どんなに抵抗しても未来(みく)の力では到底、彼には敵わない、グッと押さえつけられた手首がジンジンと痛む。
ただ、不思議と彼のくちづけはどこまでも優しくて、未来を夢の世界へと導いていくよう。
こんなこと…そう思っても拒めないもどかしさ、情けないとわかっているのに受け入れてしまう自分はどこかで彼の想いと受け止めたいと思っているのだろうか…。
「…吉原(よしはら)っ…く…ん…やめっ…っ…」
可憐な彼女のどこにそんな力があったのか、未来は大和(やまと)を前に思いっきり突き飛ばすと急いで身を立て直して乱れた胸元を整えた。
―――こんなこと、ちょっと地味な女が珍しかっただけ、一時の気の迷いに決まってる。
マネージャーとしてクビにされなかったからって、自惚れた私も悪かったんだわ…。
「…うぅ…っ…痛っ…てぇ…」
我に返った未来は、ラグの上でうつ伏せに丸くなってうなり声を上げている大和に視線を向けた。
そんなに強い力で彼を突き飛ばしたわけじゃなかったが…。
あっ―――。
「だっ、大丈夫?」
慌てて側に寄って、様子を伺う未来。
「…大丈夫じゃねぇよ。男の大事なもん、思いっきり蹴りやがって…デキなくなったら、どうしてくれる?責任取れよな…」
まだ痛むのか、彼は体を起こすことさえできずにアソコを押さえて悲痛な顔で未来を見上げる。
その目には薄っすら涙まで滲んでいて…。
女の未来には到底その苦痛はわからないことだったけれど、よほど痛かったのだろう。
無意識のうちに未来は大和の股間を思いっきり足で蹴っていたのだが、たまにプロ野球中継を見ているとキャッチャーのアソコにワンバウンドしたボールが当たって試合が中断するというのを目にするけれど、のたうちまっているし…。
―――だってぇ、吉原君が急にあんなことするからっ。
仕方なかったのよ…。
だけど、場所が場所だけに摩ってあげるわけにもいかない、未来にはそっと肩に触れることしかできなかった。
「ごめんね」
「まぁ、俺も強く言える立場じゃないからな。今度から未来を襲う時は、十分気を付けないと」
「襲うって…吉原君っ、どうしてそういうこと言うのっ!!」
今度は、バシっと背中を一発、これまた思いっきり叩かれた。
…痛ってぇなぁ。
しっかし、こんなに凶暴なやつだったとは。
今までの自分なら考えられない行動に出たと思うし、ちょっと焦り過ぎたと反省する大和だったが、後悔はしていない。
自覚してしまった想いを胸の内に秘めたままで彼女と接していくのは、正直無理だったから。
例え、それで受け入れられなくても…初めから大和にはそんな考えがあるはずがなく、きっと想いは通じると。
「なぁ。未来は俺のこと、どう思ってんだよ」
「どうって?」
ワザとはぐらかすように言う未来を大和は自分の腕の中に封じ込めた。
それはさっきのように力ずくではなく、あくまでも優しく。
「もちろん、吉原 大和という一人の男として」
―――「俺の目を見て言って欲しいんだ」と真剣な眼差しで言われても…。
まだ、吉原君のマネージャになってからそれほど月日も経っていないし、だけど毎日一緒にいればだいたいのことはわかっているつもり。
持っていたイメージとは違って真面目で人懐っこくてよくしゃべる、仕事に対しても絶対手を抜かないのと簡単にやってのけているように見えるけど、本当は影で努力していることも。
我が侭なんかじゃなくて自身の納得がいくまで意思を貫いているだけ、人見知りが激しくて本当に心を許した人間にしか自分を見せないのは誰に対しても真剣に接しているからで、本当はとても優しい好青年だってことも。
それになんていったってこの容姿だもの、惚れない方がおかしいわよ。
『吉原 大和という一人の男として』
私がもう少し若くて、彼のマネージャーじゃなかったら…。
「とっても魅力的で、素敵な男性(ひと)だと思うわよ。手が早いのを除けばね」
「あ?それは…」
…誰にでも手を出すわけじゃない、それは相手が未来だからだということをきちんとわかって欲しい。
でも、魅力的で素敵だけじゃわからない。
もっとこう、好きか嫌いかっていう核心が聞きたいんだ。
「あっ、もうこんな時間。私、帰らないと」
1時間という約束でここに来たが、時計を見れば既に15分以上オーバーしている。
長くなればなるほど、噂も大きくなってしまう可能性があるだけにこういうところはきちんとケジメをつけなければならないのだが、腕をすり抜けようとする未来の体を大和がしっかりと抱きとめた。
「逃げんなよ」
真剣な眼差し、「もう、あんなことしないから」と大和はジッと未来の瞳の奥の本心を探るように見つめる。
「あのさぁ、わかってんのかよ。俺が言ってること、聞きたいことをさ」
―――あぁ、どうしてこんなにストレートに自分の気持ちをぶつけられるのだろう。
ある意味、彼が羨ましくさえ思えるけど、ここで未来が答えられる言葉に選択の余地はない。
「吉原君の気持ちは嬉しいけど、私がそれに応えることはできないわ。お互いの立場とかそういうことが全く関係していないといったら嘘になるけど、私はあなたを一人の男性として好きにはならないこの先ずっと。誤解しないでね、決して嫌いという意味じゃないのよ」
「どうして、そんなことが言い切れんだよ。わかんねぇだろ?先のことなんて」
―――吉原君の言う通り、先のことなんて誰にもわからない。
結ばれるかもしれないし、その逆だって…。
「確かにわからないわね。だったら、何て答えればいいの?あなたの聞きたいことって、何?私も吉原君のことが好きなの、そう言えば納得するわけ?そんなの、自分の気持ちを押し付けてるだけじゃない。違う?」
「なら、聞いてもいい?」
言い過ぎたかもしれない、そう思ったけど大和はいたって冷静で、それは未来の言っていることを理解してくれたからなのか、それとも…。
「えぇ」
「俺のキス、嫌だった?」
―――えっ…。
嫌?馬鹿ね、嫌なわけないじゃない。
どころか、年甲斐もなくドキドキしたりして、どんな男性とキスしたって彼より心地いいものなんてないのに…。
それだけじゃない、一緒に過ごした短い時間の中で目に留まらなかったものが新鮮に感じたり、忘れていたもに気付かせてくれたのは、彼だから。
言葉では答えず、黙って首を左右に振る未来に安堵する大和。
ここで『嫌』と言われたら潔く引き下がるしかないと思ったが、こうなったら突き進むしかない。
彼女の顎に指をあてて上向かせると、啄ばむようにくちづける。
あの力は一体どこから、可憐な体をしっかり抱きかかえたままだったけれど、彼女は観念したのかそれ以上逃げる気配を見せなかった。
そういう曖昧な態度が、大人ぶって啖呵を切ったところで信用できないことをわかっていて言っているのだろうか?
…ちょっとは好きになってるクセに。
「吉原くっ…」
「俺、未来じゃないとダメなんだ」
「俳優とマネージャーという関係だけじゃ、ダメなの?」
「未来の心も体も全部欲しい。俺のモノにしたい。だから―――逃げるな」
―――逃げたって追い掛けてくるんでしょうね、吉原君のことだから…。
観念した未来が大和のマンションから出てきたのは、それから随分後のことだった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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