出逢いは突然に
STORY 13


「さすが、大企業は違うわね。うちもこのくらい盛大にパーティーを開けるくらいの会社にしてもらわないと。ねぇ、社長?」
「あら、そのためには杏子さんにはもっともっと、頑張って働いてもらわないといけないわ」

わざとおどけてみせる杏子に葉月も負けてはいない。
二人は顔を見合わせて、クスクスと笑い出す。
いくらなんでも築き上げてきた時間が違うのだから、どう頑張ったって今の葉月にはこんなに大きくすることは不可能。
それに大きくなくなって、みんながやりがいを持てる会社にしたいというのが、葉月のモットーだったから。

「まぁ、葉月の彼氏の恩恵とはいえ、こういうところにあたし達も来られるようになったのはすごいことよね」
「そうね」

株式も上場し、一歩一歩着実に前へ進んで行く。
これも杏子を含めた仲間達が、一丸となって頑張ってくれたおかげと葉月はいつも心の中で感謝しているのだった。

ホテルの中でも一番大きな場所を貸し切ってのパーティーはとても盛大なもので、葉月も見知った著名人が数多く目に入る。
ここで葉月の顔を売っておけば、将来何かに役立つかもしれない。
Evolution Cityの完成祝賀ではあったが、ここに来ているほとんどの人が葉月と同じ考えであっただろう。

「彼氏、一際目に付くわね。葉月が惚れるのも、わかるわ」

杏子の向けた視線の先には、青の姿が見える。
今日は知らないフリをしていなければならないから声を掛けるわけにはいかないけれど、彼女の言う通り彼はやっぱりいい男。
ふとした瞬間、自分の彼氏だというのが信じられなくなる時がある。
あの若さで大企業の取締役に就いている、その上素敵で自分なんかよりもどこかの令嬢と付き合う方がいいんじゃないか。

「見てるわよ、彼。あぁ、あの目には葉月しか映っていない。悔しいけど」と耳元で叩くように言う杏子。

本当にそうだろうか?
ほんの数秒だったが、優しく微笑む青と目が合った。
―――彼のあの綺麗な黒い瞳に映るのは、あたしだけなの?

「そんなこと」
「今、目が合ったでしょ。あたしにはチラッと視線を止めただけだったのに、葉月にはあんな笑顔を向けるなんて」

「妬けるわ」とグラスの載ったトレーを持ったボーイから、ゴールドに輝くシャンパンを選ぶと杏子はそれにロを付ける。
でも、今日は知らない者同士という約束だから、青とは楽しく会話をすることはできない。

それを思い出した葉月は、我に返る。
―――なぜなのかしら?
知り合いだと困る理由があるってことよね。

そんなことをぽんやり考えていると、プロなのだろうか?中年男性で進行役の司会者がパーティー開始を告げると共に紹介し、壇上に上がったのは、主催者である帝国アーバン・ディベロップメント代表取締役社長 斉賀 義勝(サイガ ヨシカツ)。
葉月は社長を見るのは今回が初めてだったが、なかなかセンスもいいし、思ったよりも若いという印象を受けた。
あの人を見ていると青のような若い幹部を置くのも、なんとなくわかるような気がした。

「あの人が社長なのね。結構、イカスじゃない。それにやり手って、感じがたまらないわ」
「杏子って、おじ様系が好きよね?」
「そりゃそうよ。お金持ってるし、教養もあるし」

杏子は、昔から年上好み。
それもお父さんくらい離れている方がいいらしいから、葉月にはちょっと付いていけないところもあるが…。
しかし、何だろう…。
わけのわからない不安が、葉月を襲う。
そして、あの人には気を付けなければいけないという警笛が、心の奥で鳴り響いていた。



それでも招いてもらった以上、挨拶に行かなければならないと葉月と杏子は合間を見計らって斉賀のところへ行く。

「これはこれは、ヴェンティセッテの中野社長。私は、あなたに会えるのを楽しみにしていたんですよ。今日はお忙しい中、来ていただき、ありがとうございます」

斉賀の方から挨拶されて、葉月と杏子は面食らってしまう。
顔も合わせたことがないのにどうして、斉賀は葉月だとわかったのだろう?

「Evolution City完成おめでとうございます。そして、このようなおめでたい席にお招きいただきまして光栄です」

一応、葉月が名刺を差し出すと、斉賀は大事そうにそれを受取り、入れ替わるようにして自分の名刺を葉月に渡す。
取引もしていないヴェンティセッテのような小さな会社の社長である葉月に対しても、斉賀の物腰柔らかな口調はとても好感が持てる。

「斉賀社長は、うちのコーヒーを気に入っていただいていると聞いておりますが」
「そうなんですよ。ヴェンティセッテは、どのコーヒーよりも美味しいと思います。できれば、うちの社に作ってもらいたいくらいですよ」

高らかに笑う斉賀。
その表情からは本心なのか、お世辞なのかは読み取ることはできないが、それを今ここで詮索する必要もないだろう。
葉月はありがたく、その言葉を頂戴することにする。

「社長にそのように言っていただけると、こちらも心強いです」
「今度、よろしければゆっくり食事でもいかがですか?もちろん仕事の話ですよ。Evolution Cityの次に計画中の新しいビルにヴェンティセッテに是非出店いただけたらと思いましてね」
「えっ、うちをですか?」

それはヴェンティセッテにとって願ってもない話だが、単なるコーヒーショップを出店させるために社長直々に食事に誘うということがあるのだろうか?
これが斉賀のやり方なのかは葉月にわからなかったが、この時は疑う気持ちなどこれっぽっちも持っていなかった。

「人気のコーヒーショップですから、当社管理のビルに独占契約していただければというのが本音なんですがね」
「独占…」

寝耳に水とは、まさしくこのこと。
葉月の想像すらしていなかったことが、水面下で動いていたということなのか…。

「深く考えずにまず、食事でも。うちの橘という男も、一緒に連れて行きますから」

「あちらで対応している、若いですがなかなかキレる男なんですよ」と示されたのは、紛れもなく青だった。
―――斉賀社長は、一体何を考えているのかしら…。
うまい話には、必ず裏がある。
そう疑ってしまうのは、葉月だけなのだろうか?
しかし、食事に青も来るとなれば、少なからずこの話を彼も知っていることになるのでは…。
だから、今日は知らないフリをして欲しいと言ったのかもしれない。

「わかりました。こちらは、喜んでお受けします」
「そうですか。では後ほど、こちらからご連絡差し上げます。今日はゆっくり楽しんでいって下さい。料理もたくさん出ますし、有名な歌手も呼んでいますから」
「はい。ありがとうございます」

満足そうに去って行った斉賀を見送りながら、何か大変なことに巻き込まれるのではないか。
葉月はそんな気がしてならなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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