Only my maid
Story4


次の日は土曜日で学校が休みだったから、ゆっくり休んですっかり体調もよくなった。
月曜日から学校に行くのは憂鬱だったけど、向こうも覚えてたんだから仕方がないわよね。
それにもうこんなこともないだろうし、と思ったのがあたしの間違いだった。
結局、先生が宮田先生に言ってあたしは敢え無くお役御免と相成ったが、なぜか先生に連れられて会議室に来ていた。

「あの…先生?」

先生は、ずっと無言のまま窓の外を眺めているだけ。
そして、大きく溜め息を吐いた。

「まさか、千春ちゃんがこんな姿でみんなの前に出ているとは思わなかったよ。宮田先生も先生だよね。自分のクラスの生徒なのに黙認するなんて」

先生のことを思えば、みんなに言われたからといってこれは引き受けるべきではなかったと今になって思う。
誰に思われるより、先生に嫌な思いをさせてしまったことがなによりも辛いから。

「ごめんなさい。あたしがちゃんと断ってたら、先生に嫌な思いをさせないで済んだんですよね」
「これは、千春ちゃんだけが悪いんじゃないからね。みんなに言われたら、嫌って言えないだろうし」

先生だって、千春の気持ちがわからないわけではない。
文化祭なのだから無礼講とこの場合は軽く流せばいいだけ、自分の我侭だってわかってるのだが、こればかりはどうしようもないのだ。
窓の外に向けていた視線を千春に向けるとその姿は、あまりにも愛らしすぎる。

「でも、やっぱり千春ちゃんが着ると可愛いなぁ。僕の前だけだったら、全然問題ないんだけどね」
「先生ったらっ、なに言ってるんですかっ」

「怒った顔も、可愛いなぁ」なんて、あんなに不機嫌だった先生が、まるで別人のように変わってるし。
もーいや。
なんてあたしの言葉が、先生に届くはずもなく…。

「まぁ、今回は仕方ないとしても、僕に内緒だったことはいただけないね」
「ごめんなさい」
「千春ちゃん、本当に悪いって思ってる?」

先生は背が高いから、少しかがむようにしてあたしに視線を合わせる。

「はい。思ってます」
「じゃあ、罰として僕の言うことを聞くこと」
「えっ、罰って…」

嫌な予感がするのは、気のせい…なんかじゃないわよね?

「先生?罰って…」
「文化祭の振替の休みに一日、僕だけのメイドになること」
「うえぇぇぇぇえ?!」

僕のメイドって…
まっまさか…この格好でとか言うんじゃないでしょうねぇ…。

「もちろん、その服装でね」

うわぁっ、やっぱり―――。

「せっ、先生っ。そんなことっ」
「僕がさっき、千春ちゃんの姿を見てどう思ったと思う?」
「うぅっ…それは…」
「前もって知ってたら、絶対こんな格好させなかったよ。僕は」

そんなこと言われたって…。
先生、顔が怖い。
だけど、こんな格好で先生のメイドって何をするのよねぇ…。
なんだかんだいって先生には弱いあたしは、納得できないって思いつつも『ハイ』って頷くしかなかった。

+++

はぁ…。

文化祭は二日間に亘って行われたからあの日から二日後、あたしは足取り重く先生のアパートヘと向かう。
いつもならすごく楽しみなはずなのに今日だけ違うのは、先生の罰を受けなければならないから。
先生だけのメイドにならなければならないなんて…。
先生は午前中用事があるらしく、あたしはひとり部屋で待っていなければならない。
もちろん、メイド服着用でね。

はぁ…。

―――先生って、結構イジワルよね?
と思いながらも手には、しっかりあのメイド服を持っているなんて…。
なんて健気なのかしら、自分で自分を褒めてあげたいわね。
前もって鍵を渡されていたけど勝手に入るのはなんとなく躊躇われるが、先生の都合なんだから仕方がない。
でもね、先生ったら学校ではさわやかな好青年を装ってるけど、ここだけの話本当は全然違うの。
もう、ずぽらっていうのかなんというか、初めて部屋に入った時には驚いたのなんの。
さすがにゴミはまとめてあったけど、洋服は脱ぎっぱなしだし、本は本棚から出されたまま元の位置に戻る
ことなく無造作に床に山のように積んであるし、一日掃除で終わってしまったくらいなんだから。
最近来てなかったから、きっとすごいことになってるに違いない。
まぁ、今日はメイドだから許してあげるけど、今まで付き合った彼女はどうしてたのかしらね?
っていうか、本人の自己申告では、あたしに出会ってからというもの誰とも付き合ってはいないって言うん
けど…それって、信じてもいいのかな…。
部屋の中に入ると想像通りの光景が広がっていた。
―――取り敢えず、掃除洗濯から始めるか。
あたしは、ひとりでそう呟くと散らばっている洋服を拾い集めて洗濯機の中へ入れ、本を棚へ戻して掃
除機をかける。
兄貴の下着だって洗濯したことなんてないのに今では先生の物を洗うのなんて、慣れたもの。
人間やれば何でもできるものなのね、なんて妙に感心したりして。
先生の部屋はワンルームでそんなに広くないから、掃除っていってもそんなにたいしたことはないんだけど
ね。
一通り掃除を終えると今度は、しっかりメイド服に着替えてあたしは、先生の帰りを待っていた。
でも、そろそろ帰って来る頃なんだけど…。
誰もいない部屋でこの格好って、なんだかコスプレ好きのオタクみたい。
なんて思っていると玄関のブザーが鳴った。
きちんと相手を確認してから出ないと万が一先生じゃなかった時にこの格好では、相手が驚いちゃうから。
ん?―――先生が覗いてどうするのよ…。
ドアスコープを覗くと先生の顔が度アップで見えた。

「ただいま、千春ちゃん。ごめんね、遅くなって」
「お帰りなさい、先生。…先生?!」

一瞬固まった先生は、慌てて辺りを見回すと急いでドアを閉めて鍵を掛ける。
そして、にっこり微笑んであたしの目線に合わせるようにしてかがむと片方の頬を突き出すような格好をする。

『え?』

その格好は、もしや…。

「千春ちゃん、ただいまのチュウは?」
「えっ…」

チュウってねえ…。

「千春ちゃん、早く。僕、この体勢、結構きついんだよね」

はいはい、わかりましたよ。

―――チュッ。

「うぎゅっ、せっ…先生…」
「千春ちゃん、可愛すぎる」

先生は、あたしを思いっきり抱きしめた。
あまりの強さに声も出ない。
外見はなよっちいくせに、馬鹿力なんだからぁ…。

「あっ、そうだ。千春ちゃんの好きなイチゴのショートケーキを買ってきたんだよ。一緒に食べよう」
「わーい」

先生はあたしが来る時、いっつも買って来てくれる。
まったくゲンキンな話だけど、あたしはイチゴのショートケーキが大好きなのよ。
この時あたしは、今日一日先生のメイドなんだってことをすっかり忘れてしまっていた。


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