出逢いは突然に
STORY 17


再び、ヴェンティセッテ本社に戻る車の中で葉月は無言のまま、窓の外を流れる景色を眺めながら全てを整理する。
事の発端はEvolution City完成祝賀パーティーに招待されたことだったが、あれは斉賀社長がうちのコーヒーを気に入ってとのことだと青からは聞いていた。
今となれば、それだけで何の関わりもないヴェンティセッテが招待されたことも不自然だし、挨拶を交わした時点で独占契約のことを口にしていたところから判断しても、恐らくその前からそういう計画が持ち上がっていたのは確かだろう。
それが斉賀社長の独断なのか、社内で決まったことなのかはわからないが、葉月の知らないところで話が進んでいたことは間違いない。
今回同行させたことから考えても青は知っていたはずで、濁すような口調だったのは葉月との関係が前提にあったから言えなかったというのが大筋だと思う。
一体、何のためにヴェンティセッテと独占契約を結ぶ必要があったのか?
さっき出された資料からも、帝国アーバン・ディベロップメントが自社で所有するビルに店舗を展開させることで何が彼らの利益に繋がるのだろう?
葉月の憶測も結局のところ、ここでストップしてしまう。
今一歩、決定的なものが見えてこない。
―――青はなぜ、何も言ってくれないのかしら?
ただ一つだけ言えることは、青がこの件に関して自分の口から何も語ろうとしないこと。
立場的に言えないこともわかっているけど、それにしても…。
彼の態度から感じられるのは、ヴェンティセッテにも葉月にとってもプラスではない…ということは、青にとっても何か…。
葉月は自分のことよりも、青のことが気掛かりでならなかった。

+++

あれから、独占契約についての進展もなく、帝国アーバン・ディベロップメントからのオファーも特にない。
念のためを考えての対策は杏子に任せてあったが、どうやら心配は当たっていたようだ。

「社長、帝国アーバン・ディベロップメントが株式の大量買いを始めたようです」

帝国アーバン・ディベロップメントの動向を監視していた杏子が社長室に入るなりの第一声に葉月は驚いて椅子から立ち上がって、机に乗り出す格好になる。

「えっ、大量買い?」
「えぇ。まだ何も知らないひよっこの女社長だと思って、甘く見てるんじゃないかしら?あの斉賀社長は」

腕を組み、少し強い口調で話す杏子。
とうとう、本性を現したのだろうか?斉賀社長は…。
独占契約の話を持ち掛けておきながらの株の大量買いは、やはり買収が目的だった。

「どうしよう、杏子」
「何よぉ、社長がそんな弱々しい姿で。もっと胸張って。カッコいい葉月でなきゃ、誰も付いて来ないわよ」

そうは言われても葉月自身、まさかこんなことになるとは夢にも思っていなかったのだから。
世間に名も知られていないような、小さな会社を買収するなんて…。

「そんなことを言われても…。あたしには、生憎そんな技量を持ち合わせていないんだもの」

そのまま、崩れるように椅子に倒れこむ葉月。
こんな姿を社員には絶対見られたくはなかったが、これが本音の彼女なのだ。
ここまでやってきただけでも、頑張ったねって褒めて欲しい。
甘えてるって、言われても。

「あたしが知ってる葉月は、そんなんじゃないわよ?弱音なんて吐かない、最後まで諦めない」
「杏子は勘違いしてる。あたしだって、弱音も吐くし、諦める時だってある」
「あのねぇ。まだ、うちの会社が帝国アーバン・ディベロップメントに乗っ取られると決まったわけじゃないの。どうしたよの、葉月らしくない」

大量買いと言っても放っておけばその可能性も大きくなるが、まだ買収される段階にはない。
早急な対策は必要になるが、リスクはグっと下がるはず。

「じゃあ、どうすればいいの?」
「いくつかの買収防衛策があるけど、どれを取るか検討しましょう。いずれにしても、株主総会を開いて決議しないことには。勝手に決められないわね」

株式を上場するにあたってそういうこともあるとは認識していたが、こんなに早く自身に降りかかってくるとは…。
業績を伸ばすことに力を注いできた葉月にとって痛手ではあるが、これも試練と乗り切らなければ。
―――杏子の言う通り、弱音なんて吐いてる場合じゃない。
戦わなきゃ、負けてなんていられないもの。



直ちに幹部を召集しての緊急会議を開き、買収防衛策について検討が進められた。
現段階では帝国アーバン・ディベロップメントが本当にヴェンティセッテの買収を計画しているかどうかもわからないけれど、その可能性が高い以上、これは必要不可欠。
最終的には既存株主らに新株予約権を割り当て、敵対的な買収者の持ち株比率が高まったら買収者の比率を下げるポイズンピル(毒薬)で行くことに決定した。

「後は株主総会で過半数の承認が得られれば、一安心ってところかしら」
「問題は、帝国アーバン・ディベロップメントが本当にヴェンティセッテの買収を計画しているかどうかなんだけど。まぁ、そうでなくても、この防衛策は受け入れてもらえると思うわ」

どこの企業でも取り入れられている防衛策だから、まず株主の賛成は得られるだろう。
でも…。
―――青に何か。
この件があってからというもの、彼とは電話やメールでやり取りをする程度。
相手が相手だけにもしものこともあるし、話が筒抜けになってしまっては犯罪にもなり兼ねない。
少しだけ気掛かりなのは、こちらが防衛策を取ったことで彼に何らかの影響が出なけばいいけれど…。

+++

数日以内に臨時株主総会を招集して経緯を説明した後、買収防衛策として新株予約権の発行を提案したところ、過半数の賛成を得られたことですぐに対応を取った。
これで安心なのかどうか、葉月にはわからなかったが、少なくともヴェンティセッテが人手に渡ることはなくなっただろう。
帝国アーバン・ディベロップメントの出方が、気になるところ。

それはすぐに斉賀の耳にも入り、買収は事実上失敗したと受け止めざるを得なかったが…。

『橘君が、中野社長とねぇ』

数枚の写真を手に、深く椅子の背にもたれるようにして斉賀はポツリと呟いた。
そこには青のマンションに葉月が出入りするところや、車に乗っていた二人がキスしているところなど、まるでスクープ写真のよう。
株式の大量買いを命じたのは斉賀だったが、独占契約を持ち掛けることで不審に思われないと思っていた。
だから、ヴェンティセッテが防衛策の新株予約権を発行したことに驚きを隠せなかったし、どうして?という思いが強かった。
この写真を見るまでは…。

コンコン―――

「どうぞ」
「失礼します。社長、お呼びでしょうか?」

写真のことなど何も知らない青は、斉賀に呼ばれてここへやって来た。
むしろ、ヴェンティセッテが買収を逃れたことでホッとしていたのも、つかの間…。

「ヴェンティセッテが、新株予約権を発行したようだね。買収は成功すると思っていたんだけど、私も彼女達を見縊っていたようだ」
「私も、ああいう策に出るとは思いませんでした。世間でも同様の事例で騒がれていますから、敏感になっていたのかもしれません」
「そうかな。誰かが、知恵を貸したんじゃないのかね」
「え?」

「例えば、君が」と机に並べられた数枚の写真を見て、青は目を見開いたまま言葉が出ない。
そこには、どこで撮られたのか自分と葉月が映っていたが、誰が見ても親密な関係としか思えないだろう。
青も彼女との関係は否定しないが、『知恵を貸したんじゃないか』と言った斉賀は何かを誤解している。

「私は、彼女に買収の件は話していません」
「これを見て、誰がそれを信じる。君達は、そういう関係だったんだろう?愛する彼女を守るために社内の重要情報を漏らした。美談だな」

さっきまでとは口調が変わり、口角を上げて意味深な笑いを浮かべる斉賀。

「私は―――」
「君には、責任を取って辞めてもらうしかないな。私は、まだ社長を続けたいんでね」

独断でヴェンティセッテ買収を計画した斉賀が失敗したとなれば、株式の大量買いなど多額の資金を使用したことも、その責任は本来なら社長である彼にある。
辞任は免れないところだが、青のスキャンダルを利用して、彼に押し付けて自分は逃れるつもりなのだ。

「わかりました。辞表は明日、提出します」

「失礼します」と言い残して、青は社長室を後にした。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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