学校が始まってから、まともに一日過ごすのは初めてだった。
なんだか、ものすごく疲れた気がした。
「千春、帰ろう」
「うん」
高見くんは部活があるから、練習のない水曜日しか遙は彼と一緒に帰れないのよね。
二人で下駄箱に向かって歩いていると『あっ!先生にお弁当箱返してもらうの忘れた』。
「遙、ごめん。ちょっと忘れ物」
「すぐ追いつくから、下駄箱のところで待ってて」と言うとあたしは職員室に行った。
誰もいなかったらいいんだけど、そう思いながら行くとちょうど誰もいなくてチャンスだわ。
ノックをしてドアを開けるとすぐ近くにいたあの人に声を掛ける。
あの人は言わなくてもわかったみたいで、すぐにお弁当箱の入った紙袋を持ってあたしのところに来た。
「お弁当、すごくおいしかったよ。おばさんにお礼、言っておいて」
「はい。じゃあ、先生さようなら」
「さようなら。気をつけて、帰るんだよ」
あたしは、そう言ってぺこりとお辞儀をすると踵を返して昇降口に向かおうとしたら、そこにはなぜか遙がいた。
「なんで、遙がここに…」
「それは、こっちのセリフ。なに?今の」
バレたか…。
まぁ、黙っててもしょうがないしね。
「これには、色々あってね」
あたしが言うと。
「ゆっくり、聞かせてもらうわ」
二人は、駅の近くのセルフサービスのコーヒーショップにいた。
「で、どういうこと?」
遙、目が怖いよ。
「実はね。根津先生は、前に兄貴のカテキョをしてたことがあったの」
「ごめん、隠してたわけじゃないんだけどね」とあたしが言うと、遙はかなり驚いた様子だった。
「え?そうなの?」
「うん」
あたしはアイスティーのストローをくるくる回しながら、話し始めた。
「4年くらい前かな、1年間だったんだけどね。さっき職員室に行ったのは、金曜日あたしが倒れた時、あの人あたしのこと車で家まで送ってくれたのよ。それで今日は、お母さんがお礼にってあの人のお弁当持たされたってわけ」
「ふ〜ん」
なによ、その顔なんか言いたげよね。
「だから千春ちゃんって、呼んだんだ」
あたしは、思わず飲んでいたアイスティーを噴出しそうになって逆に咽た。
―――ゲホッゲホッ
「いやっ、それはあの人が勝手に呼んでるだけで…」
「いいよ、そんなに慌てなくて。だけど、なんで千春は先生のことダメなの?」
「うん。あたしはあの人に初めて会ったのが中学1年だったんだけど、その時からどうもこう受け付けないっていうか苦手だったのよね」
「それって、嫌いってこと?」
「そういうのとも違って、こう一緒にいるとペースを乱されるっていうかそんな感じかな」
「よくわからないけど、きっと千春が今まで会った事がないタイプなんだね。ところで、先生ってその時は大学生だったんでしょ?どんな感じだったの?」
「うん。大学に入ったばかりだったんだけど、今とそんなに変わらないんじゃないかな?人のこといっつも子ども扱いよ。千春ちゃん千春ちゃんって、ほんと参るわ」
「え〜、いいじゃん。あたしも、呼ばれたいよ〜」
「なんでよ。高校生にもなって“ちゃん”付けなんて、恥ずかしいだけじゃない」
「そうだけど。でもなんか年上の人に可愛がってもらってる感じがして、いいなって思ってさ」
遙と付き合っている高見くんは同い年だから遙のことをずっと呼び捨てにしていたし、可愛がるというよりは対等になんでも言い合える関係だったからそんなふうに思うのかもしれない。
「そうかな?っていうか、別にあたしはあの人に可愛がってもらってないと思うけど」
確かに兄貴とも違う、あの人といるとなんか不思議な感じで自分でもそれがなんなのかはわからなかった。
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