LAST Valentine Day
STORY2


「なぁ、船箕(ふなみ)。昨日もらったチョコレートでさぁ、朝倉からのやつ」
「朝倉?あぁ、彼女はいつも凝った物をくれるよな」

―――凝った物?
確かに毎年、彼女からもらったものはひなが喜んでたな…ってことは、あの手作りは別に本命でも何でもなかったということか?
ひなのやつが最もらしいこと言うから、てっきりそうなのかと思ったじゃんか。
何だよ。
ホッとしている反面、ちょっぴり寂しい自分がいて…。
今朝から彼女のことが気になってついつい目で追っていたが、そのわりには目が合うことも一度もなかったし、やはりあのチョコレートだけで本命=隼人に気があるという理論は成り立たなかったと言うことだろう。
早とちりというか、何というか…。

二人は昼休みに社員食堂でカツカレーの大盛りをトレーに取ると、空いていた角の席に並んで座っていた。
昼と夜はほとんどここにお世話になっていたが、安いのと給料天引きが魅力に加え、何といっても従業員のことを考え全て手作りなのがいい。
熱々のとんかつを船箕(ふなみ)は美味しそうに食べていたが、隼人はそれを見ても確かに美味しそうには思えたけれど、今はそれより彼女からもらったチョコレートが同じものなのかどうかを確認する方が重要。
さり気なく船箕(ふなみ)に聞くタイミングを計っていたが、どう切り出せばいいのかわからなくて、こう言ってみるしかなかった。

「そうだよな、手作りなんて」
「手作り?」

隼人の口からポロっと出た言葉に反応した船箕(ふなみ)は、スプーンを止めて顔を向けた。
―――ヤバイ。俺、変なこと言ったか?
慌てて「違うのか?」と言い返したが、船箕(ふなみ)の次の言葉が怖い。
気付かれないように口元に視線を持っていき、ジッと待つ。

「まぁ、そう見えなくもないが、ありゃ既製品だな。メーカーの製品案内が、入ってただろ」
「あ」

―――確かに言われて見れば、既製品なら製造メーカーの名前がどこかに入っているはずだ。
どうして、そんな簡単なことに俺は気付かなかったんだ。
『船箕(ふなみ)、お前は探偵にもなれるな』と思った隼人だったが、普通に考えてみればそうだろう。
ひなが本命とかいうから、動揺した俺はそんな簡単なことにまで気付かなかった。
だけど、それならひなだって気付くはず。
女性はそういうところは敏感だから、となるとやっぱりあれは…。

「残念ながら、俺には本命はなかったな」
「そっ、そうか?」
「お前、もしかして朝倉から」
「は?そんなわけないだろ。どうして、俺が朝倉から」

鋭い船箕(ふなみ)が、そう簡単に聞き流してくれるはずがない。
しかし、予想に反して「だよな」と変に納得されるのもどうなのか。
朝倉は明るくて美人だったが、誰も彼女の心まで捕らえられた者はいなかったし、隼人(はやと)とはどうしてなのか、初めから恋愛対象ではなかったのだ。
それを船箕(ふなみ)もわかっているからこそ、こんな返事をしたのだろう。

「朝倉って、男いるのかな?」
「さぁな。だけど、あれだけのいい女だぞ?いない方が、おかしいだろ」

「そうだな」と答えた隼人だったが、あのチョコレートの意味は…。
考えてもわからなかったけれど、だからといって隼人はどうすることもできなかった。



「城野、城野ったら」
「えっ、あっ朝倉」

仕事に集中と言いたいところだが、隼人の頭の中にはなぜか朝倉のことばかり。
そんな時に本人から声を掛けられて、今の隼人は過剰に反応してしまう。

「忙しいところ悪いんだけど、ちょっと聞きたいことがあって。今いい?」

―――聞きたいことって…。

「どうしたのよ、そんなに驚いて」
「いや、別に。お前が、いきなり声を掛けるから」
「さっきから、何度も呼んでたわよ?なのに城野ったら、全然気付いてくれないんだもん」
「ごめん」

腰に両手を当てて偉そうに「別にいいけど」と口を尖らせている彼女だが、それでも美人だということには変わりない。
艶やかな色を押さえた唇に真っ白な肌、クルンとカールした睫毛がシャープな瞳を可愛らしく演出している。
どうして、今まで気付かなかったのだろう?

「で、何だっけ?」
「だ・か・らぁ、聞きたいことがあるって言ったでしょ」
「聞きたいことって」
「あっ、そうそう。随分前の話なんだけど、城野が見てた分厚い輸出関連の資料があったじゃない?あれがどこにあるのかを聞きたかったのよ」

―――何だ、資料の話かよ。
だからといって、周りではたくさんの人が仕事をしているこんなところで他に何の話をするっていうのか。
考え過ぎだとわかっていても、どこかいらぬことばかりを意識してしまう。

「輸出の分厚い資料?」

―――偉く昔の話だなぁ。
「あれなら、えっと。確か、書庫の奥の方に」と隼人が腕を組んで首を傾げてみてもはっきり思い出せないのは、すっかり記憶の中から消え去ってしまっていたから。

「書庫の奥って、どの辺?」
「ちょっと待て、今思い出すから」

急に言われても、簡単には思い出せない。
それだけ、細胞が日々消滅しているということにしておいて欲しい。

「見ればわかるだろ。ちょっと、探してくるわ」
「いいわよ、忙しいんだから。書庫にあるなら、あたしが探すから」

席を立った隼人を彼女が止める。
隼人とて忙しくないわけではないが、彼女を前に適当にあしらえるはずがない。
「いいから」と行ってしまった隼人の後を追うようにして、朝倉も書庫に行く。
フロア隅にあるその部屋は壁にキャビネがぎっしりと並んでいて、何が入っているのかいつからそこにあるのかもわからないくらいのダンボールが中央に山積みになった人一人通るのがやっとという狭いところ。
常に誰かが利用するというものではなく、普段使わないけれど廃棄できないという資料が保管されていたから、ほとんど人の出入りもない。
隼人は壁のスイッチで電気を点けると、目星を付けたキャビネを片っ端から開けていったが、お目当てのものは簡単には出てこなかった。
―――おかしいなぁ、この辺にあったような気がしたんだけど。
一つの段に無理矢理前後2列にファイルを並べてあったから、もしかしたら誰かがどこか奥に入れてしまったのかも。

「もう、いいから。城野は席に戻って」

朝倉も一緒に探していたが時間もだいぶ経っていたし、これ以上隼人を付き合わせるわけにもいかない。
その時、隼人が大きな声を上げた。

「あった!」
「えっ、どこに」

しゃがみ込んで前列のファイルを全部床にに出してみたら、隼人の読み通り、やはり奥に入っていた。

「あぁ、これこれ。ありがとう、城野君。なかったらなかったでもいいんだけど、前にやった資料があると助かるから」

まるで高価なプレゼントでももらったかのようにファイルを開いて嬉しそうに微笑む彼女。
―――こんなことで。
と、隼人は思ったが、それよりもこんなふうに微笑むのだということの方が驚きだ。

「じゃあ、コーヒー一杯で」
「は?」
「探してやったんだけど」

彼女が手に抱えているファイルに顎を突き出すようにすると、「わかったわよ」と仕方ないなという表情を見せた。
こんな他愛のない会話、今更だけど密室に二人きりというのが急に隼人の心臓の鼓動を加速させる。

「あのさ、…チョコレート」
「えっ」

一瞬、彼女が強張ったように感じたのは気のせいだろうか…。

「美味かったよ」

しっかり味わうようにして、一つだけ口にした。
残りは、ひなに食べられないように大事に取ってある。

「食べてくれたんだ」
「お前が言ったクセに」
「うん、そうなんだけど…」

「ありがと」と俯いた彼女の頬がほんのり赤く見えたのは、気のせいなんかじゃない。
隼人は彼女の体をクルっと回転させて、「ほら、早く出ようぜ。ここに長くいると体に悪い」と言って背中を押した。


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