「カット!! オッケー。いやぁ、遥(はるか)さんは、本当にこういうの初めてなの?」
「はい。小学校の時の学芸会以来です。それも、狸の役でしたし…」
未来(みく)が最後に人前で演じたのは小学校4年生の時の学芸会で、何の話だったか忘れたがそれも狸の役。
全身茶色い洋服で揃えるのに親が苦労したことだけは記憶に残っているくらい。
だから、監督直々にこんなふうに褒められると正直困るというか、やったのは演じるなんて言えないほどの単に家から出て来て車に乗っただけ。
その時、台詞は『海に行きたい』だけで他になかったから、自然に大和(やまと)と会話をしたり、それくらいだったと思う。
カメラアングルで顔は映らないという話だし、ちょっとオダテ過ぎでは…。
「いやぁ、これはいいモノになると思うよ。大和君も、今まで見たことがない表情だ。二人の息もぴったりだしね」
SCOOPのマネージャーをしていた頃もCM出演はもちろんあったが、今回の監督は未来も初めてで、優しくて褒め上手な人で良かったと思っていた。
しかし、ご満悦の監督にスタッフはというと実は驚きを通り越して、何かとんでもないことが起きるのではないかという不安の方が大きかったのだ。
特に厳しく怒るタイプの監督ではないが、かといってここまで褒めることはまずない。
大和の実力は高く評価しているものの、ましてや素人に対してなど…。
途中の走っている車のシーンは、大和と未来の顔は映らないので別途撮影して埋め込むことになっていたから、次は海に行ってメインのシーン撮影となる。
「雲が、出てきたみたいだな」
「ほんと」
都会にはない広くて大きな空を見上げれば、薄っすらと雲が太陽を隠してしまっていた。
陽の傾き加減がポイントになっていたから撮影時間はかなり限られたものなってしまう、なのに朝と違って雲が多く出てきてしまい、これではすぐには始められそうにない。
雲が少しでも取れたところを見計らって撮影することになったが、その間に未来は大和に演技の手解きしてもらうことにした。
「吉原(よしはら)君、練習しましょう」
「練習?」
「そう。私は、どうすればいいのかな。いつもしてるんでしょ?」
台本には恋人同士で戯れるとしか書いていなくて、それじゃあどうすればいいのか未来にはさっぱりわからない。
演じる側に任せる部分が大きいのかもしれないが、きちんと言われないと素人にはやろうにもできないから。
「練習なんてしたことないしな。別に何もしなくてっていうか、俺達恋人同士なんだろ?だったら、そういうことすればいいだけじゃん」
「そういうことって、どういうこと?」
「未来ってさ、男いないよな。経験も少なそうだし」
意地悪そうにいう大和。
―――あなたと違って、私はどうせ彼氏もいなければ、経験だってビビたるものですよぉだぁ。
「は?失礼ね。それって、一歩間違えるとセクハラよ?」
口を尖らせながら強がり言っても、当たってるから説得力に欠けるけど…。
だいいち、いても海に来ることなんてないし…でも、ここにいる大和がもし本当の恋人だとしたら、どうするんだろうか?
「ゲーセン行った時さ、すっげぇ楽しかったじゃん。あれ、思い出してみろよ」
「ゲーセン?」
―――そうだ、あの時は人形を取ることにムキになってる吉原君と夢中になってて…楽しかったなぁ。
だけど、今は夢中になれるものがない。
その瞬間、未来の視界には雲の割れ目から太陽の日差しが照りつけ、海がキラキラと輝いて見えた。
「わぁっ、すっごい綺麗。吉原君、行こっ」
言葉を発したと同時に我を忘れて、未来は「ちょっ、何だよ。未来」とわけがかわからない大和の手を握ると砂浜に向かって走り出した。
仕事仕事でこの5年間、ゆっくり海を見ることもなかった。
―――こんなに綺麗なの?海って…。
大和にとっては、未来の方がどれだけ美しく映っただろう。
…あの時も、こうやって走ったな。
この人といると調子狂うっていうか、何か楽しいんだよ。
何をやってもさ。
「よし、競争だ。未来」
「いいわよ。吉原君には、負けないんだから」
「ヨーイ、ドン!!」と言うや否や未来は履いていたサンダルを脱ぎ捨て、一歩早く全速力で走り出す。
「こら、フェイントっ」なんて大和の文句なんぞ、聞いちゃあいない。
時々振り返りながら前を走る未来を追い掛ける大和だったが、彼はまだ若いし足の速さには自信がある、その距離はみるみるうちに縮まっていき。
「きゃっ!!」
大和に捕まるのと砂に足を取られた未来がバランスを崩したのは、ほぼ同時だった。
そのまま、釣られるように大和も…二人は重なり合って、その場に倒れ込んだ。
「大丈夫か?未来。怪我は」
「うん、ちょっと足が痛いけど。怪我まではしてないと思う」
足を捻ったかもしれないが、捻挫とかそこまではいっていないと思う。
「良かった」とホッとしたのもつかの間、大和の至近距離に未来の魅力的な顔があって…今がどういう状況なのかとか、そんなことはどうでもよかった。
ごくごく自然な行為。
重なり合う唇、熱い何かがお互いの体を行き来する。
「カット!!」
どこからともなく大きな声が聞こえてきて、「お疲れ様〜」という言葉と共に拍手が沸きあがっていた。
「何だ?」
「どういうこと?」
首を傾げながら顔を見合わせた当人達には、さっぱり現状が理解できていなかった。
取り敢えず、体を起こすと大和は未来の洋服についた砂を振り落としてやったが、そんな二人は誰が見ても恋人同士にしか映らない。
「最高だったよ。スタンバイの声を掛けようと思ったら二人がいきなり走り出したから、慌ててカメラを向けたんだけど間に合って良かった」
「アレが取れてなかったら、今日の撮影は中止にするところだった」とさっきよりも絶賛している監督。
―――うそ…今の撮ってたの!?
あの場合、当然だと思うが全く気付いていなかった未来は、呆気に取られて言葉も出ない。
緊張とかそういうことがなく済んだのはいいとしても、これでいいの?その前にキスしてたところをみんなに見られてた…。
あぁ…なんてことなのよぉ。
恥ずかしさのあまり、顔を上げることもできないでいる未来を知ってか知らずか、大和は呑気に話し掛ける。
「わかんないけど、上手くいったんだったら良かったじゃん」
「吉原君は慣れているかもしれないけど、人前で見られちゃったなんて…。っていうか、キスはしなくていいって聞いていたのに」
「俺は、するつもりだったけど」
「えっ!?」
「NG出して、もう一回くらいするんだったな」なんて、しれっと言う大和。
―――彼に何を言っても無駄だわ…。
ガックリと肩を落とす未来に、麗ちゃんが「未来さん、お疲れ様です。感動して、泣いちゃいました」と花束を持って来てくれた。
―――私なんかのためにこんなものまで用意してくれていたの?
「麗ちゃん、ありがとう。何だか、よくわからないうちに終わっちゃって…」
「すごく綺麗で素敵で、大和さんとは本当の恋人みたいに見えましたよ」
「そう言ってもらえると嬉しいかも。これでやっと肩の荷が下りたわ」
終わったということでどっと疲れが出てきたのか、張り詰めていた糸がプッツリと切れた未来はその場にへたり込んでしまった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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