Only my maid
Story3


ちょうどその頃、根津先生は順番にクラスの出し物を見学している最中だった。
兄の誠一と彼女の麻奈はもうすぐ来ることになっているが、まだ連絡はない。

―――なぁ、2階のコスプレ喫茶でメイドの格好をしためちゃめちゃ可愛い子がいるらしいぞ。
行ってみようぜ―――

ふとそんな会話が先生の耳に入ってきた。
2階のコスプレ喫茶?
おそらくそれは千春のクラスのことだろうが、コスプレ喫茶をやるなどという話は聞いていない。
担任の宮田先生も、そんなことは言っていなかったし…。
―――ブルルルル。
そんな時に先生の携帯が、胸ポケットで震えだした。

「もしもし」
『あっ、先生?誠一だけど、今学校に着いたところだから。先生、今どこにいるの?』
「誠一君、ちょうどよかった。これから千春ちゃんのクラスに行く所なんだ。先にC組に行ってるから、来てくれる?」
『わかった』

電話を切ると先生は、2階の階段を上り始めた。
C組はちょうど真ん中あたりにあるが、廊下には入りきれないのか長い列ができている。

「根津先生」

先生を見つけて声を掛けたのは、ちょうど休憩を終えて戻って来た遙だった。
遙の格好を見た先生は、やはりただの喫茶店でないことを悟る。

「ねえ、永井さん。C組はコスプレ喫茶だって、聞いたんだけど」

先生のただならぬ表情に遙もマズイと思いつつ、にっこりと笑いながら平静を装って答える。

「はい、先生も遊びに来てくれたんですか?」
「いや、僕は。ただ、普通の喫茶店だと思っていたから、まさかコスプレ喫茶だとは思わなくてね」
「先生は、特別に優先で入れてあげますから。ちょっと待っててくださいね」

遙はそう言い残して、店の中に入って行く。
暫くして、誠一達が先生のところにやって来た。

「先生」
「あぁ、誠一君に麻奈さん」
「千春のクラスすごい人気だね。ここ一体なんなの?」
「コスプレ喫茶らしいよ」
「コスプレ喫茶?!」

誠一もそれには少し驚いた様子だったが、それよりも先生のいつもとは違う険しい表情の方が気になった。

「それで、千春は?」
「僕もコスプレ喫茶だってこと今始めて知ったんでね。千春ちゃんはウェイトレスをやってるってことしか、聞いていないんだよ」

それで、こんな顔をしていたのかと誠一は思った。
しかし、千春のことだ去年のことを考えたら、普通の衣装では済まされないだろうことを兄である誠一は誰よりもわかっていた。

「先生、席を用意しましたからどうぞ。えっとそちらは…」

席を確保して戻って来た遙が、先生の横にいる若い男女を見てそう言った。

「こちらはね、河合さんのお兄さんの誠一君と彼女の麻奈さんだよ」
「え、千春のお兄さんと彼女さんですか?」

なんだか面白いことになってきたなと先生と兄の不安を他所に心の中で微笑む遙だった。

「さぁ、先生もお兄さんと彼女さんもどうぞ」

3人は、遙の案内で席についた。
遙は、奥にいた千春に声を掛ける。

「ねぇ、千春。3番テーブルのお客さん、お願いしてもいい?」
「うん、いいよ。で、何人?」
「3人よ」

千春は水の入ったグラスを3つと紙おしぼりをトレーに載せて、3番テーブルに行く。
う…そ…。
そこには根津先生と兄貴、そして兄貴の彼女であろう麻奈さんがいた。
誰か別の人に代わってもらおうと周りを見回してみたけれど、みんなそれぞれに接客していて誰にも代わってもらえそうにない。

「千春、なにやってるの?早くして。お客さんを待たせるわけにいかないでしょ」

遙は知っててわざとそう言ってることはわかっていたけれど、ここで大声を出すわけにもいかないし、遥をギロットひと睨みするとあたしは腹を決めて3番テーブルへと向かった。

「いらっしゃいませ」

あたしは、にっこり微笑むと何食わぬ顔で3人の前にグラスと紙おしぼりを置く。

「ご注文は、お決まりですか?」
「よぉ、千春。すごい人気だな」

兄貴が、低い声で口を開いた。
こういう時の兄貴は、怒っているのだということを妹であるあたしは小さい時から身をもって知らされていた。

「おかげさまで」
「え、この超可愛い子が誠一の妹の千春ちゃんなの?」

思いっきりどす黒いオーラが流れる中で、唯一明るく答えてくれたのが兄の彼女である麻奈さんだった。

「もしかして、麻奈さんですか?初めまして千春です。兄が、いつもお世話になってます」
「うわぁ、千春ちゃんに会うの楽しみにしてたのよね」

2人の会話にすっかり拍子抜けしてしまう先生と兄貴。
あたしとしては、麻奈さんが来てくれたことは救いだったけどね。
それにしても麻奈さんは、ものすごく綺麗なのよ。
それでいて、そういうところをまったく鼻にかけてない。

「千春ちゃん、僕に何か言うことはないのかな?」

麻奈さんと盛り上がっているところに先生が口を挟む。
学校では千春ちゃんなどとは絶対呼ばない先生が、そう言ったことにこれまた兄貴以上に先生が怒っていることが伝わってくる。

「先生、何にしますか?ここはフレーバーティーとシフォンケーキがお勧めなんですよ」

あたしは、わざと話を反らすようにして言った。

「じゃあ、あたしは千春ちゃんのお勧めにする」
「はい。先生も兄貴もそれでいいですか?」

半ば強制的にメニューを決めさせるとあたしは、急いで奥の厨房に避難した。
はぁ…。
あ〜ぁ、先生怒ってるなぁ。

「先生どうだった?」
「どうもこうもないわよっ」
「そりゃ、ご愁傷様」

面白がってる遙に腹が立つ一方、どうやって先生に説明するべきか、それを考えただけでも頭が痛い。

「千春ちゃん、可愛いですね。先生もあんな可愛い子が彼女で、教え子なんて苦労しますね」

麻奈も彼氏である誠一から妹の千春のことは、よく聞いていた。
まったくブラコンなんだからと思ったが、今千春を目の前にしてそれがよくわかるような気がした。
あんなに可愛い妹がいたら、誰だってそうなるに違いない。
ましてや彼氏となれば相当なものだろう。
彼氏である先生には何回か会ったことがあったが、麻奈から見てもいい男でとても穏やかで優しい。
怒ることなんてないんだろうなと思っていた先生が、やっぱり彼女のことでは1人の男になるんだわと麻奈は思った。

「まったく、あんな格好で人前に出るなんて」

先生も呆れて苦笑を返すしかない。
だいたい宮田先生もあれを黙認するなんて…。
ここはコスプレ喫茶と言ってもウェイトレスは女子だけでなく、男子も同じようにそういう服装で対応していた。
それにしても男子の目は、全て千春に向いているようにしか思えない。
もちろん根津先生も、その1人だったけれど。

「先生も苦労するな」

誠一にとって可愛い妹は自慢だが、自分が卒業して先生がいてくれるから安心だと思っていたのにこれでは先が思いやられると苦笑するしかなかった。


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