Actor
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「おはよう、吉原(よしはら)君」
「おはよう。っつうか、元に戻っちまったのかよ」

「撮影の時の未来(みく)が良かったのに」と、迎えに来た彼女を見るなりちょっとガッカリした様子の大和(やまと)。
CM撮影も上手く!?いって(オンエアーされるのが怖いけど…)、というかこれも未来にとってはよくわからないまま終わってしまったといってもいいのかもしれないが、ひと時の恋人気分、CMデビューを果たしたからといってゆっくり感慨に浸っている場合ではない。
また、いつものように俳優、吉原 大和のマネージャーとして、しっかり仕事をしていかなければならないのだ。
大和のガッカリに付き合っている暇はないが、綺麗な彼女を目にしてしまった彼には元の地味な未来に戻ってしまったのが多少なりとも腑に落ちないのだろう。

「元に戻ったというより、これが私なんだもの。ほんの一瞬だったけど、素敵な夢を見させてもらったわ」
「俺は、夢なんかで終わりたくない」

…そう、あれは夢なんかじゃない。
大和は心の中で、自分に強く言い聞かせる。
キラキラと輝く海にも負けないくらい輝いていた彼女、俳優になってからというもの、数々の大女優や国民的美少女とも競演してきたが、あれほど魅力的な女性に会ったことは一度だってなかった。
ハートを鷲掴みにされるというのは、ああいうことを言うのだろうか?
十代の頃からずっと第一線に身を置いてきて、事務所や関係者の過大な期待や重圧に押し潰されそうになったことは幾度と数え切れないほどある。
自分が本当にやりたかったことは、こういうことなのか…。
この仕事を楽しいと思ったことなど一度もなかったし、吉原 大和でありながら吉原 大和でなく、決して心と体が重なり合うことはない。
自問自答を繰り返しながらここまできたのだということを一体、何人の人が知っているのだろう。
いや、恐らく誰も知らないはず。
一切、押し殺してきたのだから。
それがどうだろう、初めてこの仕事を楽しいと思えたことと、離れたくない側にいて欲しいと思える女性(ひと)に出会えたこと。
だから…。
夢でなんか、終わりたくないんだ。

「吉原君、それどういう意味?」
「それは…」

何の躊躇いもなく聞き返してくる未来、大和はそれこそ答えに困ってしまう。
簡単に口にしてはいけないことくらい彼にだってわかっているし、こんな場所でなら尚更。

「あっ、もう行かないと」

「収録に間に合わないわ」と慌てて連れ出す未来に少々拍子抜けの大和だったが、今日は5人のメンバーで構成された人気アイドルグループが出演していることで話題のバラエティ番組のゲストとして出ることになっていたのだ。
滅多にというか、ほとんどバラエティになど出たことのない大和が、どうしてこの依頼を引き受けたのか。
説明しなくてもわかると思うけれど、誰かさんの出現によって大和の考え方にも変化が現れたというところかもしれない。

急いで車を走らせテレビ局に到着すると、大和のスタイリストになった景と麗ちゃんが、先に来て待っていた。
彼女が付いて来たのは大和というより、アイドルグループの方に若干興味があったかららしいが、こう大和の仕事の度に二人が来てしまっては店の経営に響かないか、成り行きで頼んでしまった感もあるし、未来も心配になってくる。

「ごめんね、遅くなって。でも、景ちゃんと麗ちゃん。二人揃って、お店は大丈夫なの?」

挨拶を交わす4人だったが、「大丈夫さ。おかげで店も繁盛してて、バイトを入れたんだ」と景。
特にデザイナーを目指しているような若者を選んで、バイトに入ってもらうことにしたらしい。
これでは本人が店に出て接客できないが、元々あまり口を挟むタイプではなかったのと、以前から景の服を愛していたという彼らを信頼しているのだと。
全く売れないのもどうかと思うが、売れ過ぎて本来の姿を保てなくなるようなら、様子を見ながら考え直すことも必要になってくるだろう。

「じゃあ、景ちゃん早速だけどお願いね」
「任せておいて」

大和を景に任せて、未来は番組スタッフとの打ち合わせ。
やることはとにかくたくさんあって、本当に休む暇もなく、また気も抜けないのが大変だが、未来にとっては自分が出演するよりもこっちの方が性に合っている。
また、今日の大和はいつになく穏やかで誰もが引き込まれてしまうほど、プロデューサーも一目置いていたようだった。
彼はまだまだ若いのだし、今のうちに視野を広げておけばきっと将来素晴らしい俳優になっていくに違いない。
そんな彼のことをずっと見守っていけたなら。

「大和さんの生歌って、素敵なんですね」
「実を言うと私も今、初めて聴いたのよ」

ラストのシーンでお決まりのアイドルグループと大和の歌の共演があったのだが、麗ちゃんが感激しているのと同じように未来もまたうっとりと聞き惚れていた。
正直、彼の歌をまともに聴いたことはなかったけれど、こんなにも人を魅了するものだったとは…。
俳優業の傍らのように思われがちだが、彼の場合は作詞作曲も手掛ける本格派。
あれだけ売れっ子で超多忙なはずなのにどこにそんな時間があるのか、マネージャーを務めてみても未来にはわからない。

「誰かを想って歌っている感じですね」

―――誰かを想って…。
彼にそういう人がいるのかどうか。
『俺は、夢なんかで終わりたくない』と言った、大和の気持ちはどこに向いているのだろう。
それより先に、未来は自分がマネージャーとして彼のことを何も知らなかったことが恥ずかしい。
いきなり担当にさせられたということもあったけれど、歌さえも聴いていなければ、出演したドラマや映画も見ていない。
これで、彼の何がわかるのか。

「はい、お疲れ様でした〜」というスタッフの声に我に返った未来。
大和が真っ先に戻って来たのは、もちろん景や麗ちゃん、そして未来のいる場所。
仕事というだけの関係ではなく、それ以上の何かが4人の中に芽生え始めていたことは確かだった。

「お疲れ様」と見ていた3人が口々に声を掛けると「すっげぇ、おもしろかった。たまには、バラエティも悪くないな」と彼はかなりご機嫌の様子。

「未来、これで今日は終わりなんだろ」
「えぇ、どうして?」
「ならさ、みんなでパーッと飯食いに行こう。ねぇ、いいでしょ?景さんや麗ちゃんも」

「もちろん」と答える二人と違って、4人で楽しく食事をしたいのは山山だけど、未来にはこれから帰ってやらなければならないことがある。

「私は、ちょっと」
「何だよ。まだ、あるのか?今日中にやらなきゃならないのかよ」
「今日中にとは言わないけど、できれば早めに」

さっき思ってしまった大和の今までの軌跡をたどらなければ…。

「私はまた今度。3人で楽しんで来て」
「つまんねぇよ。未来が来ないなら、俺も帰る」
「え?」

正直に思ったことを大和は言ったつもり、無意識だったかもしれない。
しかし、聞いていた景と麗ちゃんにはその言葉の意味があまりにもよくわかり過ぎた。
お邪魔虫は退散。

「忘れてた。麗ちゃん、店に戻らないと」
「えっ。あ、そうですね」

目配せする景に麗ちゃんは咄嗟に相槌を打つ。
あ-うんの呼吸だ。

その場で景と麗ちゃんと別れ、仕方なく大和は自宅マンションに帰ることにするが、なぜか未来とは離れたくない。
部屋の前に着いても、諦め切れなかった。

「なぁ、これからやらなきゃならないことって何なんだよ」
「ん?恥ずかしいから」
「はぁ?恥ずかしいことすんのか?」
「ちょっと、変なこと考えてない?」

「考えた」とペロッと舌を出すおちゃめな大和。
―――あぁ、こういうところを激写できたらいいのにっ!!
これも彼の一面、脳裏に焼き付けておかないと。

「白状すると…あのね私、今日の吉原君の歌を聴いていてすごく素敵だなって思ったの。だけど…」
「けど?」
「ごめんね」
「そこで、何で謝るんだよ」

実は他の歌も聴いたことがないとは言い難くて未来は先に謝ったつもりだったのだが、彼にはその意味が理解できていない。

「恥ずかしいんだけど、全く歌を聴いたことがなくて…。だから、今からCDショップに行って買って聴こうと思ったの。こんなんじゃ、マネージャーは失格ね」

もう一度「ごめんね」と謝る未来に大和はまたもや突拍子もないことを口にして…。

「何だ、そういうこと?だったら、俺ん家で聴けば?CDなら全部あるし、なんならさ生で歌ってもいいぜ」
「え…」

未来にそれを断る権限など既に存在していなかったらしい。
あっという間に手を取られて、彼の部屋の中に―――。

「こんなの、ダメっ!!」

という未来の言葉はガチャンと閉まるドアの音にかき消されていた。


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