翌日、すっかり熱も下がって学校に行くと門のところで遙と高見くんに会った。
相変わらず、仲が良くてうらやましいわ。
あたしも、早く高見くんのようなかっこいい彼氏が欲しいよ。
「遙、高見くん、おはよう」
「「おはよう」」
遙と高見くんの声が、重なる。
「千春、風邪もういいの?」
「うん、もうよくなったよ。心配掛けてごめんね」
3人で2-Cクラスに向かって歩いて行く途中、遙が思い出したように言った。
「そう言えば、千春。今度、すっごいかっこいい先生が来たんだよ」
「えっ、そうなの?」
「うん。数学の根津先生って言うんだけどね、2年の副担任にもなってる。きっと千春好みだと思うよ」
「へぇ、そうなんだ。今日数学あるし、楽しみだぁ」
あたしはワクワクしながら、教室に入って行った。
数学の授業は、3時間目にあった。
あたしは、遙が言っていたかっこいい先生が入ってくるのをドキドキしながらドアの方をじっと見つめているとガラッという音と共にドアが開き、そこに現れたのは見覚えのある人だった。
あっ…。
一瞬目が合った気がしたけど、あたしはすぐに机の上に視線を移した。
そう言えばよく覚えていないけど、たぶんあの人も根津って名前だった気がする。
まさか、うちの学校の教師になるなんて…。
目の前にいる根津先生は今から4年くらい前、兄が中等部3年の時に1年間家庭教師をしていた人だ。
あたしはその時、中等部に上がったばかりだったけど、どうも第一印象で苦手っていうか好きじゃなかったのよ。
当時、あの人は大学に入ったばかりで一人暮らしをしていたからとお母さんが心配して週2回兄の勉強が終わるといつも夕飯を一緒に食べていた。
あたしはこの時間が、苦痛だったのよね。
あの人はあたしのことを『千春ちゃん、千春ちゃん』って呼んでいつも笑顔で話しかけてくれたんだけど、つっけんどんに返事を返すことしかできなかった。
一度食事をするのが嫌で宿題があるから後で食べるって言ったら、あの人あたしの部屋まで来たのよ?『勉強なら後で僕が教えてあげるから、一緒に食べよう』って。
さすがにあれにはまいったわよ。
仕方なくご飯を食べた後、しっかり宿題も見てもらったけどね。
それからこの人から逃げても無駄だってわかったから、食事だけは食べるようにした。
あたしは優しくされればされるほどむずがゆいっていうか、あの人を素直に受け入れられなかった。
なんで?って言われると困るのよね、だって自分でもよくわからないんだもの。
すっかり忘れていたと言うより、記憶から消してしまっていただけにまさかこんなところで再会するとは思ってもみなかったわ。
中学生になったばかりのあたしからみれば大学生だったあの人はあの時もかなり大人に見えたけど、こうやってスーツ姿を見ると余計そう見える。
だけど、人懐こそうなクリッとしたブラウンの瞳でやさしく笑いかける笑顔は今も変わらない。
でもあの人はあたしのことなんて覚えてないかもしれないし、いやきっと覚えてなんかいないわよ。
はぁ…小さくため息をつくと教科書を開いて、それ以上は考えないように授業に集中した。
はっきり言って、あたしは数学はあまり好きじゃなかった。
だけどあの人の授業は、そんなあたしにも理解できるくらいわかりやすかったと思う。
さっき言った一度だけ宿題を見てもらった時、あれは確か英語だったんだけど、あっという間に解けちゃったのよね。
やっぱり、教え方はうまかったのね。
兄も苦手な数学があの人が家庭教師についてから、かなり成績が上がったって喜んでたのを覚えてる。
お母さんに『千春ちゃんも、先生に習ったら?』って言われたんだけど、それだけは勘弁して欲しかったから丁寧にお断りしたのよ。
あの時から教師になるつもりだったのかしら?
授業が終わって、すぐに遙があたしの席に来た。
「ねえ、千春。根津先生、好みじゃなかった?」
あたしはボーっとしていて、遙の話を聞いていなかった。
「え、なんか言った?」
「ちょっと千春ったらボーっとして、まだ風邪治ってないんじゃない?」
「あっ、ごめん、考え事してた」
「ほんとに大丈夫なの?」
「うん…」
ごめんね、遙。
また、心配掛けちゃって。
あたしだってあまりに急なことで、どうしていいかわからないのよ。
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