親切にクリーニングに出していたなんて、それも下着もよ?
お金持ちってのは、何でもかんでもクリーニングに出して洗ってもらうわけ?
信じられない!!ローブの下は素っ裸だったなんて…。
あの綺麗だけどガッシリした手が…かあっ、私ったら何を考えてっ。
だいたい、『安心して、見てないから』って、見ないで脱がせるわけないじゃないっ。
よりによって、若社長に見られるなんてぇ。
っていうか、そんなことより、今晩ここに泊まるわけにはいかないんだから、何とかしなきゃ。
とはいっても彼の言う通り、この格好ではどうにもなりゃしない。
「本気で言ってないですよね」
溜め息混じりに聞いてみたが、若社長は腕組しながらニヤッと笑って「さぁ」と曖昧に答えるだけ。
絶対、からかっておもしろがってる。
私がアタフタしているのが、珍しいのかもしれない。
「いいんですか、顧問に言いつけても。あの雨の中、車に乗せて下さったこと、お医者さんに診ていただいたことは感謝してます。もちろん、わざわざ来ていただいたお姉さんにもですが」
全てに完璧、怖いものなしの若社長でも顧問には頭が上がらないことを知っていた椎名、ズルイやり方かもしれないが、こうでも言わなきゃ弄ばれるのはまっぴら御免だ。
「何て、言いつけるんだい?雨に濡れたことをいいことに家に連れ込まれた上、服を脱がされて襲われそうになったとでも?」
そこまでは言わなないにしても、じゃあなんて言いつけるのだろう。
だいたい、一つしかないベッドの隣に寝るなんて言うからこういうことになるんじゃない。
「君が、そんなことを言うわけないさ」
「わかりませんよ?いざとなったら」
「話はその辺にして、ゆっくり眠った方がいい」
そうしたいのは山々だけど、若社長がわけわかんないことを言い出すからっ。
だから、おちおち寝てもいられないのよ。
「そんな顔しなくても。あとでお粥持ってくるから、なんなら俺がフーフーしてやっても」
「遠慮しておきますっ」
ガバっと布団を頭までかぶっても、彼の笑い声が聞こえてくる。
あぁ、何でこんなことに。
うだうだ考えているうちに、椎名はまた深い眠りの中に沈んでいった。
どれくらい眠っていたのだろうか。
さっきよりずっと軽く感じる体、そして頬に触れる少し冷たくてゴツゴツした…。
「わ、若社長っ」
いつの間にというか、もしかして、ずっとここに居たのだろうか?
心配そうな顔で椎名を見つめる若社長。
「大丈夫か?うなされてたみたいだから」
「えっ」
頬に伝う涙の跡を指で拭う若社長の手は、とても優しくて心地よくて。
夢の中で、騙されて見す見す捉えられた馬鹿な私を救ってくれたヒーローは、もしかして彼だったのだろうか?
「怖い夢でも見たのか?」
「いいえ。ヒーローが私を救ってくれました」
「そうか」
そっと瞼を閉じると、思い出したくなかった数時間前の出来事が鮮明に蘇って涙が溢れ出す。
どうして、夢の中みたいにヒーローが私を救ってくれないのだろう?
「おい、どうした」
「何でもないです」
「何でもないやつが、泣いたりするか」
泣くつもりなんてなかった。
抑えようと思っても勝手に出てくるんだから、どうしようもないじゃない。
「ごめ…なさい」
「謝る理由なんてないだろ?泣きたい時は思いっきり泣けばいいさ」
「ほら、鼻水も一緒に出てるぞ」尚はサイドテーブルの上のティッシュを一枚取ると、思いっきり椎名の鼻を摘む。
痛いじゃない!!手荒にしないでと心の中で叫んだが、彼なりの優しさなのだろう。
悲しいやら可笑しいやらで、もうぐちゃぐちゃ。
親や友達にだって弱いところを見せたことなんてない、こんな顔を見せたのは若社長が初めてだ。
「笑うか、泣くか、どっちかにしろ。しっかし、美人もどこへやら。ひどい顔だな」
「わかってるんですから、そういうこと言わないで下さいよぉ。今まで誰にも見せたことないんですから。言っときますけど、若社長だけなんですからね」
「そりゃ、光栄だな」
親父が自慢していた美人で有能で、非の打ち所のない完璧な秘書。
それがどうだろう?子供みたいに鼻水垂らして泣きじゃくってるなんて。
あまりに愛おしくて思わず抱きしめたくなったが、バスローブ一枚の下には何も身に着けていない彼女に触れるわけにはいかないだろう。
「若社長って、思ったよりいい人ですよね」
「思ったよりって、失礼だな。俺は相当いい人だろう?」痛くない程度に椎名の頬っぺたを抓る。
本来なら、真っ先になぜ、あの雨の中を傘もささずにずぶ濡れになって歩いていたのか?と問い質すはずなのに彼は黙って、多分、椎名から言うまで聞かないつもりなんだろう。
傲慢で甘やかされて育ったお坊ちゃまだと思っていたが、若くして社長を任せた父親の期待を裏切ることなく会社はこれまで以上に安泰だ。
「聞いても、いいんですよ?」
「君が話したいなら。そうでなければ、姉貴に余計なことは聞くなって言われてんだ」
「お姉さんには弱いんですね」
「家族の誰も頭が上がらないが、旦那には違うみたいだな。いい奥さんしているらしい」
きっと、素敵な旦那さんなんだろう。
「落ち着いたなら、お腹も空いてるだろう?お粥持ってくるよ」
「すみません。若社長に何から何まで」
「気にするなって、病人の特権だ」
部屋を出て行く彼の後姿をじっと眺めながら椎名は思う。
やっぱり、彼は私にとって、ヒーローだったのだと。
「おぉ、美味そうだ。あれで、なかなか料理は上手いんだ」湯気の立つお粥のお鍋を載せたトレーを持って入って来た尚。
干し貝柱を使った、本格的なお粥は食欲をそそる。
「起きられるか?」
ぐっすり寝たのと薬も効いたのだろう、泣きはらした目は赤いが顔色もだいぶいい。
椎名は胸元をしっかり押さえながら体を起こすと、彼はお茶碗にお粥を装ってフーフーし始めた。
「若社長っ。そんなこと、いいですって」
「いいから、いいから。熱いから気を付けて」
「はい、あーん」蓮華を椎名の口元に持ってくる。
「あの…遊んでません?」
「全然?」
「美味いから、口開けろって」仕方なく椎名は言う通りにしたが、どうにも納得がいかない。
というか、ここまでしてもらう必要はないわけで。
こんなところを彼女が見たら、首を絞められかねない。
「あの」
「どうだ?」
「とっても、美味しいです」
「そうか。姉さんも喜ぶだろう」
再び、フーフーしながら蓮華を椎名の口元に持ってくる。
もういいからと言っても彼は聞いてくれそうにない。
「あの、こんなところを彼女に見られたら大変なことに」
「え、彼女?あぁ、そいういう特別な相手はいなから、心配しなくてもいいよ」
「若社長。彼女、いないんですか?」
この人に彼女がいないとは。
特別な相手という言い方をしているところをみると、ガールフレンドならいるという捕らえ方もできなくもないが。
「悪いか」
「いえ、意外だと」
「どうせ、女をハーレムみたいに侍らせてるとか思ってたんだろ」
「まぁ、あながち」
「あのなぁ」
俺はいつの時代の人間だ。
そう思われても不思議ではないのかもしれないが、これでも女性に関しては一途だし、遊びで付き合うなんてことはしないんだからな。
「そういう君は?彼氏はいないのか」
「え…」
急に表情を変えた彼女にマズイことを聞いたと思ったが、もう遅い。
俯いて黙り込んでしまった彼女に何を言っても無駄だろう。
「騙されてました。二股掛けられてたんです。馬鹿ですね、一年以上気付かなかったなんて」
次の瞬間、強い力で抱きしめられていた。
「何も言わなくていい、何も」耳元で囁くように何度も何度も。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP
Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.