「千春ちゃん、千春ちゃん」
「う〜ん、まだ寝る〜」
「千春ちゃん、もう起きないと遅刻するよ」
意識が朦朧とする中で、いつものお母さんと違う声に違和感を覚えて薄っすらと目を開けるとそこには見覚えのある顔が…。
「げっ。せっ、先生!!」
あたしは自分の姿がどうかなんてまったく考える余裕もなく、その場に飛び起きた。
膝の痛みなんて、思いっきり忘れてね。
いててて…。
「千春ちゃん、大丈夫かい?」
「怪我をしてるんだから、そんなに勢いよく起きたらだめじゃないか」って、そりゃあ誰だって朝目が覚めて目の前に先生がいたら飛び起きるでしょう?
「おはよう」
先生はベットの端に腰掛けて、朝からまったくもって爽やかな笑顔で挨拶をする。
「おっ、おはようございます」
「千春ちゃん、早く着替えて下に降りておいで」
「下まで降りられる?僕が、抱っこしてあげようか?」なんて言うから、それだけは頑なに断ったけどね。
まったく、朝からなにを言うんだか…。
そして先生は部屋を出て行こうとした時、ドアを半分開けたところで振り返った。
「千春ちゃん、その格好は朝からちょっと刺激的だね」
「明日からは、もうちょっと露出を抑えてもらわないと」そう言い残して出て行った。
ハッとして自分の姿を見ると上はノーブラにキャミソール、下はショーツ一枚という格好。
怪我をした次の日は熱が出たからいっぱい着て寝てたけど、熱が下がって元気になったらパジャマは脱いでしまった。
だって暑いから、夏場はいつもこうなんだもん。
でも、でも…先生に見られた?!
いやぁ〜ん―――。
その場に突っ伏したが、もう遅い。
だいたい、なんで先生があたしの部屋まで入って来るのよっ!
きっと、お母さんに違いない。
あたしが朝は弱いの知ってて、もうっ。
だって、時計を見ればまだ7時前だもん。
それにしても先生は、何時に起きてここに来たわけ?!
あたしは仕方なく制服に着替えて、下のダイニングに向かう。
その前に歯を磨いて、髪も綺麗に整えてからね。
すると楽しそうに談笑している声が聞こえてくる。
見るとお父さんとお母さんとなぜか先生が、一緒に朝食を食べていた。
兄貴は大学が遅いから、いっつもあたしが出掛ける頃にならないと起きて来ない。
でもなんで、先生がうちでご飯?!
「千春、どうした?早く、お前もご飯を食べなさい」
あたしが部屋の入口で突っ立っているのを見つけたお父さんに言われて食卓についた。
「今日から千春ちゃん、先生に送って頂くでしょう?だから朝食も一緒にどうかしら?ってお誘いしたのよ」
嬉しそうに言うお母さん。
これって、お母さんのやりそうなことだわ。
あたしは、小さく溜め息をついた。
そして…まさか、夕飯もなんて言うんじゃないでしょうね…。
「そうそう、夕飯もどうですか?千春を送って来られるんでしょう?」
今度は、お父さんまで…。
「いえ、そこまでは」
そうそう、先生ももっと強く言ってよね。
「でも、サッカー部の活動は当分の間自粛されるんでしょう?それならいいじゃないですか」
お父さんの言った一言にあたしは、思わず箸を止めた。
え?
サッカー部の活動が、自粛?
「でも…」
「そうですよ、先生。気になさらないで、夕飯も食べていかれればいいんですよ。ねぇ、千春」
「え?うっ、うん…」
あたしのせいでサッカー部の活動が、自粛になってしまったんだ…。
こんな大事になってたなんて…全然知らなかった。
そっと先生を見ると少し寂しそうな表情。
せっかく平山学院にも勝つことができて、きっとみんなも調子が出ているはずなのに。
それからお父さんは一足先に会社に行ってしまって、その後にあたしは先生と一緒に学校に向かった。
「先生、千春をよろしくお願いしますね」
「はい」
あたしも「先生、よろしくお願いします」と言うと、どうぞって助手席のドアを開けてくれた。
「先生。サッカー部の活動が自粛って、あたしのせいですよね」
「千春ちゃんのせいなんかじゃないよ、これは当然のことだからね。まぁ、気にするなって言う方が無理かもしれないけど、それより早く怪我を治して元気になることだよ」
「先生…」
「ほらほら、いつもの元気な千春ちゃんはどうしたんだい?」
「でも…」
「みんなは、千春ちゃんが元気な姿で学校に来ることを願っているんだよ。だから、そんな暗い顔の千春ちゃんを見たらもっと落ち込んじゃうだろう」
先生の言う通り。
あたしが元気になれば、みんな大好きなサッカーの練習ができるんだもんね。
「はい」
先生は、黙って頷くと車をゆっくり走らせた。
学校に着くとクラスのみんなが心配して駆け寄ってくる。
中でも遙は、あたしの痛々しい姿を見て泣き出してしまった。
「遙、なに泣いてるの?あたしは、この通り元気なんだから」
「だって…」
「心配したんだからね」って、昨日も休んだから大丈夫だとは言っても心配していたみたいだった。
まだ腫れているけど痛みもだいぶ治まって、でも歩く時はちょっと痛いけどね。
「もう、大丈夫だから」
あたしは、ハンカチで涙を拭ってあげる。
もう、ほんとに心配性なんだから。
でもやっぱりこんなふうに心配してくれる親友がいるというのは、正直とても嬉しく思う。
あたしは先生の言葉を思い出して、精一杯元気なんだと振舞った。
お昼休みには、神田くんが心配してあたしのクラスまで来てくれた。
「河合さん、大丈夫ですか?」
「うん、心配かけてごめんね、もう大丈夫だから。それより、試合勝ってよかったね。神田くんがゴール決めたんだってね、おめでとう」
「ありがとうございます。って、お礼言ってもいいんですかね」
神田くんは、ちょっぴり遠慮がちに言う。
やっぱり、あたしの怪我のことを思って大っぴらに喜べないみたいだった。
「いいの。あ〜神田くんのゴール、見たかったな」
これは本当。
あの平山学院から、唯一もぎ取ったゴールなのよ?
こんなチャンス滅多にないんだもん、やっぱり目の前で見たかったわよね。
「また、今度見に来てください。その時は、河合さんの目の前でゴール決めますから」
嬉しそうに言う神田くんだったけど、あたしは少し複雑な心境だった。
神田くんのことは、嫌いじゃない。
むしろ好きなんだと思うけど、それは遙を思う気持ちと同じで恋じゃない。
告白されてからだいぶ経つけど、その気持ちに変わりはなかった。
このままこんな関係を続けていていいのか、先生の言うようにあたしの行動が神田くんを傷つけないだろうか…。
「河合さん、怪我痛むんですか?すみません、気付かなくて」
「そんなことないよ。ありがとう、わざわざ来てくれて」
「いえ、部活が当分できないから河合さんと一緒に帰れるかなって思ったんですけど、根津先生が送ってくれるんですよね」
「うん、なんか、先生にも迷惑かけちゃってるかも」
「でも先生が送ってくれるなら、僕も安心です。早く、よくなってくださいね」
「うん」
始業前のチャイムが鳴って、神田くんは自分のクラスに戻って行った。
神田くんには、自分の気持ちを言わなくちゃね。
そう思っても、どう伝えていいかわからなかった。
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