あたしは、神田くんに今の気持ちを告げるためにお昼休みに中庭に呼び出した。
それを黙って遙は見ていたけど、あたしの顔を見て察したのかなにも言わなかった。
「あのね、神田くんに話さなきゃならないことがあるの」
神田くんもいつもと違うあたしに気付いたようで、神妙な面持ちで次の言葉を待っていた。
「あたし、神田くんのことは好きだけどそれは恋じゃない。友達からって神田くんの言葉に甘えて、このままだとあたし神田くんを傷つける。もう、傷つけてるかもしれないね。だから…」
「わかってました」
「え?」
神田くんはあたしから視線を外すと空を見上げるようにして、顔を上げた。
「わかってましたよ。河合さんが、僕のことそういうふうに思ってないって。でも、僕は河合さんが好きだから、はっきり断れないのわかってて、ズルイですね」
「そんなことないよ」
「聞いてもいいですか?誰か好きな人が、いるんですよね」
「え?」
付き合って欲しいと神田くんに言われた時、今と同じように誰か好きな人がいるのかと聞かれた。
その時はそういうことはなかったからそうじゃないとはっきり答えられたけど、今は違う。
けど、どうしてわかったのだろうか?
「根津先生、ですか?」
「どうして…そう思うの?」
「見てるからです、あなたをずっと。そして視線の先には、必ず根津先生がいましたから」
気付かぬうちにあたしは、根津先生を目で追っていたようだ。
「ごめんね」
「なぜ謝るんですか?河合さんは、初めにちゃんと断った。それを僕が、受け止めたくないばっかりに友達からなんて言って。困らせたのは、僕の方なんです」
空を見上げていた神田くんは、あたしの方に視線を戻すとしっかりと見つめる。
その表情があまりに悲しげで思わず視線を反らしそうになったけど、それをじっと我慢した。
「あの時は、自信があったんです。あなたを絶対振り向かせるって。でも、誤算でした。まさか、根津先生が相手とは」
そう言うと神田くんは、ふっと微笑んだ。
「あたしも、先生を好きになるとは思ってもみなかった。だって、あたし先生のことずっと苦手だったんだもん」
「ずっと?」
神田くんは、あたしの『ずっと』という言葉が引っかかったようだ。
「先生は大学生の時、あたしの兄貴の家庭教師をしていたの。4年も前の話なんだけどね。その時からずっと苦手だった。あの妙に優しい口調も、何もかもが」
今思えば子供扱いされているようで、実際子供だったんだけど、そういうところがあの時は受け入れられなかったのかもしれない。
3ヶ月前に再会した時もそうだった。
全然変わらないあの人にあたしは、やっぱり子供扱いされてて。
でも、一緒にいる時間が長くなる中で神田くんとのことを言われた時もそうだったけど、段々と先生の良さみたいなものがわかってきた。
そして、気付かないうちに好きになっていた。
「でも、今は好き…なんですよね?」
「うん」
「わかりました。綺麗さっぱり、男らしく諦めます」
神田くんは、いつもの笑顔で微笑んだ。
だからって、あたしは素直に喜べる状況じゃない。
そんな思いが、表情に表れていたのだろう。
「そんな、悲しい顔しないで下さい。大丈夫、河合さんの気持ちは絶対先生に通じますよ」
「そう…かな?」
「そうですよ。僕が河合さんと付き合ってるって噂が流れてから、先生僕のことすごい睨むんですよ。あれは、嫉妬以外の何者でもないって思いました」
「えええぇ、先生が?!」
嘘…あの温厚でいつも爽やかな笑顔の先生が、神田くんのこと睨んだりするの?
信じられないわ。
だけど、先生が嫉妬?
それって、あたしにってこと?
「だから、河合さんも自信を持ってください。でないと、僕が諦めた意味がないですからね」
神田くんの優しさを感じて、胸の奥がジンっと熱くなってくる。
先生に自分の気持ちを伝えるかどうかはまだわからないけれど、それでも先生が好きだから頑張ってみよう。
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