青の携帯に一通のメール。
…おっ、葉月からか。
また、今夜のお誘いかな?
しかし、暢気にメールを開いた青は首を傾げるばかり。
『仕事中ごめんね。さっき、帝国アーバン・ディベロップメント社長の名でパーティーの招待状が届いたんだけど、青が出してくれたのよね?』
…パーティーの招待状?
Evolution City完成記念パーティーの件はもちろん知っているが、俺はそんなものを出した覚えはない。
というか、葉月のところとは今のところ取引もしていないし…。
それは、社長から買収の件で…。
あっ…まさか、社長の差し金…。
きっと、そうに違いない。
でなければ、招待状などヴェンティセッテに出すはずがないのだから。
すぐに青は、確認するために総務に電話を掛けた。
『はい。総務部ですが』
「橘です。今度のEvolution City完成記念パーティーの招待状のリストにヴェンティセッテ社を入れるよう指示したのは、誰か教えて欲しいんだけど」
『はい。少々お待ち下さい』
暫く待っていると、初めに出た女性が再び電話口に出る。
『お待たせ致しました。課長の話ですとヴェンティセッテ社を加えるよう、社長から依頼されたそうです』
…やっぱり、そうか。
「わかった。ありがとう」
…俺が何もしないから。
しかし、なぜ葉月をパーティーに…。
青は席を立つと、足早に社長室へ向かう。
「社長は?」
「はい。お部屋にいらっしゃいますが」
「ありがとう」
歩みを止めずに秘書に確認すると青は社長室のドアをノックする。
中から低い声が聞こえたが、それすら確認する間もなくドアを開けた。
「社長」
「どうした?橘君。そんなに慌てて」
勢いよく入って来た青に社長は何事か、という表情で彼を見つめる。
「ヴェンティセッテにEvolution City完成記念パーティーの招待状を出されたそうですね」
「あぁ、そのことか。今後のこともあるし、顔くらい知っていてもらってもいいだろう?」
「だからといって、相手はまだ何も知らないんです。全く無関係のうちが招待状を出せば、不審に思われるだけです」
「出席するか欠席するか、それは向こうが決めること。別に強要しているわけじゃないんだから、たかが、パーティーの招待状くらいでそう慌てることでもないと思うが」
「まぁ、そうですが」
青としてみれば、この段階で変に葉月と関わって欲しくなかった。
ただ、それだけなのだ。
「それより買収の件だが、取り敢えず株をできるだけ多く取得して欲しい」
「あの、社長。どうしても、ヴェンティセッテを買収なさるおつもりですか?」
「その話は、前回したはずだ。何を今更言ってるんだ」
社長は席を立つと、少し苛立ちを見せる。
それは青もわかっているが、買収までしなくてももっと他にも方法があるはず。
「ですが。買収までしなくても、資本提携とかもっと他にも方法が…」
「私はヴェンティセッテが欲しいんであって、他のものはいらないんだよ」
あくまでも社長は、ヴェンティセッテが目的であって葉月や他の従業員は必要ないということ…。
青も社長は経営者として尊敬するが、会社のためなら相手がどうなってもいいという考えはどうしても受け入れることができなかった。
彼女が一生懸命築いてきたものをそんな簡単に奪うようなことなど、絶対にできない。
しかし、今の状況で株を取得すれば…その前にヴェンティセッテが何らかの対策を講じていれば、話は別だが…。
「わかりました。まずは、5%未満で株を取得致します」
「頼むよ」
青は社長室を出ると自分の部屋に戻り、葉月にメールの返事を返す。
「ごめん、パーティーのことは俺が言い忘れていたんだ。うちの社長もヴェンティセッテのコーヒーがお気に入りらしくて、それで招待状を出したんだよ。都合が付けばでいいから、無理しなくてもいいよ」
社長が勝手に送ったとなれば怪しまれると思った青は、自分が送ったということにしておく。
多分、彼女のことだから、青が出したと知れば出席で返事を返して来るだろう。
心苦しくもあったが、別の意味で社長の顔を見ておく方がいいのかもしれないと思ったから。
◇
「社長。帝国アーバン・ディベロップメントに確認したんだけど、招待状は出しているそうよ?」
ちょうど青からメールの返事が届き、それを見ている時に杏子が部屋に入って来た。
「たった今、青からメールが来たんだけど、彼が招待状を出したんですって。何でも、社長がうちのコーヒーを気に入ってくれてるらしいわ」
「へぇ、社長がねぇ。なら、出席で出していいわね。その日は、特に大事な予定も入っていないから」
「わるいけど、そうしてもらえる?」
パーティーなんてものに出席するのは久し振りの葉月は、来て行く服はどうしよう?とか、そんな心配ばかりしてしまう。
彼の招待となれば、恥をかかせるわけにもいかないし…。
「ねぇ、うちは買収なんてされないわよね?」
杏子の唐突な質問に我に返る葉月。
―――買収?
買収って、企業の?
うちみたいなまだまだ小さな企業を買収するところなんてないと思うけど、何で杏子は急にそんな話を…。
「どうしたの?急にそんな、買収なんて話」
「ほら、テレビでもそういう話を多く聞くから。今って、何でうちが?って企業がいつの間にか買収劇にさらされるってケースが多いじゃない」
杏子の言う通り、あるファンドが利益を目的に買収劇を繰り広げる話をよく耳にする。
それは大企業だけに留まらず、地方の企業だったりもしているから、うちが安心だとは一概に言えないのだ。
「まぁね、うちは大丈夫だと思うんだけど」
「暢気なことを言っている場合じゃないかも。うちは、防衛策とかとってないんでしょ?」
「何もしてないわね」
「もうっ、やられてからじゃ遅いんだから」
―――あたしより、経営は杏子の方が向いているかも?
どこまでも他人事な葉月だったが、やっとここまで会社を大きくしてきたのにそれを妨げられるようなことがあれば、自分だけでなく従業員を窮地に立たせるかもしれない。
それだけは、社長として絶対に避けなければ…。
「杏子」
「あたし、ちょっと相談してみるわ」
「お願い」
部屋を出て行く杏子の後姿を見送ると、葉月は携帯から『今夜、逢いたい』というメールを青に入れた。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP
Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.