出逢いは突然に
STORY 10


社長に言われた言葉が、青の頭から離れない。
…なぜ、ヴェンティセッテを買収しなければならないのか…。
それを俺が…。
自分の知らないところで誰かがそれに携わるよりずっとマシだと思ったが、だからといってこれからどうすればいい?
買収以外に方法は、ないのだろうか?
ヴェンティセッテを守る方法は…。
返事は明確にせず、濁した形で社長室を後にしたけれど、業務命令となれば断ることなどできるはずがない。
しかし、あんなに喜んでいた葉月を裏切るようなことなど、俺にはとても…。
仕事と恋愛は別などと、到底青には割り切れるものではなかった。

椅子の背に深く凭れ、目頭を押さえてじっと考えていると、デスクの上の携帯が鳴りすぐに切れた。
どうやら、メールのよう…。
…葉月…。
すぐにそれが彼女からのものとわかると、青は携帯を手に取って画面をメールを開く。

『青、ごめんね仕事中に。今夜、逢えないかな〜って思って。あっ、忙しかったらいいから無理しないでね。 葉月』

何も知らない葉月からのメールに心が痛む。
自分だって、忙しいくせに…。
それでも逢いたいと思ってくれる彼女の気持ちが、嬉しかった。

でも…今の状態で彼女に逢っても、いいのだろうか?

『俺も逢いたい。遅くなるかもしれないけど、俺のマンションで待っていてくれる? 青』

迷った挙句、打ったメールは今までと変わらない青の本心。
すぐに『青の好きなものを作って、待ってるから』という返事が返ってきて、思わず携帯を握り締めた。



帰り間際にちょっとしたトラブルが発生し、これは大したことなくすぐに解決したけれど、出遅れてしまった葉月は急いで青のマンションへ向かう。
―――随分、遅くなっちゃったなぁ。
これから、食事を作っても間に合うかしら?
青にもらった合鍵で室内に入るのは、すっかり慣れたもの。
ほとんど自分の物をここに持ってきてしまっているから、いつでもすぐに来られるのは便利だが、こんなに甘えてなんだか申し訳ない気もしなくもない。
そんなことを考えながら、エプロンを着けて食事の準備に取り掛かろうとした時に玄関のブザーが鳴った。
―――あらっ、もう帰って来ちゃったの?
まだ、何にも準備できてないのにぃ。
と思っても、帰って来ちゃったものはしょうがない。
葉月はパタパタとスリッパの音を立てながら、走って玄関のドアを開ける。

「お帰りなさい、青。ごめんなさい、あたしもたった今来たところで、夕食の支度もこれからなんだけど」
「ただいま。いいよ、俺も手伝うから」
「ほんと?ありがと」

ニッコリと微笑む葉月を、青は何も言わずに自分の胸に抱き寄せる。
この肌の温もりをもう、感じることができないかもしれない。
そう、思ったから…。

「青?」

「どうかしたの?」とそっと顔を上げた葉月の唇を、それ以上何も言わせない意味を込めて塞ぐ。
こんなに好きなのに愛しているのに、なぜ自分の手で不幸にしなければならない。
…俺には、どうすることもできないのか?彼女を守ることも…。
貪るように葉月の唇を奪う。

「…せ…い…っ…やぁっ…」

いつの間にか激しくし過ぎてしまったようで、葉月は青に支えられていないと今にもその場に崩れ落ちてしまいそうだった。

「ごめん、俺…」

…何、やってんだ俺は…。
自分で自分が嫌になってくる。

「ううん。青、疲れてたんじゃない?ごめんね、あたしが逢いたいなんて我侭言って」
「そんなことない。葉月が悪いんじゃないんだ。俺が…」

―――青、一体どうしたのかしら?
こんな青を見るのは初めて…。
仕事で何かあったのだろうか。

「あたしが夕食の準備をしておくから、青はお風呂にでもゆっくり入ってて?」
「あぁ、ごめん」
「いいのよ」

そう言って、葉月はバスルームに消えて行った。
その後姿を見ていた青は思う。

自分は何を失っても構わないが、葉月だけは失いたくない。

全てを賭けて、彼女とヴェンティセッテを…。
心に誓う青だった。

+++

―――昨日の青は、どこか変だった。
葉月は敢えて聞かなかったが、その後の彼はいつも以上に激しくて…。
何かを抱えていることは間違いないと思うけれど、それが何なのかは葉月にもわからない。

「おはようございます。社長宛にこんなものが届いてますが」
「あぁ、おはよう。何?」

秘書の杏子が持って来たのは、何かのパーティーの招待状。
見れば差出人は、帝国アーバン・ディベロップメント代表取締役社長となっている。

「え?何、これ」
「ヤダ、葉月知ってたんじゃないの?」
「全然」
「てっきり、葉月の彼氏がうちを招待してくれたんだと思ってた」

葉月の彼氏である青の勤める会社からの招待状だったから、杏子はてっきり聞かされているものとばかり思っていたのだが、どうやら違っていたようだ。
となると、なぜあんな大企業からうちの会社にこんなパーティーの招待状が届いたのだろうか?

「さぁ…。コーヒーを提供して欲しいって依頼でもないし」
「じゃあ、どうする?欠席にしておく?」
「困ったわねぇ。うちは何の取引もないから、どういう経緯でこんな招待状が届いたのかはわからないけど」

今のところ、青の会社とは仕事上で関わる予定はないが、青の口利きか、もしかして何かの間違いかもしれないし…。

「その前に一応、相手に確認してもらえる?本当にうちに招待状を出したのかどうか。もしかして、何かの間違いかもしれないから」
「そうね。下手に欠席して、目を付けられても困るわね。うちなんてまだまだ小さい企業だから、何されるかわからないし」

――――昨日、青が変だったのはこのことだったのかしら?
青ったら、ひと言も言ってくれなかったのに…。

後でメールでも出して聞いてみよう、そんなふうにそれほど深く考えずにいた葉月だった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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