土曜日の午前中だったから、開いている病院もあってよかったと思う。
お医者さんの話だと骨に異常はないけれど、打撲らしい。
暫くすると腫れてくるというので、動かさないように安静にすることと言われた。
「取り敢えず、大事に至らなくてよかった」
「すみません、迷惑かけて」
「千春ちゃんが、謝ることじゃないよ。これは、サッカー部を運営する僕を含めた監督者の責任だから。本当にごめんね、痛い思いさせちゃって」
申し訳なさそうに言う先生が、なんだかとても気の毒に思える。
でも、それって…もしかして、先生責任取らされちゃうの?
「先生?」
「大丈夫だよ、千春ちゃんは心配しなくても」
先生は笑ってそう言うけど、きっと学校からなにか言われるに決まってる。
ボールを蹴ったのは平山学院の選手だったけど、会場はうちの学校だったんだもんね。
「先生は、悪くないです。あたしが避けてれば、こんなことにはならなかったと思うし」
「千春ちゃん、ボールを蹴った彼はJリーグ入りが決まってる選手だよ。普通の人は、避けられないよ」
彼は、そんなにすごい人だったの?って、そこで感心してる場合じゃないんだから。
だけど―――。
「本当に大丈夫だから。そうだ、おばさんに連絡しておくよ。こんな怪我をして帰ったら、驚くからね」
先生は、電話を掛けに外に出て行った。
あたしも遙に大丈夫だったと連絡しなくちゃ、あと神田くんにもね。
試合どうだったのかな?勝ってたらいいんだけど。
先生が戻って来て、お母さんに話したらちょっと心配してたって言ってた。
お母さんは、心配性だからね。
それに輪をかけて、兄貴はすごいのよ。
やだなぁ…。
「大事な千春ちゃんに怪我させてって、誠一君に怒られるな」
思ってたことを見透かされていたようで、ちょっと面食らってしまった。
どうして先生が、兄貴のことそこまで知ってるの?
「それより千春ちゃん。うちの神田と付き合ってるって、本当?」
「え…付き合ってなんか、いないです」
付き合ってはいないけど、どうして先生がそんなこと…。
「本当?」
「本当です。友達ですけど、付き合ってはいません」
「付き合ってくれとは、言われましたけど…」最後は小さい声でそう言うと、気のせいか先生の顔が険しくなった。
「千春ちゃんは、彼と付き合う気はないの?」
「わかりません。初めにちゃんと断ったんですけど、友達からって言われて」
「でも彼は、千春ちゃんのこと好きなんだよね?そういう相手と友達なんて綺麗な関係、築けると僕は思わない。千春ちゃんも、彼のことそういう目で見てあげないと。優しさは、時に人を傷つけるからね」
今まで見たことのない先生の表情にあたしは、どうしていいかわからなかった。
ただ、先生の目から視線を外せなくて…。
「ごめんね、こんなこと言って。だけど、誠一君の言う通りだったな」
あたしは先生の言った言葉が頭から離れなくて、その後に言ったことを全然聞いていなかった。
まさか、兄貴がずっとあたしを男子から遠ざけていたことや先生と組んでいたことなど、知るわけもない。
先生に家まで送ってもらうと案の定、玄関先に車の音を聞いただけで兄貴がすっ飛んで来た。
土曜日だから、家にいたのよね。
まったく大学生にもなって、これってどうなのよ。
彼女が、泣くわよ?
「すみません。僕の監督不行き届きで、千春ちゃんにこんな怪我をさせてしまって」
取り敢えず玄関先ではなんだからと家に入ってもらったけれど、先生が申し訳なさそうに謝った。
お母さんと兄貴はいたけど、お父さんは朝からゴルフだとかでいなくてほんとよかったわ。
「先生が悪いんじゃないですから、これは不可抗力ですよ」
お母さんが言った言葉にあたしも同感した。
そうよ、これは不可抗力。
先生は、悪くないんだから。
「それで、怪我が完全に治るまで僕が千春ちゃんを学校へは送り迎えしますから」
「はぁ?」
なんですと?
先生が、送り迎え?!
そんなの、あり得ないでしょ。
「先生っ、そんなこと…。大丈夫です、1人で行けますから」
「そうだな。先生もそう言ってることだし、そうしてもらったら」
ちょっと兄貴、なに言ってるのよ。
そんなわけにいかないでしょうが。
「そうね。千春、そうしてもらいなさい」
お母さんまで…。
結局、あたしの意見なんか聞いてもらえるはずもなく、あたしは週明けから先生の車で送り迎えしてもらうことになった。
これが運の悪いことに膝の怪我と言うのは厄介で、無理をすると治りが遅いらしい。
理由がどうあれ先生のファンはいっぱいいるから、なにを言われるかたまったもんじゃない。
病院に行った時に切ったままになっていた携帯を見ると遙と神田くんからの着信やメールが数件あった。
あたしが急いで遙に電話をして症状を告げるとホッとしたようだ。
そして、気になっていた試合の結果を聞くと1−0でうちの学校が勝ったらしい。
それと神田くんにも電話をしなきゃと思ったが、さっきの先生の言葉が頭をよぎる。
『優しさは、人を傷つける―――』
あたしは神田くんに言われるままに友達って関係を続けているが、先生の言う通りきっと彼はそうは思っていない。
早く、彼への気持ちをはっきりさせないと…。
そう、心に刻んで電話を掛けた。
+++
お医者さんの言った通り次の日は膝が思いっきり腫れて、熱まで出る始末。
高校2年になって、こんなことばかり続いているような気がするのは気のせいだろうか?
平山学院のサッカー部監督とボールを蹴った選手が謝罪に訪れたらしいのだけど、あたしは眠っていてそれは後から聞かされた。
成翔サッカー部監督の木下先生と主将も、お花を届けてくれたし。
―――なんだか、悪いことしちゃったな。
そして、大事をとって月曜日は休みを取った。
先生に送ってもらわなくてよかったって思ったけど、明日からは一緒に行かないといけないのよね。
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