか。この問題で89点なんて、かなりのものだと思う。トップに近い成績じゃないのかい?」
「わかります?実は、一番だったんです」
「えっ、そうなのか?」
「はい」

少し照れたように言う綾葉だったが、その表情はやっぱり嬉しそう。

「よく頑張ったな。これは、君の努力の結果だから」
「いえ、先生の教え方がうまかったからです。あと、これも」

永遠が、試験前に彼女に渡したシャーペンと消しゴム。
綾葉にとってはとってもとっても大切な物で、これがあったから落ち着いて回答もできた。
そして…。

「そっか。じゃあ、約束のお願いを叶えてあげないとな」
「本当ですか?」
「何、言ってるんだ。自分で言ったくせに」
「本当に本当に私とデートしてくれるんですか?」

「あぁ」と永遠が答えると、綾葉の顔がパッと花が咲いたように明るくなった。
80点以上という約束はクリアしていたのに、内心はお願いをきいてくれないんじゃないかと不安だったから。

「君の好きなところ、どこへでも連れて行ってあげるよ」
「やったぁっ!」

───あぁ、この笑顔は反則なんだって…。
永遠、抱きしめたい衝動を堪えるのに必死だった。


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