出逢いは突然に
STORY 16


それから新作のコーヒーメニューなどを検討していると一週間などあっという間に過ぎてしまい、これから帝国アーバン・ディベロップメントの斉賀社長との会食。
『深く考えず』とは言われても、どういう話をされるのだろう…。
大企業の社長との会食など、まだ一度も経験したことのない葉月には、肩の荷が重かった。

「社長、そろそろ出ましょうか」
「えっ、えぇ」

呼びに来た杏子と共に迎えの車でオフィスを出ると、向かった先は都内にある一流ホテル。
この前招待されたパーティーで使用したホテルとは別だったが、こちらも負けず劣らず豪華で名の知れたところだった。

「どこかの料亭かなにかだと思ったけど、ホテルなのね」

杏子が料亭と思ったのと同様に葉月もてっきりそうなんだと思っていたが、相手が女性だということで場所をホテルにしたのだと青からは聞いていた。

「青の話だと、あたし達に合わせたみたいよ?若い女性の好みそうなところってね」
「ふううん、そっか」
「何よ、そのどうでもいいって感じの言い方は」

呆れたように言う葉月に「だって、葉月には悪いけど、あんまりあの社長とは関わりたくないんだもの」と、杏子は車窓に目を向ける。
ちょうど太陽が真上にある時間帯のせいか、日差しが眩しい。
できることなら何も起こらないうちに手を切りたいと杏子は思っているが、葉月と青のことを考えたらそうもいかない。

「社長も言ってたし、深く考えないでおきましょう。まず、相手の出方を見ないとね」

警戒ばかりしていても始まらない。
これを機にヴェンティセッテも大きく変わらなければならないかもしれないし、いずれにしても葉月の手腕が問われることは確かだった。

いくら誘われたといっても大企業の社長を待たせるわけにもいかず、二人は少し前に約束のホテル内にある有名シェフが腕を振るうことで知られたフレンチレストランへ到着し、入口で青の名を告げるとすぐに個室に案内された。

「これが合コンだったら、楽しいんだけど」
「それは、杏子だけでしょ?」

仕事仕事で突っ走ってきたから合コンなんて久しくやってないなと葉月は思ったが、確かにこれがそうだったらちょっと楽しいかもなんて…。
こんな冗談を交わしながら待っていると、時間ぴったりに斉賀社長と青が現れた。
葉月と杏子が立ち上がって、二人を迎える。

「こちらからお呼びだてしたのに、お待たせしてすみませんでしたね」
「いえ。こちらこそこのような機会を設けていただき、ありがとうございます」
「紹介が遅れましたが、統括マネージャーの橘です」

斉賀に紹介されて青が挨拶すると葉月もそれに返し、互いの名刺を交換する。
挨拶を交わした時にちらっと青と目が合ったが、彼の表情は特に変わらない。
前回の祝賀パーティーと同じで、お互い知らないフリをしているのだから。

「さぁ、お腹も空いたでしょう」と斉賀は相変わらず物腰柔らかい口調で微笑むと、レストランのウェイターに引かれた椅子に腰掛ける。

「料理はこちらで適当に頼んでしまいましたが、嫌いなものがあったら遠慮なく言って下さい」
「はい。私達は好き嫌いはないので、大丈夫です」
「それは、結構なことですね」

青がウェイターにワインと料理を準備させると、すぐにソムリエバッチを着けた女性がワインリストを持ってやって来た。
初めてバーで逢った時もそうだったが、彼はお酒には詳しいから何をチョイスするのか楽しみだったりして。

「カフェ店舗は、どのくらいのペースで増やして行く予定なんですか?」
「そうですね。年内は、10店舗を目標に展開していくつもりです」
「もし縁あってうちと独占契約できるようでしたら、東京だけでなく、地方都市にも出店できるようにしたいと思っているんですよ」

葉月は都心とその近郊を中心に店舗展開を進めて行くという、それは社内でも初めから大きく出ない方がいいとの判断だった。
逆に特定の場所に足を運ばないと味わえないという、特別さが若者にウケるだろうと思ったから。

「まだ、うちのような新参者はなかなか受け入れてもらえるかどうか、わかりませんので。それに地方というのは好みも違いますから、参入は難しいと思うんです」
「何を言うんです。若いあなたが、そんな弱気でどうするんですか?」

ソムリエが持って来た赤ワインを一人ずつグラスに注ぎ、取り敢えず乾杯。
弱気というか、慎重になっているだけで、ヴェンティセッテの本来の業務はイタリアから厳選したコーヒー豆を輸入することにある。
カフェは、それを応用したものにすぎないし。

「これは私の独断で決めることではありませんから、社内でよく話し合わなければならないと思います」
「そうですね。私もつい、先走りました。橘君にその辺のところの資料を作成してもらったので、話だけでも聞いていただけますか?」

鞄から青が書類袋を取り出すと、斉賀の言っていた資料を葉月と杏子の前に配る。
わりと厚めのその資料をペラペラと捲ってみれば、現状持っている帝国アーバン・ディベロップメントのビルテナントの立地や次期建設予定のEvolution Cityに続くビル等の条件が事細かに記載されていた。
その数の多さに驚かされたが、こんなに大規模に展開したら、資金面にしても、それこそ葉月の力では纏めきれないだろう。
そうなれば、帝国アーバン・ディベロップメントの協力なしには成り立たなくなってくる。

ふと、『まさか、乗っ取りじゃないわよね?』と言った杏子の言葉が頭に浮かぶ。
―――もしかして、それが目的…。

もう一度、資料に目を落とせば、Evolution Cityのような一大プロジェクトを除き、現状あるビルはどれも立地は悪くないものの、これだけカフェをOPENさせるには何か意味があるはず。

「それでは、説明させていただきます。せっかくの料理が冷めてしまうといけませんので、食べながら聞いていただいて構いませんので」

次々と料理が運ばれて来たが、その間に青が資料の内容を説明する。
葉月は黙ってそれを聞いていたけれど、ほとんど頭には入っていなかった。

気が付けば、2時間くらい話をしていたことになる。
とても有意義な時間を過ごしたと思うが、やはり何かが引っ掛かる…。

「この資料だけではピンとこないかもしれませんが、時間を掛けてこの件についてのお話をしたいと思っています。よろしければ、私でも橘のところでも構いませんので連絡いただるとありがたいのですが」
「わかりました。社で検討して、何らかの形でお返事させていただきます」

和んだ雰囲気で会食を終えた葉月だったが、なんとなくその全貌が見えてきたような気がしていた。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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