プリンな彼女
story9


───あぁ〜ん。
明日、何着て行こう。

クローゼットの中身を全部引っ張り出して、あれやこれや探してもなんだかいまいちピンとこない。
服はこまめに買ってはいたけど、いざとなると気に入らないのはなぜなのかしら?
これなら、別に買いに行っておけば良かった。
はぁ…。

祐里香がこんなに服のことで悩んでいるのは、明日待ちに待ったコンサートに行くからだった。
別に稲葉と一緒に行くからって、意識してるわけじゃないのよ?
と口では言っても、実際のところはどうなんだろう…。
二人だけで行くっていうことは、それなりに考えてしまう。
あいつの隣にいるってだけで、嫌でも見られるだろうし…。
だから、変な格好じゃ行けないのよ!

あぁ〜ん。どうしよう、どうしよう…。
慌てふためいているところに携帯が鳴り出した。

───もうっ、こんな時に誰よっ!
忙しいっていうのにと一人文句を言いながら、携帯のディスプレイを見れば“稲葉”の文字。
ん?稲葉ったら、何かしら…。
一応、念のために電話番号を教えてはいたけれど。

「もしもし」
『新井?稲葉だけど、今話しても平気だった?』
「平気じゃないわよ。忙しいのに」

第一声からして不機嫌な祐里香だったが、こんな冷たい返事が返ってくるとは…。
せっかく、電話で話せると思ったのに…。
さすがに稲葉も凹んでしまう。

『悪かった。じゃあ、後で掛け直すか?』
「いいわよ、もう」
『どうしたんだよ?随分とまぁ、ご機嫌斜めだな』
「明日着て行く服を選んでたんだけど、気に入らないんだもん」
『明日って、コンサートのことか?』
「そう。やっぱり、ちゃんとした格好で行きたいじゃない」
『別に何でもいいだろ?始まれば、中なんて暗いんだしさ』
「そうだけど…」
『それとも俺と一緒だから、意識しちゃってるとか?』
「そっ、そんなわけないでしょっ。誰が、稲葉と一緒だからってっ!」

あははって、電話の向こうで稲葉の笑い声が聞こえる。
───ったく、わけわかんないこと言わないでよ。
誰が、意識なんて…。

『まぁ、俺としては嬉しいけど』
「何、馬鹿なこと言ってるの。で、何の用だったの?」
『あっ、そうだ。あのさ、明日コンサートに行く前に軽く食事でもどうかなって思って』
「食事?」

───まぁね、コンサートが始まるのは18時だから、ちょっとは食べてからの方がいいけど。
でも、稲葉とよ?

『ホールの近くにいい店があるんだけど。もちろん、超美味いプリンもあるぞ?』
「えっ、プリン?超美味しいの?」

───やだ。
あたしったら、何食い付いてるのよ。
でも、超美味しいって言うプリンに惹かれちゃう〜。

と、予想通りの祐里香の反応に稲葉は電話の向こうでニンマリしてしまう。
この分だと目を輝かせているな、きっと。

『俺と一緒が嫌だって言うなら、無理には誘わないが』
「行く行くぅ」
『我慢しなくて、いいんだぞ?』
「ううん。我慢なんて、してないわよ」
『なら、いいいけど』

約束していた時間より少し早めに待ち合わせることにして、電話を切った。

───やぁ〜ん、プリンプリン。
って、それどころじゃなくってっ!
早く、洋服決めないとっ。
もう一度、服を引っ張り出してあ〜でもない、こ〜でもないと鏡の前に向かっていた祐里香だった。

+++

結局、夜中まで洋服を決めるのに時間が掛かってしまい、昼過ぎまで寝ていたあたしは急いで掃除やら洗濯を済ませて稲葉との待ち合わせの場所に行く。
───どうかな?この服。
最近買った一番新しい物だったけど、店員さんに勧められるままに買ってしまったちょっと露出度の高い服。
絶対会社には着ていけないものだったから、こういう機会しか着られないとは思うんだけど…。

一方、稲葉は時間より少し早く待ち合わせ場所に到着していた。
というのも、遅れると祐里香が文句を言いそうだから…。
時計に目を向けてから改札の方へ視線を動かすと、たくさんの人が出てくる。
ちょうど電車が到着したのだろう。
じっと見ていると、一際目を引く女性がいた。

───オイオイ、昨日は服が気に入らないとか言ってたが…。
めちゃめちゃ、可愛いだろっ!!
彼女はふわふわした素材のワンピース姿にスタイルのいいスラっとした足が、これでもかっていうくらい見えている。
っつうか、短いぞ!スカート丈がっ。
それに何だ、あの胸元はっ!
見えちまうじゃないかっ。

思わず、稲葉は叫びそうになった。
それくらい、露出度が高い。
知り合いじゃなければ目の保養になっていいかもしれないが、好きな彼女だぞ?
目のやりどころに困るというか、他所の男共にまでさらしてどうするんだ…。

「稲葉。ごめんね、遅くなって」
「あ?いや、ちょうどだから」

なんだか視線を合わせようとしない稲葉を不審に思う祐里香だったが、やっぱり自分の格好が変だったのか…。

「変だった?この格好」
「え?ちっ、違うよ。そうじゃなくってっ。えっと…似合い過ぎっていうか、めちゃめちゃ可愛いけど、それちょっと露出が高過ぎだろ。胸も見えそうだし、スカート丈短いし、俺の前ではいいけど他のやつらの前では…。って、俺何言ってんだ」
「ちょっ、稲葉」

それだけ言うと稲葉はあたしの手を掴んで、引っ張るようにして歩き出す。
変だったわけじゃないことに少しだけ安心したけど、ちょっとだけ赤くなってる稲葉が可愛いかもって思ったりして…。

いい店があるんだけどと言っていたのは、ホールの目と鼻の先にあるティールーム。
───稲葉ったら、いつの間にこんなお店を見つけたわけ?

中に入ると、二人と同じようにこれから始まるコンサートに行くであろう若い女性やカップル達で一杯だった。
運よく空いていた席に向かい合って座ったが、どうもお互い緊張してしまう。
飲みに行ったりはしても、まだ明るい時間に二人だけでというのは初めてだったから。

「へぇ〜稲葉って、こういうところにも来るんだぁ」
「あ?来るっていうか、姉貴にここのケーキを買って来いって、よく頼まれてさ」
「稲葉って、お姉さんがいるの?」

───知らなかった。
でも、そんな感じよね。

「あぁ、3歳年上なんだけどな」
「ふ〜ん。あたしは弟だから、お姉さんってちょっと憧れかも」
「そうか?うるさいだけだぞ」

あたしには2歳年下の弟がいるんだけど、お姉さんが憧れだった。
稲葉のお姉さんって、どんな人なのかな?
きっと綺麗な人なんだろうなぁ。

二人はパスタと、もちろんデザートにプリンを頼む。
コンサートも楽しみだったんだけど、プリンも楽しみだったのよ。

「あっ、そうそう。真紀ちゃんもコンサートに来たかったって。あたし、チケットもらったの自慢して、申し訳ないことしちゃった」
「そっか。じゃあ、今度はこっそり4枚くれるように頼むか」
「うん。そうして」

稲葉は真紀ちゃんが小山課長と付き合ってること、まだ知らないのよね?
うふふ、今日は真紀ちゃん、課長とデートだって言ってたけど、どこに行ってるのかしらね。
なんて会話をしながらパスタを食べ終えると、デザートのプリンが運ばれて来た。

「わぁ、美味しそうっ!」

わりとしっかりしたプリンにアイスクリームが添えられて、とろっとしたソースがかかってる。
見るからに美味しそうなプリンに釘付けになってしまう。

「いただきま〜す」

この後は言わなくてもわかると思うけど、稲葉の言っていた通り、超美味しい。
これなら、何個でもいけそうだわ。

「すっごく、美味しい」
「良かった。だったら、俺のもやるよ」
「え?稲葉、プリン好きだって言ってたのに」
「好きだけど、新井は一皿じゃ足りないと思って」
「どういう意味よ。あたしは、そんなに大食いじゃぁ、ありませんっ」

何個でもいけそうって思ったのは確かだけど、そんな稲葉の分までいただくほど大食い女じゃありませんっ。

「変な意味じゃないよ。俺、美味しそうにプリン食べてる新井を見てるのが好きだから」
「え?」
「だから、ほら」
「うん」

稲葉にプリンのお皿を差し出されて、あたしはありがたくそれを頂戴する。
───でもなんか、ものすごく恥ずかしいことを言われたような…。
食べ物に弱いあたしは、それ以上深く考えることもなく、美味しくいただいたのでした。



コンサートの席は前から5列目のちょうど真ん中で、ただでもらったというのにこんなにいい場所で見ても良かったのかと思うくらい。
そして、のっけから総立ちの大盛り上がりで、最後は何度もアンコールに応えてくれた、最高のライブだった。

「もうっ、最高だった。稲葉、ありがとう」
「俺は、もらっただけだから」
「ううん。だって、あたしと来なくても良かったわけだし」

───そうよね?稲葉は、あたしと無理に来ることなんてなかったのよ。
なのに…。

「そんなことないよ。新井と来れて、楽しかった。俺こそ、無理に付き合わせたな」
「無理になんて、それはあたしの方だから」
「まっ、お互い楽しかったんだから、いいんじゃないか?」
「うん。そうね」

電車に乗って座っていたら興奮し過ぎて疲れが出たのか、あたしはウトウトしてきた。
こっくりこっくり、何度も稲葉の肩に凭れ掛かりそうになって…。
寝るのは遅くなったけど、その分起きるのも遅かったのに…。

「いいぞ?俺の肩に凭れても」
「でも…」
「ほら」

稲葉は、あたしの肩にそっと手を掛けると自分の方へ引き寄せる。
睡魔に勝てなかったあたしは、そのまま稲葉の肩に凭れて暫しの心地いい眠りについた。


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