相変わらず先生は、朝あたしの部屋に入って来てはあたしを起こす。
もちろんあれからは、パジャマをきちんと着るようにはしているけどね。
そして学校まで車で送ってくれて、帰りも同じように家まで送り届けてくれる。
朝食も夕飯も両方食べていくから、なんだか家族みたい。
怪我の方もかなりよくなって、もう送ってくれなくてもいいんだけどね。
先生ったらまだ病院にも通ってるし、完治するまで続けるって聞かないのよ。
でもね、ここだけの話なんだけど、先生といる時間がすごく楽しいの。
あんなに嫌だったのが、嘘みたいにね。
だけど、もうすぐこの楽しい時間も終わりになる。
そう思っただけで、憂鬱になる自分がどうしてなのかわからなかった。
「千春、なんだか元気ないね。まだ痛むの?」
「え?ううん。もう、全然平気」
「じゃあ、なんか悩みごと?」
「別に悩みごとなんて、ないよ」
「嘘。あたしに隠したって、ダメなんだからね」
遙とは初等部からの付き合いだから、かれこれ10年になる。
あたしがちょっとでも悩んでいたりするとすぐに気付いて聞いてくれるのは、遙だけだった。
「遙…」
「そうだ、明日千春の家に行ってもいい?学校帰りにどこかに寄って話を聞いてあげたいけど、先生が送って行くでしょ」
「うん、いいよ」
遙が家に遊びに来るのは久しぶりだったから、すごく楽しみだった。
金曜日だから、お泊りしていったら?というあたしの提案に、遙は二つ返事でOKしてくれた。
+++
「うわぁ、先生の車ってライフなんだ」
「可愛いっ」なんて、先生に向かって言ってもいいのかな?
でも実は、あたしも初めに乗せてもらった時にそう思ったんだけどね。
後部座席にあたしと並んで座っている遙は、さっきからはしゃぎまくっている。
「オイオイ、永井さん。そんなにはしゃがない。今日は、特別なんだからね」
本当はあたしが怪我をしたからという理由で、特別に先生に車で送ってもらうことを許可してもらっていた。
今日は遙が家に遊びに来るというので、他の先生方には内緒で車に乗せてもらったのだ。
「は〜い。先生」
「返事だけは、いいんだよな」
先生は、呆れ顔で車を走らせた。
その間もあたし達は、学校のこととか遙の彼氏の高見くんのことを話し続けていて、先生はよくそんなに話すことがあるなって驚いていたけどね。
先生は毎日夕飯も食べていくから、今日は遙も加わっていつになくにぎやかな食卓だった。
お母さんには昨日話してあったから、すごいご馳走だったのよね。
そして先生を玄関先で見送って、遙とあたしは一緒にお風呂に入った。
うちのお風呂はお父さんのこだわりで、二人で入っても余裕なくらい大きいのよ。
お母さんいわく水道代とガス代がかかる上に掃除が大変と不評だけど、お父さんに言わせるとお風呂が大きいのは男の甲斐性なんだって。
「千春の悩みごとって、神田くんのこと?」
お風呂からあがって、あたしの部屋で麦茶を飲んでいると唐突に遙が言う。
思わず言い当てられて、あたしは苦笑する。
遙は鋭いから、言わなくてもなんでもわかってしまう。
でも、このモヤモヤは神田くんのことだけではないことを遙は気付いているだろうか?
「神田くんのことは、すごくいい子だって思う。好きだけど、それは男性として好きってことじゃなくて、遙を好きなのと同じなの。優しさは時に人を傷つけるって、そうなのかな?」
「それ、根津先生に言われたの?」
「えっ、どうして遙が知ってるの?」
遙がどうして、それを知っているのだろうか?
「そっか、やっぱりね」
「なにが、やっぱりなの?」
ひとりゴチている遙だったけれど、あたしにはさっぱりわからない。
「そんなの簡単じゃない。神田くんにはっきり言えばいいのよ」
「そうだけど…」
「そうするしかないでしょ?千春はなんとも思っていないってわかっててこのままずるずるいくなんて、それこそ神田くんがかわいそうだよ」
「うん」
「大丈夫、神田くんはわかってくれるよ」
「そうだといいんだけどね」
「で、話はそれだけじゃないでしょ?」
「え?」
「隠したって、ダメだからね。根津先生のことでしょ?」
遙はなんでもお見通しって顔で、微笑んだ。
そんな顔もすごく綺麗で、思わず見惚れてしまう。
「遙、超能力者になれるよ」
「なに、冗談言ってるのよ。どうしたの?先生のこと、好きになった?」
「そういうんじゃないんだけど。もう、ほとんど怪我も治ってるから送り迎えも終わりかなって…。そう思ったら、なんだか寂しくて」
昨日病院に行ったら、次回診察して異常がなければもう来なくていいよってお医者さんに言われていた。
だから、その日が来たらもう先生とは一緒に学校にも行けないし、ご飯も食べられない。
それは、怪我をする前の日常と同じはずなのになぜか寂しくて…考えただけで切なくなって涙が出そうになる。
「神田くんのことは、そんなふうに思わないんでしょ?」
「う…ん」
神田くんとは学年も違うし、先生に送り迎えしてもらってるから一日話さない日もある。
それでも寂しいとかそんなことは、一度も思ったりしなかった。
それって…。
「千春、そういうのを恋してるって言うんだよ」
遙の一言に鳥肌が立った。
これが恋なの?
あたし、先生に恋してる?
「遙、あたし先生のこと好きなの?」
「今更なに言ってるのよ。そう、千春は先生が好きなんだよ」
「でも…」
でも、先生を好きになるなんて…。
「なにをそんなに悩んでるの?千春は先生が好き、それがはっきりわかったんだし、悩むことないでしょ?」
「う…ん」
好きってわかったけど、こればっかりは敵わぬ恋に他ならない。
だって、相手はあたしの先生なんだもん。
「先生だっていいじゃない、好きになるのは自由でしょ?まぁ、他の人を好きになるよりはハードルが高いかもしれないけどね」
「恋するって、苦しいんだね」
「そう、でもね恋するって苦しいだけじゃないんだよ。好きな人が自分に微笑みかけてくれるだけでも幸せな気分になったり、少しでも好きな人に可愛く見られるように努力したりね。千春も頑張って、先生だからって諦めたりしたらダメなんだからね」
そっか、遙も高見くんのことそういうふうに思ってたんだね。
遙に話したら、すごく楽になった。
人を好きになるって苦しいけど、すごく素敵なことなんだって。
神田くんには悪いけど、正直に自分の気持ちを話そう。
そしていつか、先生にも―――。
その夜は、眠ることも忘れて遙と色々なことを話したのだった。
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