「青、今度のパーティーに来て行くドレスを選んで欲しいんだけど」
「ねぇ、聞いてる?」と葉月に問い掛けられて、フっと我に返った青。
今、自分が置かれている立場を考えたら、彼女とこうしていてはいけないのではないだろうか?
別れを考えなければいけないのかも…。
「え、なんか言った?」
「どうしたの?ボンヤリして。もしかして、疲れてる?あたしが無理に誘ったりしたから」
彼の優しさに甘えてしまったのではないか?
ふと、そんな気がしてならなかった。
「そんなことないよ。ごめん、ちょっと考え事をしていただけだから」
青は心の中を葉月に見透かされないように微笑むと、彼女の肩に腕を回して自分の胸に抱き寄せる。
こんなふうに、ゆっくりと彼女と過ごす時間が好きだった。
どこかへ連れて行ってとも、物をねだったりもしない彼女にもう少し甘えて欲しいと思うけど、そこが葉月らしいのだと思う。
偶然バーで出逢って、ここまで惹かれるとは思わなかったが、あの時出逢わなければ二人はどうなっていたのだろう…。
「ほんとにどうしたの?今日の青は、いつもと違う」
髪を頬を撫でる彼の手が、心なしか震えているようにも感じるのは気のせい?
さっき、考え事をしていたと言っていたけれど、仕事で何か大変なことでもあるのだろうか、それとも他に…。
「で、さっき何て言ったんだ?」
「ん?青の会社に招待されたパーティーに来て行くドレスを一緒に選んで欲しいなって思ったの」
「パーティー…」
そうだった…。
すっかり忘れていたが社長が勝手に葉月に招待状を出していた、というか、これは青が出したことになっているわけで、もちろん彼女が断るはずもない。
しかし、青と葉月が恋人同士の関係だということは気付かれないまでも、お互いを知っていることが知れたらどうなるのか…。
「Evolution Cityって、凄いんでしょ?うちもあんなところにお店を出せればいいんだけどな」
「初めは名所っていうか、観光みたいな感じになるだろうから。葉月のところも、もう少し早く店舗展開をしていたら出せたんじゃないかな」
「そうね。今度は、もっと早く手を打たないと。でもね、今年中には10店舗目指して頑張るつもり」
目を輝かせて話す葉月を心底応援できない自分…。
それより、彼女からこの希望に満ちた笑顔を奪ってしまうかもしれないというのに…。
…ダメだ、今日の俺はこんなことばかり考えてしまう。
世間的に見れば、この若さで大企業の取締役という地位に就き、何不自由ない生活をしているように思われているだろう。
確かにそうかもしれないが、青もまた企業の歯車でしかないということに関しては誰ともそう変わりはない。
むしろ、責任だけが重くのしかかって自由に飛び回ることもできない籠の鳥。
「葉月、パーティーのことなんだけど」
「どんなドレスが、いいのかな?背中とか大きく開いたのとか?あたし、そんな大企業のパーティーに招かれるのって初めてだから、緊張しちゃう。でも、青がいてくれて良かった」
「あのさ、俺のことは知らないことにしてくれないか?」
「え?どうして」
―――青が招待してくれたって言うから…なのにどうして?
それに誰も知ってる人がいない葉月には彼だけが頼りだし、知らないことになんて…。
「ごめん。詳しいことを今は言えないんだ。ただ、俺のことは知らないフリをして欲しい」
「青がそう言うなら。でも、ドレスは一緒に選んでね?」
「あぁ。言っとくけど、背中の大きく開いたのはNGだから」
ただでさえ、自分の恋人を大勢の前に出したくはないというのに背中の大きく開いたドレスなんて持っての外。
できるだけ地味に装って、社長に気付かれないようにして欲しいというのが青の本音だった。
+++
「社長、本日のEvolution City完成記念パーティーは5時からですが、車は1時間前くらいに用意すればいいでしょうか?」
「そうね。それくらいで、間に合うでしょ?」
青の話だと帝国アーバン・ディベロップメントの社長がうちのコーヒーを気に入っていると言っていたし、今後の店舗展開にも影響してくるかもしれない。
他に招待されたであろう大物にも顔を売っておく必要はあると思うが、彼の言葉とあの表情が妙に引っ掛かる…。
「彼の招待だもの、張り切って準備しないとね?」
何も知らない杏子は彼氏の前では綺麗に装う、そんなつもりの言葉だったに違いない。
「それが…あたしは、青のことは知らないってことになってるから」
「えっ、それどういう意味よ」
企業間での取引は一切ないところからのパーティーの招待、それは彼である青の計らいだと聞いていた杏子にはさっぱりわからない。
「あたしにもわからないんだけど、青からそう言われたの。知らないフリをして欲しいって」
「知らないフリ?どうしてかしら、彼が招待状を出したんじゃなかったの?」
顎に指をあてて、一生懸命考えている杏子。
彼女の言うように青は自分からというような言い方をしていたが、本当はそうじゃないのかもしれない。
言い忘れていたというところも、彼なら真っ先に言いそうなことだし…。
「青が、今は詳しいことは言えないからって。でも、何かあるのよ、きっと」
葉月には、そうとしか思えない。
ここのところの彼の様子が少し変だったことも、もしかしたら…。
それは、行ってみなければわからないことだけど。
「わかったわ。あたしも、知らないフリをすればいいのね?」
「うん、お願い」
念のために杏子にも付いて来てもらうつもりだが、これから何が起ころうとしているのだろう。
嵐の前の静けさなのか、それとも…。
◇
予定通り葉月と杏子を乗せた車は、パーティー会場である都内の一流ホテルへと向かう。
開始が夕方からで、もう社へは戻らないつもりで出て来た二人。
葉月の心配を他所に杏子は楽しそうなのは、誰か玉の輿のいい男でもいないかしら?とまぁ、そんなところ。
企業のお偉いさんばかり招いたパーティーに、そうそう若い男性がいるとは思えないけれど…。
でも、青の話によると有名な芸能人も来るらしく、かなりの豪華なものになるということだったから、もしかしたらということもあるかもしれない。
ホテルに到着すると、葉月は彼に選んでもらったドレスに着替える。
背中は大きく開いてはいないけれど、胸元はそれなりに露出度は若干高め。
それでも黒に押さえたことで、年齢よりは大人びて見えるだろう。
「それ、彼氏に選んでもらったの?」
「そう。あれもダメ、これもダメって、なかなか決まらなくって。最後にやっとこれにね」
なかなかうんと言ってくれなかった青が、ようやっとOKを出したのがこれ。
葉月もお気に入りではあったけど、ちょっと大人っぽいかも。
「側にいられないんだもの。葉月が狙われやしないか、心配なんじゃない?」
「誰も狙わないわよ」
「そんなことないと思うわよ?美人で若くてやり手社長だもん。男が放っておくはずないわ」
褒め過ぎだと思ったが、これは杏子だけが思っていることではなく、もちろん青も同じ。
葉月は自分で気付いていないだけで、狙っている男が多いことをもう少し自覚して欲しいものだと思わずにはいられない杏子だった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP
Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.