プリンな彼女
story8


「祐里香さん、回覧です」
「ありがとう」
「随分、嬉しそうですね。何かいいこと、ありました?」

真紀ちゃんが回覧の書類を持って来てくれたのだが、稲葉にコンサートのチケットをもらってからというもの、あたしは嬉しくてつい自然に顔が緩んでしまったようだ。
言っておくけど、もちろん稲葉と一緒だからじゃなくって、コンサートに行けるのが嬉しいからよ?
そこのところ、間違わないでね。

「コンサートのチケットをもらったのよ。なかなか見られない、プレミア物」

「これなの」と、机の上に置いてあったチケットを真紀ちゃんに見せる。

「えっ、これ。すごいじゃないですかぁ。どうしたんですか?」
「稲葉にもらったの。うちの携帯を作ってるメーカーさんにもらったんですって」
「いいなぁ、祐里香さん。私も行きたいですぅ」
「真紀ちゃんも好きなの?」
「はい。大ファンなんですっ」
「そっかぁ…」

あの時、稲葉と一緒に行くのを躊躇ったら、真紀ちゃんにあげてこようかなって言われて…。
自分が行きたいから我慢するなんて言って、取っちゃったのに…。
真紀ちゃんには申し訳ないことしたわね。
───あたしって、こういうところがダメなのよねぇ…。

「でも、いいんです。っていうことは、祐里香さんは稲葉さんと行くんですね?」
「え?あぁ、まぁ…。なんか、あいつも好きだって言うから」
「いいなぁ。彼と好きなバンドのコンサートデートなんて」
「はぁ?ちょっ、ちょっと真紀ちゃん。デートってのは、違うでしょっ!」

興奮して、また声が大きくなったあたしは、慌てて両手で口を押さえる。
よく考えたら、コンサートに行けるのはとっても嬉しいことなんだけど、稲葉と一緒なのよ。
会場に入ってしまえば、気にならないとは思うんだけど…。

「楽しんで来て下さいね。私も、どこか一緒に行きたいです」

───あ~彼氏とね?

小さい声で「彼氏と?」って聞くと、小さく頷く真紀ちゃん。
そうよね?彼氏と行けたら、最高かも。
彼氏とねぇ…。
ふと、視線を真紀ちゃんの後ろに向けると稲葉が電話に出ている姿が目に入る。
やっぱり、いい男ではあるわよね?
仕事もできるし、優しいところもあるし…。
彼氏だったら申し分ないのよね、きっと。

「今度、稲葉に言っておくから。そういう時は、さり気なく4枚もらうようにって」
「お願いします」

自分の席に戻って行く真紀ちゃんを見送りながら、祐里香はチケットをそっと財布の中にしまったのだった。

+++

祐里香がキャビネに資料を探しに行くと、小山課長が何冊ものファイルを山のように持ってどこかに運ぼうとしていたところだった。

「小山課長、お手伝いしましょうか?」
「あっ、新井さん。いっ、いや、だっ、大丈夫だから…」

───ん?
小山課長、どうしたのかしら?
なんだか妙におどおどしてるようだけど…。

「一人でそんなに持てないですよ。少し、お持ちしますから」
「そっ、そう?悪いね。じゃあ、お言葉に甘えて頼もうかな」

観念したのか!?あたしは課長からファイルを数冊受け取ると後に付いて行く。
小山課長は、今年30歳になったと聞いている。
なかなかのイケメンで、物腰が柔らかくてとても優しいと女子社員の中でも特に人気が高い。
課長の中では一番若いから、下の者からの相談なんかもよく受けているお兄さん的存在だった。
しかし、浮いた話は一切なくて、未だ独身というのが不思議なくらい。

「課長。こんなにたくさん、どうするんですか?」
「これから、会議でね。その前に昔の資料を全部引っ張り出して、調べなければならないんだ」
「大変ですね」
「仕方ないさ」

フロア隅にあるミーティングルームにファイルを置くと、小山課長は「ありがとう、助かったよ。これ、もらい物だけど」と祐里香の前にチョコレートを差し出した。
それは、どこかの海外土産のようだった。

「いいんですか?」
「いいよ。持ってくれたお礼」

───あぁ、こういう優しい人が彼氏だったらいいのよねぇ。
それに比べて、稲葉ったら…。
何で、ここに稲葉が出てくるのよぉ。
最近、あたし変よ。
何かにつけて、稲葉のことばかり浮かんでくるし…。
それを打ち消すように頭を左右に振ると、あたしは自分の席に戻って行った。



真紀ちゃん、そろそろ来る頃かしら?
そんなことを考えながらあたしは給湯室でコーヒーを入れていると、ナイスタイミングで彼女が入って来た。

「あっ、真紀ちゃん。ちょうど、来る頃かなって待ってたのよ」
「祐里香さんがここに入るのを見掛けたので、後を付いてきちゃいました」

彼女は、棚からカップを取り出すと紅茶を入れる。

「そうだ。さっき、チョコレートもらったの一緒に食べよう?小山課長から、海外のお土産みたい」
「えっ、小山…課長?」

───ゲホッゲホッ
真紀ちゃんは飲んでいた紅茶が気管に入ってしまったようで、苦しそう。
慌てて、あたしは背中を撫でてあげた。

「ちょっ、大丈夫?真紀ちゃん。小山課長が、どうかした?」
「いっ、いえ」

───どうかしたのかしら?真紀ちゃん。
小山課長って言っただけで、咽るなんて…。

「あの、祐里香さん。今夜、予定とかありますか?」
「ん?予定?ないない。そんなの」

───予定もないあたしって、どうなのよ…。
はぁ…。

「でしたら、駅前に出来たお店に行ってみませんか?」
「駅前って、あの可愛らしいお店?」

「そうです。ちょっと気になって」と言う真紀ちゃんに、あたしも同じく行ってみたかったのよね。
つい最近OPENしたばかりで、外観が可愛らしいお店。
気軽にワインが楽しめるって、誰かが話しているのを聞いたのよ。
あたしは、あんまり飲めないんだけど。

「行く。あたしも気になってたのよ」
「じゃあ、行きましょう。私、予約入れておきますね」

───そうだ、真紀ちゃんの彼氏の話を聞かなくっちゃ。



今日は残業もなく定時で会社を出ると、真紀ちゃんとあたしは駅前のお店に直行する。
既に店内は満席にちかく、空いている席も全部予約席の札が置いてある。

「込んでますね」
「うん。予約しなかったら、入れなかったかも」

メニューを見ると、噂通りワインの種類が豊富。
そして料理も可愛らしいお店の概観同様、女性好みのものばかり。
あっ、デザートにはちゃんとプリンもあるしっ!

「真紀ちゃん、ワインの種類がいっぱい。今日は、あたしも飲んじゃおっかな」
「いっちゃいますか?」

女同士だと、つい大胆になっちゃうのよね。
お勧めの赤ワインをフルボトルで頼んで、「乾杯」ってグラスをカチンと合わせる。

「ねぇねぇ。真紀ちゃんの彼氏って、どんな人なの?」
「えっと…。実は、そのお話をしようかなって思ってたんです。あの…小山課長なんです」
「へ!?小山課長って、あの小山課長?」

───うそ…真紀ちゃんの彼氏って、小山課長だったの?
だって、10歳くらい違うじゃない。
それに真紀ちゃんから、告白したんでしょ?
無理やりっぽかった、とは言ってたけど…。
あ…。

「あっ…もしかして、真紀ちゃん。あたしが、『相手の男の首根っこひっ捕まえて、ボコボコにしてやるんだからっ』って言ったの課長に話した?」
「え…」
「話したのね?」

あたしが意地悪く言うと、真紀ちゃんが俯いてしまった。
───だから課長、あたしの顔を見て妙におどおどしてたのね。

「すみません」
「じゃあ、これも言っておいて。あたしも、さすがに課長をボコボコにはしないからって。でも、真紀ちゃんを悲しませるようなことをした場合は、いくら課長でも例外だから」
「わかりました。祐里香さんが付いていてくれれば、安心です」
「だけど、真紀ちゃんの彼氏が課長なんてねぇ。優しいし、素敵だし、包容力もあっていいわよね。稲葉とは大違い」
「そんなことないですよ。稲葉さん、とっても優しいし、何より祐里香さんにゾッコンじゃないですかぁ」
「どうして、稲葉よ。あいつは、単なる同期ってだけで…」

───あいつは、単に同期で同僚なだけ…。
他に何もないのに…。

「稲葉さんと小山課長を比べてる辺りで、意識してるってことですよ。祐里香さんも稲葉さんのことが、好きなんですね」
「好き?あたしが?」

───そんなわけ…。
あたしが、稲葉を好きなんてこと…。

「飲んで下さい」と真紀ちゃんに言われて、あんまりお酒が強くないのにガンガン飲んでしまったあたし───。


― *** ―


「おい、新井。大丈夫か?」

───なんか、稲葉の声が聞こえたような気がするんだけど…。

「新井」
「稲…葉?」

───やっぱり、空耳じゃぁなかったみたい。
でも、何で稲葉がここにいるの?って、あたしはどこにいたんだっけ?
そうそう、確か真紀ちゃんとご飯を食べてたはずだけど…。

「お前、飲み過ぎだぞ」
「どうして、稲葉がここにいるの?」
「あぁ、山本さんにお前が酔っ払って動けないって連絡もらった」

───そうだったわ。
あたし、調子に乗ってワインいっぱい飲んじゃったのよ。
それより、真紀ちゃんは?
辺りを見回してみるが、彼女の姿はない。

「真紀ちゃんは?」
「それがさ。なんでか小山課長がいたんだけど、3人一緒だったのか?」

思い出した。
真紀ちゃんと小山課長、付き合ってるんだったわね。
───うふふ、課長ちゃんと迎えに来たんだ。
やるじゃない。

「なんだよ。ニヤついたりして」
「ううん。なんでもない」
「変なやつ。それより、気分はどうだ?気持ち悪いとか、ないか?」

優しく声をかけられて、またもや心臓の鼓動が早まる。
全く、身体に悪いったらありゃしない。

「大丈夫。ごめんね、迷惑かけて」
「いや。俺が近くにいる時はいいけど、今度からはほどほどに頼むよ」
「うん」

稲葉はあたしの腰に手を回し、抱きかかえるようにして歩いて行く。
それが暖かくて、心地よくて…。
ぴったりとくっついて自分から彼の肩に凭れると、微かにあたしがあげたトワレの香りがした。


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